私の人生は不幸であるのかもしれない。けれど私の家にはその17巻がある。東洋で作られた「千夜一夜物語」という、一種の永遠が存在する。
ホルヘ・ルイス・ボルヘス「七つの夜」
アラビアンナイトを読もうと思っています。
でも、翻訳がいろいろある。
で、どれがよいのかなと、まず調べてるのです。が。
調べてわかったのは、アラビアンナイトという書物、一筋縄ではいかない。
中身以前に、すでに本の成り立ち・生い立ちからして、とんでもないしろものなのです。
まったく常軌を逸した状況になっています。面白いです。入口から迷宮なのです。
そもそも、千夜一夜物語は、書かれたものではなく、語られたもの。
アラブには、物語を話して聞かせることを職業とする、「夜の種族」がいました。
いや、今も、実在しているようです。
イラク戦争のある報道で、空爆のさなかに、話を聞こうといかがわしい一室に閉じこもる、十数人の男たちを見ました。
ある伝説では、アレキサンダー大王が不眠症で、厭世遠征先の夜を物語で埋め尽くすため、語り部を集めたのが、はじまりとか。
語られるものであり、一定したテキストはない。話を改ざんしたり、付け足したり、編集したりは、ふつうにおこなわれていたでしょう。おもしろければ、それでよし。
伝わっている写本も、語り部の使うメモのようなものだったかもしれません。書き加えたり、削除したりすることが前提の。
お話は夜の気晴らしであり、けっして重視されることはなく、愛なき性のようにぞんざいに、浪費されていました。重複は恥、間違っていることは、幸福の始まり。。
ヨーロッパに発見されるまでは、ピラミッドの上に立つ世界文学ではなく、その底辺を隅から隅までおおい尽くす、知られざる暗黒の海底でした(ネモ船長の住処)。
おお、母なるシェヘラザード。。
かの地に印刷技術が入るのも遅く、19世紀になってから。
すでにヨーロッパでアラビアンナイト・ブームが起きた後、アラビア語での印刷が始まる。致命的な遅さですw
5世紀くらいからインドで物語の形成が始まり、ペルシャ、そしてすべての異教の母たる小アジアをへて、アラビアでおおよその完成を見たのは、15世紀くらい…と学者は言います。
最初の名前は、「千夜物語」でした。1000話あるわけではなく、「たくさんの物語」の比喩。
どこで、もう一夜、付け加わったのでしょう?
でも、この一夜は、決定的な一夜でした。
アラビア語で、アルフ・ライラ・ワ・ライラ、といいます。
「千夜=たくさん」に一夜、加わることで、まだ終わりでなかったとわかる。つまり、「無限」になってしまう。永劫回帰する物語。。
「世界の終りまで、私はアナタを愛します」「では、ぼくは世界の終わりの次の日まで、君を愛する」というようなレトリックと同じです。
この本は、いつ始まったのかわからないし、いつ終わるかわからないのです。
彼は最初、「シンドバッドの冒険」の写本を入手し、フランス語に訳しました。
ガランが「千夜一夜物語」の写本を手に入れるのは、そのあと。
彼はてっきり、シンドバッドも「千夜一夜」の一話だと思い込みました。また、千夜一夜というのだから、1001話あると、素直に信じきってもいました。
ガランの仏訳から、海賊版で安価な英語訳が多数作られました。「アラビア語原典からの逐語訳!」と称して、ガランのフランス語訳本から英訳したもの(笑)
しかし、この英訳海賊版は文学史に大きく貢献します。当時から隆盛し始めた近代市民にひろく普及し、その後のロマン主義の発火点となるのです。
さて、ガラン版アラビアンナイトには、大いなる謎があります。
まず、シンドバッド。
これはガランの勘違いで、千夜一夜とは独立した話だったのに、アラビアンナイトの一部のようになってしまいました。
次に、アラジン。シンドバッドと並んで、アラビアンナイトを代表するお話。
ところが、現在見つかっているどんな写本にも、これらの話は載っていません。
ガランが、捏造した?
