アラビアンナイトの特徴は、枠物語。
枠物語というのは、物語の中に物語があること。
いちばん外枠は、シェヘラザード姫が、シャハリヤール王に、物語を語るという物語。
これが、1001夜つづく物語の大枠です。
シャハリヤールという王様。
あるとき、王妃がひそかに黒人奴隷と密通しているのを目撃し、女性不信に陥る王。
また、旅先では、魔女からセックスを強要されます。
魔女には魔人の恋人がいるのですが、魔人が昼寝しているすきに王に迫ります。もし断わるなら、魔人を起こして、お前を殺させるだけだ、と。そうやって女は何百人もの男と浮気してきたのだと言います。
シャハリヤールはすっかり女性不信に陥り、以降、処女を召し上げて一夜を共にした後は首を切る、という残虐な王になります。
シャハリヤール王にある夜召された女が、シェヘラザード。
彼女は物語を話して聞かせる。そのあまりの面白さに、王は彼女を殺すのをやめ、次の夜も物語するように命じます。
千夜一夜うちつづく物語。
物語の終りには、シェヘラザードは子を宿し、王の心を溶かして、妃となる。
物語、夜、性。この三つは同じ値をもっていて、実際に娼家で物語する風習もあったようです。
+
真実はひとつの夢でなく、複数の夢に現われる。
ピエル・パオロ・パゾリーニ
アラビアンナイトの特徴は、枠物語。
出てくる登場人物たちが、つぎつぎに物語したがるのです。誰も彼もが、話をしたくてうずうずしている。
男が穴に落ち魔法使いに出会い、魔法使いが自分が穴に入れられた物語を語りはじめ、その物語に出てくる老人が、自分が盲目になった理由を物語しているうち、その物語の中の魔人が…と、入れ子構造で延々と続いたりします。
27の物語が複雑に入り乱れるものもあります。
はてしのない物語。
しかし、とりわけ恐ろしいのは、シェヘラザードがある夜、どうしたことか、いちばん最初の物語と同じ物語を、一字一句たがわずに始めてしまいそうになる物語。
無限のループを形作り、千夜一夜は円環となって永遠に続くことを意味します。
物語を語るシェヘラザードは、自分が物語の語り手ではなく、物語の一登場人物に過ぎないのでは、と疑うのです。
このモチーフはとてもモダン。
実際、ボルヘスやジョン・バース、イタロ・カルヴィーノといった現代作家を魅了しています。
しかし、意図的に無限のメカニズムに気づいた人はまだマシかも知れません。
ガランやバートンら翻訳者たちは、実人生そのものが千夜一夜の無限に取り込まれてしまったのでした。
ほとんど恐ろしいといっていいくらい。
物語の中に物語があるように、物語の外も物語の中。
千夜一夜は、枠の外に流出し、この世界そのものに、その夜の影を落とすのです。。
こんにちは。
「入れ子構造」で思い出すのが、三谷幸喜の戯曲「マトリョーシカ」です。
DVDで冒頭、カールマルクスの言葉として字幕が流れるんです。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」
これを見た瞬間、題名の意味がわかって、笑ってしまいました。
入れ子構造の迷路に迷える芝居でした。
マトリョーシカ、面白そうですね。
お話そのものだけじゃなくて、
話の展開の仕方というか、
枠組み自体が、面白い…そんなところが、アラビアンナイト的かも。
アラビアンナイトでは、「せむしの物語」というのが、
入れ子構造をたどって、脱線しまくっていたストーリーが、
最後にうまく元に戻ってきて、感動的です☆