今宵の詩は、「猫帰る」。
きのうの「猫」の、そこはかとない続編。
だんだん長くなっております(≡゚∀゚≡)
猫帰る二年前いなくなった猫が
戻ってきた。
本当にあの猫かちょっと
不確かではあるが
多分どうもそうらしい。
いったい今まで
どこでどうしていたものやら。
ひざに乗せると
ほころぶような笑顔で
そう思わせる。少しやせた気もするが
さほど変わってもいないようだ。
タイムスリップしてきたみたいだ。
なるべく前と同じようにして
飼おうとは思うものの
いかんせん
この二年の歳月で
私は結婚し、いまや一児の父。
猫の居場所は失踪前に比べれば
ずいぶん狭まっているに違いない。
また逃げるかもしれない。
嫌になったらどこへでも
出ていくさと暢気に構えて
猫は再び我が家で暮らし始めた。細身で品のいいやつだ。
歩く動作が涼しげなリズムを刻む。
妻と子は勝手に彼らなりの
名前をつけたようだが
私にとっては相変わらずの猫
「ねこ、ねこ」と呼ぶ。
ひそかに自慢だが
猫は今でも私に一番よくなつく。
あんまり自慢なので少し気恥ずかしい。
このことを妻子には気取られないよう
努めているほどだ。
嫉妬されてはかなわない。
しかし嫉妬されてもみたい人情もある。
とんだ猫馬鹿である。一度出て行った猫が
戻ってくるというのは
わりあい珍しいことらしい。
猫はしかし自分が
元いた場所に戻ってきたとわかって
我が家にいるのであろうか?
案外たんに別な新しい家に
住み着いたとでも思っているか知れない。ともあれ猫は猫のまま
以前とちっとも変わらないように見える。
テレビ台で爪を研ぎ
見当たらないと思えば靴箱の
一番上のところで丸くなっているのも
失踪前からの習慣だ。
妻子はもうずっと以前から
猫を飼っていたように猫に接している。
彼が二年間も失踪していたという事実は
存在していなかったかのようだ。ひょっとすると妻子は
この猫を私が二年前飼っていたという話を
信じていないかもしれない。
猫と写った写真は
とうに失くしてしまったし
証拠といえばエサ皿に使っていた
子供用のプラスチックの食器くらいのもの。
しかし、なぜか猫は
戻ってきてからはその皿から
エサを食べなかった。来月から半年のあいだ
私は海外の大学に単身赴任する。
さて半年経って戻ってきたとき
妻や子は私を猫のように
迎え入れてくれるだろうか?
猫はどうだろう?
私を憶えていてくれるだろうか?
一方で私は自分がそのままずっと
外国に住み着いてしまうのではないかと
不安よりも希望が強い夢想をしてしまう。
実際に家族も故郷も捨てて
海外移住を実行してしまうことは
到底考えられないが
強く心引かれる夢想ではあるのだ。不思議なことだが
もし自分が海外に住みついたとしても
猫は何年もかけててくてく歩き
やがて外国の私のもとに
やって来るのではないかという気がする。
その思いは確信に近く
私は自己の狂気を感じなくもない。
そのとき猫は血まみれの
ネズミを口にくわえ
ぽとりと床に落として
私に自慢して見せるだろう。
その様子が実にありありと目に浮かぶ。
止めることのできない夢想の中で
時にネズミは赤ん坊であったりもする。
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こんばんは。はじめまして。
おかぼれもん。の、picoです。
リンクリストにご登録くださいまして、
ありがとうございました。
昨日は、こちらのエントリーを目にして、
そこはかとない哀しみにつつまれ、
今日は、永遠のはじっこをつかんだような気持ちになりました。
とても、素敵な文章で、ぽぉーっとなります。
同じあずき色つながりってことで、これからも、
どうぞよろしくお願いします。
picoさん、はじめまして。
詩をお読みいただき、ありがとうございます!
自作の詩をエントリーするのは、ちょっと気恥ずかしくもあるのですが、感想いただくととっても励みになります。
がんばって三十三回続ける予定ですんで、よろしければまた読んでみてくださいね。
あと、あずき色リング、あずき色バナーも作ってみたいですね。
なぜか「あずき色」で検索して来る方が多いんですよ。
あずき色の何を探しているのか、気になってます。
これからもよろしくお願いします。
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