読書の秋、そして食欲の。
というわけで、本好きPeopleさんのTB企画「食欲の秋? おいしそうな食べ物が出てくる本を教えて!」に参加させていただこうと思います!
取り上げてみたいと思う本は、「荘子」です。中国の古典の、あの荘子。家田荘子ではないです。
さて、ちょっと余談から。
料理番組などで食材をスパスパ包丁で切ってるのを見ると、私はいつも衝撃を受けてしまうのです。
うちの包丁、ぜーんぜん切れませんから( ;∀;)
テレビの映像が、どうしても信じられません。肉でも野菜でもスパスパやるじゃないですか。あれは、CGとしか思えんです。
包丁で人を刺したニュースを聞いても、いつも半信半疑。包丁で人が刺せるのだろうか…。
犯人が、うちの包丁を使ってたら、犯罪は未然に防げたのではないかと…w
包丁。
刃物を意味するには、変な漢字。調べてみると、もともとは人名なのだそうです。
荘子に出てくるエピソード。包丁(庖丁)という名の、料理の達人の話。
包丁という料理の達人がいた。
皇帝のため、牛をさばく。あまりの見事な腕前に、皇帝がその極意を問う。
そして、包丁が答えた。
「技巧を超えた道を目指しております。
はじめてさばいたときは牛ばかり見ておりましたが、今では目で見ることはありません。
心でそれに対しております。
体にも肉にも、本来、目には見えない微細なすき間があります。そこに、そっと、刃を通してやるだけ。
それで、肉はハラリと落ち、骨もすじも離れます。
私は、刃をこの十九年、研いだことがございません。その必要がないからです。
善悪・真偽のごときものも同様に、入り組んではいても、そのすき間はあり、特別鋭利な武器を用いなくとも、そっと刃を通してやれば、離れるものではないでしょうか」
荘子って、考えてみれば、全編がこんな具合に、とてつもない法螺話の宝庫。これまで、どれほどの人をだましてきたのかと思うと、気が遠くなります(笑)
料理というより、まだ食材のレベルなんですが、包丁の話、はじめて知ったときは、かなり感動しました。すっかり、だまされちゃいました。妙に深遠だし。。
包丁って言葉が、今も現役バリバリで伝わってきてるのも、すごいです。時代を超えて、みなさん、この話を信じ、大切にしてきた証拠なんですね。
湯川秀樹博士は、荘子を読んで、中間子理論をインスパイアされた、と言っておられるそうです。それも、法螺話みたいな…。あるいは、それは家田荘子のことなのか。。
はじめましてかな、よくわからないですもう。
サヴァランより魯山人より「エル・ブリ究極のレシピ集」より「ハンニバル」で食べてるものにとても興味を持ってしまいます。
人間がおいしいと感じる肉は、人間の肉と組成成分が近いそうです。人間の肉に似ていれば似ているほどおいしいというわけです。
ブラックすぎるコメントですねごめんなさい。
Posted by:こんんばんは。コメントアリガト!(´▽`)ございます。
「たらいまわし」にご参加いただいてるのに、いつもコメントお返しできなくて、ごめんなさい。
ああ書けばこうも書かなくては言葉足らずだし、こう書けばああも書かないと言い足りない。
でも、ああもこうも書くと、すごい量になっちゃうし、ああとこうの矛盾すること合わせて書いてみても、なんだか初めに思ってたことと全然ちがっちゃっていて。
さて、人肉食(笑)
人肉食の話って、文学では異様にたくさん出てきますね。
古代から現代まで、どの文学のスタイルにも、なぜか人肉食はいつも伴走してくる。
実際には、人肉食がおこなわれるのは、かなり限られた条件のときだけのようです。
習慣化してしまうと、狂牛病と同じ現象が起きちゃうみたい。
同種どうしで食べあわねばならないような状況が長く続くと、その種は結局は滅んじゃうってことらしいです。
やっぱり、余裕があってのんびりしてないと、命は生きていかない現象らしい。
生命をひとまとまりのもので見れば、どんな食餌も人肉食かもしれません。
「食べる」「食べあう」っていうのは、生命がわりとあとの段階で獲得したものだそうです。
このシステムのおかげで、個と個との間で、じつにシビアな問題が起きてます。
考えてみれば、たいていの「困難な」問題は、ただこのシステムの採用が原因かも。
起きてる問題はすごく深刻で、当事者は(私たちみんなですが)ほんと困り果てて、あたふたのたうっているんですが、それを可能にしてるシステムは単純ってのが、じつにアホらしく、かつ辛い。
倫理の問題はすべて、究極的には技術的に、あさっての方向から、解決されてしまう。解決されるのではなく、消えるのですが。
…って、やっぱり長くなってる(笑)
とりとめもない話になっちゃいました。この辺で切り上げます。ご清聴ありがとうございました(謝
また凄いですね。荘子ですか。
でもその包丁の話凄い。ちょっと感動しますね。
でも実際には、切れる包丁の方が怪我しにくいらしいです。
切れない包丁だと、どうしても力を入れちゃうから
危ないんですって。
でもやっぱり切れない方が、結局切れない気もするのだけど。(笑)
岩波文庫の陶淵明全集、下巻しか本屋になかったんですけど
桃花源記が載ってたので、買ってきちゃいました。
漢文なんて何年ぶり…?! なんですが、
思ってたよりも読みやすそうな雰囲気でほっっ。
ちょっとずつちょっとずつ読んでいきたいと思います(^^)。
四季さん、こんばんは。
荘子って、えらい思想書みたいに思われてるけど、よく読むと、この手の法螺話ばっかりですw
あまりにも壮大なホラは、それだけで思想みたいになっちゃうんですね。
陶淵明は、老荘思想の中興の祖みたいな位置にいるそうです。
陶淵明の時代、老荘思想はかなり大きな流行になってたのですが、一方では「危険思想」扱いもされてて、政治をつかさどるようなまともな人間は、読むべきでないとされていたとか。
陶淵明は、官吏の道を途中で挫折してしまい、老荘の道に入っていくことになったようです。
生身の人間が、ホラ話を実際に生きてみるという、この不思議な事態。
困ったことやつらいことも包み隠さず、何でも歌っちゃうのが、なんともかっこいいです( ・∀・)v