
JMB連携TB企画 第23弾。
今回のテーマは、「秋の夜長に楽しむ音、もしくは活字…自分と向き合う秋」。
本でも音楽でもよいらしいのですが、私はここ数年、ずっと心に棲みついて離れない言葉をご紹介したいと思います。
降る雪に和するが如く、奏すべし。
「しんしんと降り積もる雪と合奏するように、演奏する…」
道元の言葉だそうです。楽器は琵琶かもしれません。
雪なんで、秋というより冬みたいですが…( ;´Д`)
大江健三郎さんが道元の本の中にこの言葉を見つけ、友人・武満徹に話そうと思ったところが、まさにその日(雪がよく降った日だったそうですが)、武満氏は亡くなりました。
このエピソード、どこで読んだんだろうと調べてみると、書籍ではなく、ネット上で読んだことが判明。
大江健三郎 講演「武満徹のエラボレーション」
という、2001年2月22日、武満徹没後5年特別企画「夢窓」での講演でした。
降る雪に和するが如く、奏すべし。
私はこの文で記憶していたのですが、オリジナルは「須(かな)らず雪の曲に和すべし」。意味としては、だいたい同じと考えてよさそうです。いい加減なもんです(w
それにしても、この言葉、武満徹の音楽にも合いますが、マイルス・デイビスにもよく当てはまるのではないでしょうか。
カインド・オブ・ブルーは、あたかもこの言葉を基に作られたかのようにすら思えます。
ビッチェズ・ブリュー以降、ときにより激しいサウンドにさえ、「降る雪」、あるいは沈黙をもうひとつの楽器にして、演奏していると言えるかも知れません。
日本の芸術は、余白や間合いをうまく活用する、と言われることがあります。
無駄やデッドスペースとしてとらえられがちなものを、死んだものではなく、生きたものとして活用する。
音楽における無音もまた、そうしたもの。
静寂を、無駄ではなく、もうひとつの楽器として捉える。
無音は無ではなく、雪がしんしんとも、ほうぼうとも降るように、内なる音楽を備えている。
基本的にはわかりきったことでさえあるのです。
でも、実際の演奏になると、アップアップになって、沈黙と合奏することをすっかり忘れてしまう。
jmさんが引用されてる、マイルスが若きハービー・ハンコックに告げた言葉、
コードに音が多すぎる。そんなに早く弾くな、もっと遅くやれ。弾きすぎないことだ。たとえ一晩中座っていても何も弾かなくてもいい。88鍵もあるからって、ただ馬鹿みたいに弾いてしまわない事だ。いつだって弾きすぎるから、常に抑えないとダメなんだ。
個人的なことなんですが、私はここ数年、音楽を聴く時間がめっきり減りました。
若い頃は、何をするにつけても、BGMとして音楽を鳴らしてることがよくありました。それがぱったりなくなった。
意識してやってるわけではなく、なんとなく自然にそうなりました。耳の老化と関係してると思います(涙
ただ、不思議と自分では、音楽を聴かなくなったという気がしていない。
ひょっとすると、今のほうが、よく音楽を聴いているのではないかとさえ、思いこんでいるかも。
まあ、いわゆる情報量としては、激減しているといわざるを得ないはずなのですが。
降る雪に和するが如く、奏すべし。
この言葉、すっかり心に棲みついてしまった気がします。
音楽について考えたり感じたりするとき、ひっそりとこの言葉がそばにいるようです。
楽器を演奏することもあるのですが、その場合もいつもこの言葉に見つめられているような感じ。
音楽は、CDを鳴らしたり、ライブに行ったりするだけではなく、もっと常日頃から身近にあって、呼吸と同じようにたえず息づいているもののように、最近は感じてます。
静寂というもう一人の奏者が、つねに存在しているのです。
秋向きのCDを一枚。
ハンコック+ショーターが、心の中のマイルスに向けて送る手紙のひとつ。
降る雪に和するが如く、奏されています。
大阪NHKホールで、ライブも聴いたのですが、CDと寸分たがわぬ出来で、驚きました。
1+1 Wayne Shorter/Herbie Hancock
こんにちわ。こちらのエントリには、「秋の音」をTBしようかなぁと思ったんですが、一応「秋の活字」をTBさせてもらいました。
「降る雪に和するが如く、奏すべし」
私の心にも棲みついてしまいそうです。
感動して読んでいたのですが、「耳の老化」というところで
(≧m≦)ぷっ!と笑ってしまいました。
ごめ〜ん。
いやいや、私も他人事じゃないんです。
ここ数年、TVをやかましいと思うようになり、
以前は外出時にMDプレイヤーで必ず音楽を聞いていたのに
それより静寂がほしいと思ったりで、「ああ、年を取ったのだなあ」と
感じていた矢先だったので・・・(苦笑)
マイルスがハービー・ハンコックに語ったことばもすごくわかります。
でも、結局そういうわびさびがわかる年になったっていう事なのでしょうか(T◇T)
>きみ駒さん
「降る雪に和するが如く奏すべし」って言葉。
ゴロもよくて、私はすっかりこの言葉で憶えてたんですが、調べてみたらなんかちがってて不思議な気分です(´ー`)
脳が勝手に作り出したとしか考えようがないんですが。
夢の中みたいですわw
きみ駒さんが紹介されてる、野口久光氏の月評をまとめた本、面白そう。
リアルタイムの評価なのも、今読めば流行と不易がよく見えて、いろいろ発見がありそうです!
