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三十三夜 第19夜 「隧道」

written by overQ
May 26, 2004

図書館でなにげに借りた『幻想小説大全―鳥獣虫魚』 。虫や魚などを主題にした幻想小説のアンソロジーです。
映画「マタンゴ」の元ネタ「闇の海の声」など、いろいろ面白い小説が入っていたけど、とびきり不思議だったのは、新井紫都子「虫づくし」。架空の昆虫の博物誌的な記述で、人間社会を風刺したもの。出てくる虫がどれもこれも奇想天外の極致。大傑作。
新井紫都子という人は、解説によると、わりあい最近の作家らしい。
ところが、検索してみると、ほんのわずかしかヒットしない。というよりも、「虫づくし」という短編のこと以外、何の情報も得られない。

この一作しか作品ないんでしょうか。現在の作家でそんなことありえるのだろうか。
それとも名前を変えたとか、事故か何かでお亡くなりになったとか、特別な事情があるのでしょうか。
あるいは、一作きりですっぱり活動をやめたのか。誰か有名な作家が覆面で書いたのだろうか…
たいへん不思議です。幻の作家・新井紫都子。幻想小説界のグレタ・ガルボ(と勝手に命名)。この人について、猛烈に知りたくなってきました。
もうちょっと調べてみます…

というわけで今夜の開国してください(マヤ編)は、「隧道」。ズイドウと読みます。隧道とはトンネルのこと。誰もが自分の隧道を持っている。

moon about

隧道

入ることはできる
が出ることはできない
というトンネルがあった。

多くの人がその前で
入るかどうか思案していた。
出口にまつわる伝説の数々は
人口に膾炙していたが
その真偽のほどは定かでなかった。



やがてトンネルの手前に
大きな大きな町ができた。
そこで生まれ暮らし
生を全うするものも多くなり
そのうちのほんの幾許かが
生の中途でトンネルの
闇へと消えることを選ぶのだった。

町ができてからは
むしろトンネルに入ろうと
するものは減ったようだ。
今ではそれは何か特異なことに思われ
入るかどうかを思案することさえ
多くの人が無駄と
考えるようになっていた。

むろんこんな風潮に
異議を唱えることもできよう。
あるいは誰にも心の中
トンネルのことを忘れていいのかと
悩む刹那はあるはずだ。
だが、そう口に出してみたところで
虚しいだけ。
「では、なぜ、お前は
トンネルに入ってみないのだ?」
と問い返されるのがおちだから。

暗い目をしてトンネルの前で
思案にふけっていた先祖たちと
いま町の日々の営みの中
トンネルのことなど忘れたふりをして
照々と生きる子孫の間に
ほんとのところ
大きな違いなどないのかもしれない。
町はあくまでトンネルに
入ることを躊躇し続ける思いが
生み出したものであった。

ある日、トンネルから出てきた
と称する男が現れた。
万里の先に出口はあるとうそぶく。
男がトンネルに入るところを見た
という証言もあった。
確かめようもないことだった。

やがて少なからぬ人々が
男とともに旅立っていった。
出口から入って
この入口から戻ってくると
意気盛んに出発した。
ひとりとして帰るものはなかった。
いつかは戻ってくるのだろうか。
甲斐のない話である。
思えば男も
トンネルの一部のような
不確かな存在であった。

思案は裏に表に打ち続いていた。
男はトンネルの出口に達したのではなく
実はわれわれの町がすでに
トンネルの中にあって
彼もまたトンネル内をさ迷ううち
メビウスの帯をたどる蟻のごとく
ここにたどり着いたと
そんなことをささやきあった。
いや、そんな戯言など
ぽっかりと闇の口をあけたトンネルの前では
何の慰めにもならない。
                        
                        
                        
                        
                        
                        



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