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三十三夜 第32夜 「尻子魂」

written by overQ
June 8, 2004

今夜の三十三夜は、「尻子魂」。
なかなか気づかれないかもしれませんが、安産祈願の思いをそっとこめております。何せカッパですから。
どこがどう安産祈願かといわれても、おいそれとは指摘することができないほど、それとなく、そこはかとなく。何せカッパです。…たんに、意図とは、ちがうものができちゃったってことなんですが(´Д`ヽ)
カッパッパ(゚◎゚)ルンパッパ

上方に何か
尻子魂

眠りに落ちた。
次の瞬間。
けたたましくドアのベルが鳴る。
何が何だかわからない。
目を覚ます。
夢。
に落ちそうになる。
目を覚ます夢に落ちそうになる。
しかしそれも許されない。
けたたましくドアのベルが鳴る。
鳴り続ける。

誰だろう。
悪質なセールスか。
依存症の女か。
時計を見ると午前二時
二十二分。
二十…二秒。
ちょっと待ってしまった。
ともかく
ベルは鳴り続けている。
わかった。
わかったから。
もう目は覚めたから。

しぶしぶ起き上がり
ドアを開くと
河童が立っている。
尻子魂を返しに来たという。
元気にいう。
体にこびりついた泥が
白く乾いて
前衛舞踏のようだ。



河童の主張するとおり
たしかに私は中学一年の夏
林間学校の花火大会のとき
女の子の前でいいカッコしようとして
川で溺れた。
そのとき抜いたという。
私の尻子魂である。
呪い人形のような形をしている。
長い顔に小さな手足。
ねじれた縄目のような模様。

「恥ずかしいことないですヨ。
もう大抵の人間のハ
抜いてありますからネ」
そう河童は豪語する。
何に使うかと問うと
コミニュケーションという。
コミュニケーション。
まあいい。

「恐れ多くもお尋ねしますガ
気づいておられませンでしたかネ」
胡瓜臭い息を吐きながら
河童は妙に下手に出てそう言う。
下方からにらめつける目は
アニメを意識して
かわいさを演出しているつもりだろう。
世界進出でも狙っているのか。
許しがたいものを感じる。

河童はここ数年
方々で手を回し
この尻子魂が私として
社会で通用するよう
画策してきたという。

なるほど
言われてみれば
思い当たらないこともない。
妻や娘が
いつの頃からか
よそよそしくなった。
よそよそしいというのも
ちょっとちがう。
壁は隔てているが
同じゲームを
共有しているつもりだった。
それが向こうを覗けば
誰もいなくなっていた
というようナ。
話しかけても
黙り込まれる。
無視しようとするのではなく
見知らぬ言葉で話しかけられて
意味を解しかねるといった風。

河童のせいだったのか。
妻も娘も
私本人ではなく
尻子魂を私だと勘違いしている。
とんだ思い違いだ。
目覚めてくれ妻子。
いやまて。
ほとんどすべての人間の
尻子魂を抜いてあるといったナ。
では私もいつからか
妻や娘ではなく
その尻子魂を見せられていたのか。
たしかに妻も娘も
九十年代半ばごろから
容貌も態度も別人のようだった。

河童は
どういたしましテという表情で
笑いながらうなづいている。
顔は薄緑色なのに
口の中は真っ赤。
なるほど家族がおたがい
理解できないわけだ。
仲が悪いというのでさえなかった。
道で見知らぬ同士がすれちがうように
家の中が街路と化した。

尻子魂は尻子魂。
ぜんぜん本人には似ていない。
あんまり似てないので
ちがってさえいない。
はじめは人形に見えたが
よくみると
手と見えたのはくちばし
顔と見えたのは羽根だった。
もう一度見直すと
脚と見えたのは糸くずで
羽根と見えたのは滑車である。
何がなんだかわからない。

よろしい。
ともかく河童は
返すといっている。
これからはもう二度と
私と尻子魂が
取り違えられることもないわけだ。
しかし河童は笑っている。
腹を抱えて笑っている。
下腹が子供のように
ぽっこり突き出ている。
かわいい
と感じてすぐ
その思いを打ち消す。
「もうだめなんですヨー」
女のような声で河童が言う。
私はもう二度と目覚めない。
この夢は最後の夢。
永遠の夢。
閉じ込めちゃタ。

これからは尻子魂が
「私」として
人々に知られる。
社会にも通用する。
けっこう有名にもなるらしい。

トんだ誤解だ。
ヤツと私は何の関係もない。
比喩や象徴としてさえ
私と結ぶものはない。
記号としても機能しない。
指示するものがされるものを
取って喰う仕掛けだ。
「もう止められないんですヨー」
河童が歌うように叫ぶと
不意に妻子が現われ
尻子魂を後生大事に抱えて去る。
去りぎわ私にいちべつを加えた後
それをまちがいだったように首を振り
そそくさと立ち去る。

残された河童
はよじれていク。
尻から顔を突っ込んで
口から首を出し
もう出口はありませンヨと告げる。
ためしにそのポーズをまねてみるが
たしかにモー出口はない。
尻子魂メ。
本気の怒りで鼻の奥がツンとなル。
河童がまねてシリコタマメといフ。
なぜかチュー国人の発音ン。
腹が立ってモ
この姿勢ではドーしようモない。
少し転がテ
河童に体ぶつけてみル。
触れてみるとなぜタかちょト
カッパに親しミ感情わくアル。
そのことモ腹立つアルヨ。
アー。



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