AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 三十三夜 第29夜 「富」

三十三夜 第29夜 「富」

written by overQ
June 5, 2004

今夜の三十三夜は、「富」。
経済の原則は逆説。儲けようと十全な努力をしても、儲け続けれることはできない。といって、偶然を、支配することは、人間にはできない。
神様以外に頼るものはなく、そして神様がいない場所。カエサルのものはカエサルに帰されるカオス。


cover

ルルブアイの村でチンゴギラの栽培が始まった。
これまでは小麦を作って自足し
余った分を町の市場で売っていた。
しかし、ある暑い日の午後
外国からきた汗をかかない男が
チンゴギラの栽培をもちかけた。
政府から来た役人も奨励するという。
役人は何度も村を
疫病から救っている恩人で
信用もできる。
長老たちが相談し
この植物の栽培が始まった。
でも小麦はどうするのか。
食べるものがなくなっちまうぞ。
心配ご無用
と汗をかかない外国人は言うのだ。
チンゴギラを栽培すれば、収入は
今より数万倍になるのだから、その金で
小麦でも何でも買えばいい。
牛が千頭買えそうな手付金ももらった。
掘っ立て小屋だった家は
外国人用ホテルのような
白塗りの御殿になった。
水道も電気も引いた。
当面暮らし向きに困ることはない。
こうしてルルブアイの村ではチンゴ
ギラの栽培が始められたのである。

チンゴギラとは一体なんなのか。



それは木のようであるが
少し大きめのキノコのようでもある。
先っちょに
申し訳程度に緑色の葉が数枚つくが
それ以外は幹だけで枝もない。
植物というよりも
鍾乳洞の石筍のようである。
幹の肌は細かい鱗で覆われ
固くて爪も突き立たない。
中は空洞なので
何を守るための鱗か
理解に苦しむ。
収穫は人の背丈ほどに伸びた時点で
地面から引っこ抜く。
根はわずかしか張らず
幹の延長が数十センチ
大地に刺さっている形だ。
植え方は幹を
勃起したペニスほどの大きさに切り
これを大地に突き刺すだけ。
すると短く根が張って幹が伸び始める。

収穫されたチンゴギラは輸出される。
港町から来たトラックに積んで出荷する。
いたって簡単な作業である。
チンゴギラはいったい
何に使われているのだろう。
これはいつも問題になるが
結局わからない。
考えてもさして
意味のあることでもない。
トラックの運転手も貨物船の船乗りも
誰も知らない。
役所でもよくわからないという。
あの最初に現れた
汗をかかない外国人にきけば
たぶんわかっただろう。
しかし契約成立後は
二度と姿をあらわすことがなかった。

ルルブアイはこころみにチンゴ
ギラを喰ってみた。
といっても喰えそうなのは葉っぱだけ。
口に含んでみるととんでもない味で
舌が半日しびれていた。
煮たり焼いたり煎じてみたり
天日に干してみたりもしたが甲斐はない。
食い物ではないだろう
というのが十日がかりで得た結論。
薬に使うのかもしれないが
ルルブアイには見当もつかない。
工業製品に加工されることもありえる。
この新しい家の建材にだって
使われているかもしれない。
壁はうすいのに丈夫で
火でも燃えず
音も通さないし
夜になるとほのかに光る。
そういう便利で謎めいたものに
チンゴギラは使われるのではないか。
誰に聞いてもチンゴギラがなぜ
これほど高価で売れるのか
わからなかった。
ルルブアイは不思議でたまらない。

ある日ルルブアイの村に
船のような広大なクルマがやってきた。
象の尻ほどもある巨魁の大臣が降り立ち
この村の功績を表彰した。
ルルブアイは炎天下のもと
なれぬタキシードを着て
セレモニーを手伝った。
それでわかったのだがチンゴ
ギラはいま世界じゅうで
競い合うようにして栽培されているが
その中でも
ルルブアイの村で作られたものが
最も価値があるそうだ。
おかげで国は繁栄し
GDPはもう途上国の水準を越えつつある
と大臣は広大な胸を張った。

翌年ルルブアイは招かれて
首都に旅行した。
村の外といえば市場のある港町と
成人式にコヒルーの森へ
いったことがあるだけのルルブアイにとって
これは新しい体験であった。
けれども首都は荒廃していた。
政府関連の建物をのぞけば
町並みは王制だった頃に
ヨーロッパ人が建てたレンガ造りの建築物。
建てられてから百年近くにもなる。
市場は活気がなく
生活必需品が数種類ならぶだけ。
そもそも人の数が異様に少なかった。