>LINさん
もうね、耳は老化しまくりではないかと思ってる今日この頃です(涙
隣の部屋から苦情が来るくらい爆音で聴いてた頃が、嘘のようです。
最近では、会話の際も、相手の言葉がよく聞き取れないまま、やり過ごしてます。
何回も聞き返すのもなんだしと思って、独り言のようにしゃべっております。
ところが、そのほうが、かえってコミュニケーションが取れてるような気がしないでもない…
でも、冷静に考えてみると、百年くらい前の人に比べれば、現代人ははるかに大音量で音楽を聴いてるにちがいないです。
むかしは、スピーカーもなく、増幅なんてありえなかったのだから。
そう考えると、むしろ、だんだんノーマルに戻ってきてるともいえそう。
若い人に、音の小ささを指摘されたときは、このような薀蓄を述べて嫌われてみるのも一興です(悲
overQさん、こんばんは〜〜〜!!
やっとこちらにこられる事ができて、すごく嬉しいです。
今、にまにましながら、まったりしております〜〜。
「降る雪に和するが如く、奏すべし」武満さんの「ノーベンバー・ステップス」と共に味わってます!
雪といえば、「水に降る雪・・・」も・・・降っても降ってもあっという間に消えてしまうはかない雪。
この言葉も好きです。(何かの古典にでてきたような?)
ワルツさん、ブログ生活復帰おめでとうございます!
武満徹さんって、ビートルズをギターのために編曲した作品があって、それを鈴木大介さんがCDにされてます。
タケミツというと、難解な印象がありますが、これはとってもさわやかで、軽さと緊張感がいいバランス。
武満の親友・大江健三郎は、彼がなくなったあと、タケミツは若い演奏家に弾かれて継いでいくことで、何度でもよみがえる、というような話をされてます。
鈴木大介はそのトップランナーといえそうです。
「水に降る雪」
人生の始まりの記憶は、スイッチを入れるみたいに始まるのではなく、あいまいでぼんやり。どこが始まりなのかよくわからない。
水に降る雪のように、人の生は始まり、また終わる…気がします。大きな水のうちに帰っていくように。
"降る雪に和するが如く、奏すべし。"
いい言葉ですね。心に染み入る言葉だと思います。
”間”ですよね。いかに空間的に空白部分を活かして行くのかってことですね。
音楽聴く時間が少ないと逆に味わい深いのかもしれませんね。
私はこのところ音楽を聴く機会が増えてまして、
そうすると持っていても誰の何かわからなかったりで
消費しているだけなのかと反省しきりです。
じっくり間も味わう必要があるのでしょうね。
JMさん、いつもご苦労様です!
うちも最近、本のトラックバック企画なぞ始めてみたのですが、なかなかたいへんでしたヽ(´ー`)ノ
コメント書いて回るのが、予想以上にむずかしい。
いろんな方とコミニュケーションがとれて楽しいんですが、数が多いとやっぱり物理的にしんどいですw
自分があまり知らない話題のときは、どうコメント書けばいいか、そうとう苦しみますねぇ(;´Д`)
あらためて、毎回やっておられるJMさんのすごさに気づき、感服しております
音楽を聴く量、ここんところ、急速に減ってきました。
聴く音楽も、少し変化しています。
ぜんぜん意図的なものじゃなく、すごく自然にそうなっちゃってますw
不思議なことに、音楽というものについての考えは、以前よりずっとクリアになってきた感じがします。
これが、年をとるってことなんですかねぇ。。w