2nd brainさんで「究極の包丁」が紹介されていました。
それにひきかえ、うちの包丁、てんで切れません。
テレビの料理番組で、材料をすぱすぱ切っているのを見ると、CGじゃないかと疑います。
包丁で人を刺す痛ましい事件を知ると、うちの包丁を使えばゼッタイ殺せなかったのになぁと思ったり。
包丁、半年に一回くらいしか研ぎません。ごめんなさい。誰に謝ってるのか。包丁さん?しかも、簡易研ぎ器です。ほんとにごめんなさい。
テフロン加工してあって、横に穴とか開いてる、邪道なやつなんです。だから、本格的な砥石は使用できませんです。はい。(牧師さんに懺悔する口調で)
切れない包丁を使うとかえって危ないとか言うらしいですが、私はもう切れない包丁にすっかり適応しているので、切れる包丁、怖いです。
肉や魚は、のこぎり式。切断面よれよれ。かぼちゃ切るとき、体重かけます。いいんです。へっちゃらです。満足してます(ふてくされ)。
+
包丁。なぜ、丁を包むと書くのか。
調べてみました。
包丁は、もともとはあの器具の名前ではなく、人の名前。
荘子に出てきます。家田荘子ではありません。老荘思想の荘子です。中国の古典中の古典です。
むかし、包丁という名前の料理の名人がいました。
正しくは、庖丁と書きます。文字化けしちゃいそうなヤバい漢字です。
その庖丁さんが、皇帝のために牛を切りました。その様子はまるで音楽を奏でてるよう。
皇帝が誉めると、庖丁は答えて言いました。
「牛を切り始めた頃は、牛の姿ばかり見てましたが、三年たつ頃、牛の姿を眼で見ることを止めました。心で牛を見て、眼では見ません。牛の体にはじめからある、眼には見えない切れ目を感じ取り、そこに刃を通してやるだけ。
ふつうの料理人は、どんなに腕のいい人でも、年に一度は刃を取り替えますが、私はもう十九年間、同じ刃を使って、研ぎもせず、刃こぼれひとつなく、研ぎたてのようです」
これを聞いて、皇帝は、眼には見えない政治の善悪の切れ目を悟ったとか。
やっぱり研がなくていいんですね!(名人は)。そういう結論ということで。