今夜の三十三夜は、「家の声」。
語り手の「僕」はフィクションであり、私が彼のような体験をしたわけではありません。
ただ、書いているとき、奇妙に「僕」の実在を感じました。まず文章が、なんか自分の文体になってこない。センテンスが長く、説明がまどろっこしい(笑)。他人の文章を書いているような感じでした。
考え方や感じ方も、私自身のそれとは異なっていて、とくに祖霊信仰的な考えは、私にはまったくないにもかかわらず、物語はそのような場所に収束しました。
不思議だ。「僕」は誰なんだろう。
家の声95年の地震で実家が倒壊し
僕は両親をなくした。
大学進学で上京して以来
就職も結婚も都会でした僕は
盆と正月に帰るほか
ほとんど故郷の街に戻ることがなかったが
親の葬式を済ませてからは
もう一度もあの町の土を踏んでいない。
だからふるさとの思い出といえば
子供のころのものばかりだ。
都会には同郷の友もおらず
妹は結婚してアメリカに行ってしまったので
ふるさとについて人と話すこともない。
町は僕の記憶の中だけにある。
実家のあったブロックは
大規模な区画整理をして道路もつけ直し
かつての面影はまったくないということだ。
僕の知っていたあの町は今では
文字通り僕の記憶の中にしか存在しない。
帰郷することがなくなって以来
ときどき夢を見る。
ふるさとの町に戻る夢。
不思議なことに夢の中の町や家は
本当にそれがあったものとは
大きくちがっていることがある。
しかし夢の中では僕は
それが自分のふるさとの町であり
子供のころから暮らしてきた家だと
信じて疑わない。夢の町は僕が本当に住んでいた郊外の
ベッドタウンではなく
山の中の田舎町で
家の裏手には大きな山がある。
夢の中の僕は
子供のころそこで
カブトムシやクワガタを取り
たけのこやマツタケを狩ったという
なつかしい記憶まである。この夢は間欠的に繰り返され
少しずつ全体が明らかになっていった。
ある夢の中の僕は失業中で
暇をもてあまし
衝動的に電車に飛び乗って
町に舞い戻った。
夢の実家では両親が生きており
妹はまだ高校生のままで
僕だけが歳をとっている。
両親は僕には何の相談も連絡もなく
実家に温泉を作ったという。
見ると庭が一面
水没したとでも言うか
お湯が張られ湯気を立てている。
裏山は段々畑のように大小の湯船が
びっしりと頂上までしつらえられている。
お湯がゆるやかな滝となって
湯船をめぐり庭に流れ落ちる仕掛け。
壮観だった。なるほど
これなら温泉として十分
やっていけるにちがいない。
両親のどこにこんな才覚があったか
僕は実に不思議な気持ちになる。次の夢では架空の故郷は
意外な場所に出現した。
夏になるとよく渓流釣りに行く
山あいの道の三叉路で
川のあるほうとは逆の枝道を択ぶと
山の中に突然大きな町が開け
ふるさとに行き着けることが判明する。
やっぱり実家は温泉化していて
僕は手ぬぐい片手に山の湯船をたどりながら
こんなに近くに実家があったなら
もっと帰っておけばよかったと思う。
来週にはテレビの取材も来ると
妹はうれしそうに言う。
僕は妻も連れてくればよかったと思うが
ここで混浴するのは
気恥ずかしい気もするのだった。だがやがてこの夢も見なくなってしまった。
なぜかはわからない。
いろいろ生活も変わった。
子供のできないまま妻とは離婚したし
僕は失業こそしなかったが
職場を変わり、以前より
難しい人間関係の下に置かれている。
もう一度あの夢の故郷の温泉に
つかりってみたいと
思いのほか強く願っていることがある。このところ眠れないときは
実家の間取りや
家の周りの風景・出来事を
思い出すことにしている。
思い出されるこまごまとした家の様子は
もう実在するものでなく
夢と同じ物質でできている。
僕と妹のほかには
もうあの家のことを
詳しく覚えているものもいない。
そう思うと少し心細い気持ちになる。
僕らが死んでしまえば
あの家や街角の風景について
どんなイメージも
どんな思いも残ることはなく
何もかもが消滅してしまう。
ところが家の間取りを思い出す僕は
かならずしも
悲観ばかりはしていないようなのだ。
むしろ死ねば僕は
あの町に戻ることができると
そんな奇妙な確信を
抱いているかもしれない。
町は永遠の中にあり
もう失われることがないのを
夢の入り口あたりにいる僕は
当たり前のことのように知っている。
柿の木のある角を曲がると
家が見えてくる。
気づくともう家の中にいて
縁側に立っている。
僕の記憶の一番最初はここで
おばあちゃんの肩を叩いている姿。
縁側の廊下は今
夢の中ではるかに延長し
少しずつ傾斜して
その先は水の中に続いていた。
水にそっと足をつけてみると
心地よい温かさの湯である。
その瞬間、僕は夢と現実の
二つの家がつながったことを知った。
「おかえりなさい」
と声がする。
それは父の声、母の声、妹の声
記憶の彼方の祖母の声
はるかな一族の声であり
家自体の声であって
また僕自身の声でもあるだろう。
overQさん、こんばんは!
冒頭のoverQさんの魔法のかかってしまったのでしょうか?
不思議なことに、最後の、父という文字が浮き上がって飛んでいくような錯覚をおこしました。
ミステリーです。
そして、目頭が熱くなりました。
今日も、ありがとうございました。
picoさん、いつもお読みいただき、ありがとうございますです。
いつものように、この作品も、自分ではよくわからないまま書いたので、何が書いてあるのか、自分でも後からいろいろ考えています。
このような書き方をしていると、作品は誰のものか、心もとない感じになってきます。夢の著作権はどこにあるかというのと似ています。
さて、三十三夜も、あと三回となりました。
三十三夜は終わりますが、しばらく休んで、ほかに書きたかった記事など書いてから、ふたたび再開しようと思ってます。
これからもよろしくお願いしますね。