しかし、19世紀終わりごろ、写本が見つかったと。
発見者は、パリ国立博物館で東洋写本を担当するゾータンベール。アラビアンナイト研究の基礎となる、さまざまな写本を発見した人。
これで、ガランの疑いも晴れた…かに見えました。
ところが、1994年。
このアラジン写本がニセモノであったことが判明しますw
じつは、この写本、何ものかがガランのフランス語テキストを、アラビア語に反訳したもの。
巧妙なアラビア語の写本を偽造し、学界の権威たちを何十年もだまし続けていたのです。
もうすでに、この事実は、アラビアンナイトの外の出来事ではなく、アラビアンナイト内部の出来事だといわねばなりません。
たいへんな書物なのです。
メビウスの輪のように、外側をたどっていたつもりが、内側に回りこんでいる。。
そう、ガランさん。
もちろん、彼がアラジンの贋作者(アリババもw)である可能性が高いのです。
ガランさんは、日記に書いています。
夜。ハンナ・ディヤーブという東方キリスト教の修道僧がやって来た。知人の旅行者の紹介である。ハンナは、未知の物語を多く知っていた。夜が明ける前、ハンナは物語を原稿にし、私に渡した。
…と、この話を書こうと思ったのですが、すでに夜明けの光が、窓から差し込んでいます。
これからのお話は、もっと面白いのですが、残念です。
王様のお許しがいただけるなら、この続きは次の夜、お話しすることとしましょう。
…シェヘラザードは、そう、シャハリヤール王に語るのであった。。
[アラビアンナイト入門書]
□アラビアンナイト必携…この本はすばらしい。アラビアンナイト研究者を目指す人向けに書かれた本ですが、一般読者も配慮しています。ちょっと煩雑な事実関係の吟味もありますが、真理と愉しみが同一物であることが、よくわかるつくりになっています。おすすめ…なんだけど、またしても絶版(涙
□アラビアン・ナイトメア…上記のアラビアンナイト必携の著者の小説! 「アラビアの夜の種族」で、もひとつ萌えられなかった人のための傑作ですw
めくるめくイスラム都市の迷宮が、夢とううつの間で、あらわれたり、消えたり。この作品はずっと前に読んでたんですが、アラビアンナイト必携の著者とわかり、たいへん驚きました。この人がアラビアンナイトの新世紀を開くのか。。
□図説アラビアンナイト…やっぱりビジュアル系っすよ、アラビアンナイト。エロい。バートンやマルドリュスら、アラビアンナイトの翻訳者たちは、ひたすらエロを目指したのです。手塚治虫の「千夜一夜」もこの伝統にくみしています。エロって何なのでしょうね。あらためて考えるとよくわかんない。学術的なレベルも最新で、テキスト・メディアへの紹介も充実。今入手可能な一冊では、いちばんいい入門書かもしれません。同じ著者の「アラビアンナイト博物館」もおすすめ。
□七つの夜…ボルヘスの日本語テキストの中で、いちばん好きな作品です。名文が続出します。ボルヘスなのに、こんなに感動的でいいのか。本を愛する人におすすめの本。内容は、神曲・千夜一夜・仏教・詩・カバラ・盲目。。
翻訳のことは、後日。。
シンドバッドもアラジンもアラビアンナイトじゃないなんて。アラジンに至ってはフランス人の創作?さすがシンデレラの国の人、おとぎ話ならまかしとけってことでしょうか。
アラビアンナイト、私も大昔に読んでみたことがありますがやたら「ハッサン」や「アリ」が出てきて登場人物が覚えにくかったような記憶があります。
ふらんすさん、こんばんは。
ガランという翻訳者は、学者としてわりとまじめそうに見えるのですが、
状況証拠的には、どうもこの人がアリババ・アラジンを捏造したらしいのです(笑)
アラビアンナイトを取り巻く人々は、なんだかみなさん胡散臭い人ばかりw
ガランも、訳してるうちに、アラビアンナイトの毒が回ってしまったんでしょうか。
ガランの仏訳から、ニセの写本を作り、専門の学者たちを何十年もだまし続けるというのも、すごい話です!
LINさん、お気の毒様です。
研究書なので、あんまり出回ってないのかなぁ。
なんか紹介する本はことごとく絶版で(笑)、
アフィリエイトでぜんぜんもうけられない宿命の私です(爆