AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 音楽は誰のもの?

音楽は誰のもの?

written by overQ
May 15, 2004
Music is everybody's possession. It's only publishers who think that people own it.--John Lennon

skywriting輸入CD規制の問題が、いろんなところで熱く議論されてます。商品としての音楽について、少し思い出したことがあるので書いてみます。ジョン・レノンのことです。迂遠な話になります。。

  +

ジョン・レノンは1980年12月、アルバム「ダブル・ファンタジー」を出した直後、自宅ダコタアパート前で射殺されました。
それまでの五年間、ジョンはおおやけの活動をせず、家事と子育てに専念していました。
音楽活動はぜんぜんしてないと公言していたのですが、のちにかなりの量の録音テープが見つかりました。
実際には、たくさんの曲を作り、演奏していたのです。

この録音テープは、ロスト・レノン・テープス Lost Lennon Tapes と呼ばれています。
ロスト(失われた)というのは、ジョンの死後、一度、泥棒さんに盗まれちゃって、その後、おそらくオノ・ヨーコとの間で何らかの交渉があって、返却されたから。

数年前に話題になったビートルズの新作「Free As A Bird」も、主夫時代のレノンの音源を元に作られたのは、よく知られています。

ロスト・レノン・テープス音源の一部は、ここ数年のジョン・レノンの編集物や再発物で、聴くことができます。十数年ほど前、アメリカのFMラジオ局 Westwood One がシリーズ番組で音源のほとんどを放送したことがあるようですが、現在、ロスト・レノン・テープス全体を聴くには、海賊版を入手するしかないでしょう。

内容はバラエティに富んでいます。Free As A Bird もそうですが、とくに内省的な曲に、レノンの楽曲中でも屈指といえる名作がいくつもあります。

演奏も録音も非常にラフなものです。すごいノイズが入っていたり、ショーン君とふざけていたり、コードを探していたりと、お気楽さ全開。
でも、それがいいんですね。ちょっと前に出たビートルズの「Let It Be Naked」もCD2のほうが、音楽的に面白いと思えるふしがあるんですが、それと似た感じ。

何の気なしにたたいたピアノのキーが、けっこう音楽してたりすることは、音楽をやってるとときどき経験します。ロスト・レノン・テープスは、そんな音楽の切れ端が、いたるところに満ち溢れていて、なんだか、音楽で作った俳句みたいなんです。

  +

ロスト・レノン・テープスは、一般には、デモテープだと思われているようです。あとで、ちゃんとした録音をするための、楽譜代わりのメモのようなものだと。
しかし、そうじゃないのではないか。。

レノン夫妻のニューヨークの友人に、ジョナス・メカスがいます。ナチスの迫害を逃れ、リトアニアからニューヨークに移民してきた映像作家。代表作「リトアニアへの旅の追憶」は、インディペンデント・ムービーの最高傑作のひとつといわています。レノン夫妻が映っている作品もあります。
メカスの作品群は、8ミリで撮った、ドキュメンタリーというか、日記のような映像。手ぶれやピンボケ、ぞんざいなフレームワークと、とてもラフで、でもそこが魅力。
メカスさんは、自作を、私的映画 Private Movie と呼んでいました。

そのメカスを高く評価していたジョン。
ひょっとすると、レノンもまた、私的音楽プライベート・ミュージックを作っていたのではないか。
そんな気がしています。

音楽が録音されるようになったのは、エジソン以来の、ごく新しい現象です。
それまで、音は、奏でられた瞬間にしか、存在できませんでした。ライブ以外の形態は存在しなかった。

録音できる、そして編集できる、ということが、音楽の内容を、まったく変えてしまうこと――これを決定的に実証したのが、ビートルズでした。
そして、録音によって可能になる、商品としての音楽の力を示した見せたのも、ビートルズでした。

レノンが商品音楽の生産から手を引き、主夫を実践したのは、ビートルズが打ち立てたポピュラー音楽の常識に、「それはちょっとちがうかもしれないよ」という思いがあったのではないか。。

音楽の本来のあり方は、自分と楽器の対話であり、演奏者のそばにいるわずかな人々だけが共有する瞬間の出来事だったはず。
録音はこれを盗み聞いているようなものですが、「瞬間」は再現できない。
音楽は、ある一瞬だけを生きるものだ。そして、次の瞬間には消え去るもの
スナップ写真が、思い出を喚起するものでしかなく、思い出の瞬間そのものではないのと同じように、記録された音楽は、その音が生きられた瞬間ではない。

音楽はプライベートなもの。本人にとってさえ、それは、経験はできるけど、所有はできないもの。過ぎ去ってゆき、掌の上には何も残らないもの。

この、当たり前の事実を、主夫時代のレノンは、捉えていたように思うのです。そして、それが、ポピュラー音楽の本来のあり方だと。

音楽は、一瞬の存在でしかなく、所有ということがそもそも不可能な経験であること。
ポピュラーミュージックのあり方は、パッケージとしての完成度とは何の関係もなく、音を聞き取る耳のためのもの。楽器と自分、自分と仲間たちのもの。共有され、過ぎ去る時間。
音楽を楽しむ人なら誰でも、ほんとはよく知っていること、いつもやってることじゃないですか。

ロスト・レノン・テープスの、ラフなあり方の魅力も、そこにあります。
これを演奏していた瞬間は、二度と繰り返さない、ということ。その確認のために存在する、あるいは存在しないもののために存在する、テープ。
まさに、失われたレノンのテープです。
音楽はみんなのものだけど、誰かの所有物じゃない。

Music is everybody's possession. It's only publishers who think that people own it.--John Lennon


technorati
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.overcube.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/102

このリストは、次のエントリーを参照しています: '音楽は誰のもの?' , AZ::Blog はんなりと、あずき色☆.
正義と真実
概要 考えたいことを考えたり、言いたい事を言ったり、行きたい所に行ったり、見たいものを見たり、そういうったことを好きに自由に勝手にやりたいわけじゃないですか、誰だって。 でも、そうもいかないわけじゃないですか、普段は。特に社会人になったりすると。 といっても、...
ウェブログ: No news is Good news
時刻: May 18, 2004 12:06 AM

関連エントリー