今夜は「丸太町今出川」。
へんてこな題名ですが、内容も三十三夜の中で異色なもの。
ご存知のように、京都は通りが碁盤目状に走っています。
南北の通りと東西の通りが交わる場所は、ふたつの通りの名前を重ねて表記します。
でも、丸太町今出川という地名はない。
なぜなら、丸太町も今出川も東西に走る通りだから。
平行線は交わらない。
そんな不在の交点をめぐるお話。
基本的に実話であることを表明しておきます。
(…それにしても、京都のことを書くときは、なぜか道に迷う話ばっかりだ。迷宮?)
丸太町今出川「友あり、遠方より来たる」
温故知新とともに
論語の最初に出てくる言葉。
友とはいちばん遠くにある人。
距離が遠いとは限らない。
話せば話すほど
たがいに平行線をたどるような
そんな疎遠な人を
あえて友と呼んでみてはどうか。
有朋自遠方来。学生の頃
郵便局でバイトをしたことがある。
定年間近の局員さんが
親切に指導してくれた。
簡単な地図を描いてもらい
それにしたがって配達する。
でも局員さん、ちょっと
ボケが始まってるようで
とんだ勘違いもある。
たとえば、教えてもらった目印の建物が
もう二十年以上も前に
取り壊されていたりする。
もっとひどいのもある。
ご存知のように京の市街は
通りが碁盤目状に配置している。
並行する通りはけっして交わることがない。
しかし局員さんの描く地図上では
ありえない奇跡がおきる。
丸太町今出川西入。
姉小路六角上ル。
そんな地点が存在するのだ。
おかげで路上では大パニックになり
配達できなかった郵便物を
山ほど持って帰ったこともある。
ところが翌日、局員さんがご自分で配達に行くと
それらの郵便物は
きれいさっぱり完配されている。
平行線が交わる一点は存在するのだろうか?
理学部の友人にこの話をすると
アインシュタインの宇宙論では
平行する二本の線が交わるという。
「無限に遠い一点を考えてごらん」
イマジンを歌うように彼女は言った。
有朋自遠方来。「尸解」という語がある。
仙人には三種あって
天仙、地仙、そして尸解仙。
天仙も地仙も生死の区別なく
仙人になったもののことだが
尸解仙は死んだあと
はじめて仙界におもむく。
棺から死体が消えていたり
死体の背中が裂けて
「中身」が空になっていたり。
有名な荘子の胡蝶の夢。
「蝶の夢からさめると
自分が蝶になる夢を見たのか
蝶が自分の夢を見ているのか
わからなくなった」
というやつ。
これも尸解のイメージに連なるもの。
いも虫がさなぎになり
さなぎの背が割れて
その中身は美しい蝶になる。
古来、蝶は人の魂の化したもの
と考えられてきた。
ギリシャ語で心を表すプシケは
もともと蝶を意味する語であった。
夢爲胡蝶 翔翔然胡蝶也。さて局員さんの話に戻る。
バイトをやめてすぐ
局員さんが亡くなった
という知らせが届いた。
たしかに体の調子は悪そうだった。
局の中で彼だけがバイクに乗らず
自転車で配達していた。
それにしても亡くなったとは驚きだ。
定年退職したその日に倒れ
翌日の午前零時にはもう昏睡し
夜が明けるまでもたなかったそうだ。
葬式では奇妙なことがあった。
火葬したあと、お骨をとるため
寝台を引き出してみると
台の上にはまっ白い砂粒のような灰が
わずかばかり残るだけ。
骨を拾うにも
まとまった固形物がなかったというのだ。
何かの手違いで
電熱のレベルを上げすぎたのか?
しかし一緒に火葬に附した
陶淵明詩集の文庫本は
中の方が焼け残って
まだ文字が読めたという。
あるいは局員さんは尸解仙と化し
丸太町今出川へ旅立ったのだろうか?その頃からだと思うが
京の町を歩くときは
なるべく路地裏を行くようにしている。
不意にひらけた場所に出て
花咲き乱れ、蝶が舞い
そこが平行する通りの交わる
あの一点であることを
ひそかに期待しながら。
局員さんの描いた地図は
現世の配達では何の役にも立たず
ボケ老人として軽侮されていたけれど
仙界におもむけば
あの道順だけがたよりになるのだ。
そんなわけで
話の通じない相手に出会ったときは
現世の論理をふりかざし
そっぽを向き合うのではなく
仙界の理法にしたがって
心の路地裏をたどりつつ
思いもよらぬ結びつきはないか
探るようにしている。
有朋自遠方来。
またよろこばしからずや。
overQさん、はじめまして。
少し前から、遊びに来させて頂いてます。
「丸太町今出川」心魅かれながら読ませてもらいました。
平行な道が交わる所・・
そんな不思議で妖しいところに私も迷い込んで行きたいです。
ふと高台寺に行く途中の石塀小路の辺を思い出しました・・。あのあたりは、どうでしょう?
Posted by:ワルツさん、こんにちわ。
ワルツさんも京都の方なんですね。
なぜかブログは京都の方が多い傾向があるようで、不思議です。
石塀小路、私も好きです。休日は人でいっぱいだけど、平日の昼間だと閑散としてて、さらにミステリアス。
私はある夏の日の午後にあのあたりをさまよったのですが、小路の真ん中に見たことない種類のネコがいたり、子供が簡易プールで遊んでいたりしました。
石塀小路を抜けて、巨大観音像があるのも、はじめてだと、びっくりしますよね。観音のことはあまり観光ガイドに載ってないので、知らずに出会う旅行者も多いんじゃないかなぁ。
坂を上っていくと、山村美紗と西村京太郎の邸宅が隣同士に並んでいるもの、はじめてみると驚き。サスペンス劇場の人、というくらいの認識しかなかったので、どういう事情でこの二人がお隣同士なのか、謎めいた気持ちに。
京都はやっぱり迷宮なのかもしれません…
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