大統領府でそのことについて訊ねた。
なんでも国ではこの数年
チンゴギラをはじめとして
外国に売れる商品作物の栽培を
奨励してきた。
ために生活に必要な小麦などの生産が減り
数百年続いた村々の
伝統的な暮らしが崩壊してしまった。
ルルブアイの村のように成功した例は稀で
多くの村では栽培したチンゴ
ギラは安く買い叩かれる。
富は貨幣の形で偏在し
流通の不全から物が行き渡らないでいる。
一時的な現象だ
と役人たちは言う。

ルルブアイが村に戻ると
例の汗をかかない外国人から手紙と
いくつもの巨大な小包が届いた。
小包の中身は全商品カタログというようなもの。
われわれが知らない巨大な
世界という市場で投機的価値のある商品として
電子的にやり取りされるものの膨大なリスト。
たとえばアイクアイク村の
オドラデクは朝
目を覚ますと髪の毛をかきむしる癖があり
そのとき飛び散ったフケが
アジア市場で健全な伸びを示す金融商品となる。
こうして物・人・動作・出来事
言葉・未来・色彩・風・ときめきなど
ありとあらゆるものが
(しかし何もかもではなく
なぜかあるものはそうであり
べつなものはそうでないのだが)
商品として買い手が現われ
売られていったのである。
その結果いまや町は閑散として
その静けさが売れないかとひそかに
ニッチを狙っている最中であった。
人は減ったが市場は活気に満ちて
GDPは分母が減少し分子が増加して
驚異的な伸びを見せた。

ルルブアイは数週間のち外国に行った。
大学で経済学の学位をとるためである。
チンゴギラが何に使われているか
今では知っている。
それは何かに利用されているわけではなかった。
それは売れるがゆえに買われ
買われるがゆえに売れることを繰り返して
市場価値を増大する運動体である。
しかし、いったんルルブアイ村のチンゴ
ギラが最上の価値と決まったからには
容易に他と置き換わることはない。
外国の大都市でルルブアイは
幸福と呼ばれることは何でもした。
海賊船のようなクルマで夜の町を徘徊し
掻っ攫ってきた女たちの白く骨ばった体を抱き
どの順番で着るかだけが重要な重ね着をし
神殿にはその日その日の神を招来した。
毎日が祭りであり
ルルブアイはその司祭で
宴の後ホテルの部屋に戻り
精霊の仮面を脱げば
鏡の中には誰も映っていなかった。
ある日ふと見渡すとルルブアイは
市場に自分ひとりしか
残っていないことに気づく。
ほかの全員はすでに商品化され
買い取られていった。
買い取られていったといっても
買い手が自分しかいないのだから
全部彼のものだ。
そうか。
これがババを引くということ。
今ごろ気づいても手遅れだ。
ルルブアイは独りぼっちになった。
新しいゲームの再開のため
世界からすべての名前を集め直している。
問題はいかにしてその中に彼
自身を忍ばせるかということ。



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コメント

overQさんの絵に魂を抜かれそうになりながら、
「富」を読みました。
ナンか、パンドラの箱をあけてしまった人間達へ、さあどうだ!って感じがしました。
果てしない欲望とその後に来る滅びを予感させますね。
「チンゴギラ」・・今、当たる物がいっぱいありますね。産業革命から、〜遺伝子操作、クローン人間・・どこまでいくのでしょう。

今日も「三十三夜」、深い物語でした!

Posted by: Site icon ワルツ : June 6, 2004 3:19 PM

ワルツさん、いつもお読みいただき、ありがとうございます!

経済という仕組みが、私には、とても不思議に思えることがあります。
資本主義とか、そんな高度なレベルじゃなくて、もう、物に値段があるということからして、じつは意味のよくわからない現象だと感じる瞬間があるんですよ。でも、持続しないし、人にもうまく説明できない。
「富」と関連した作品は、これからも登場するかもしれません。あと、ルルブアイという、アフリカ系(?)とおぼしき主人公にも何か感じるものがあります。

三十三夜もあともう少しですが、ちょっとお休みしてから、また新シリーズを始める予定です。その際は、よろしくお願いしますね。

Posted by: Site icon overQ : June 6, 2004 11:33 PM
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