34歳池を作るのには反対だった。
B型の夫がすることだ。
飼っている亀のため
小さな池を作るという。
新築したばかりの家だ。
庭はあるけどささやかなもの。
ハーブでも植えようと思っていたのに
夫は池を作った。
子のない夫婦の酔狂か。モルタルが乾くと
あく抜きをして水を張った。
亀が面倒くさそうに
中の島に泳ぎついた翌日
夫は姿を消し
二度と帰らなかった。
新築の家と
ローンと
亀と亀池が私に残された。
夫の親には
ずいぶん金も借りている。
この家に住み続けることは
なんだか肩身の狭いことになった。
夫の失踪の理由はわからない。
池を作るときは張りきっていた。
完成したとき
記念写真を撮った。
夫は写ってない。
彼はシャッターを切った。
池と亀と私の写真。
浮かない顔で笑っている。事故に巻き込まれたのかもしれない。
警察は一通り調べてくれたが
それっきりだ。
友人のつてをたどって
不審な死亡者のリストも当たってもらったが
それらしいものはなかったという。
亀は夫がいなくなったことに
気づくはずもなく
池の中の島で甲羅を干し
乾ききると水をくぐって
また島にあがる。夫が子供の頃から飼っていた亀だ。
亀は万年生きる。
夫の祖父の有名な民俗学者が
もともと飼っていた亀だという。
百年近くも生きている勘定になる。
本当だろうか疑うが
夫の親族は誰も彼も
亀の長寿を自慢するのだった。半年がすぎ結局
私は家を売ることに決めた。
一人ではもてあます。
池も埋めることにした。
亀はまるで察知したように
その前日の夜逃げてしまった。
亀の足だから
まだそう遠くへは行ってないだろうが
探したりはしない。
池を掘り返したら
となり町で行方不明になっている
少女の死体が出てきた。
というのは嘘だ。
夫はそんな男ではなかった。夫はどんな男だったのだろう。
失踪されてから
自分はあの人について
何も知っていない
という思いがつきまとう。
反省を込めてではない。
ただ事実としてそう思う。
失踪について
私は怒りもしないし
心配もしていない。
この気持ち
理解してくれそうな人がいなくて
黙って胸に仕舞ってある。家を売り
夫の両親に借りていた金を返し
私は小さなマンションを買った。
池は埋めなかった。
亀が帰ってくるかもしれないから。
中の島には花の種を植えておいた。
引越しがすんで
部屋が片づきかけた頃
暗い雨の日だったが
絵葉書が来た。
夫からだ。
亀と一緒に写っている。
海の中かもしれない。
夫の背後で白髪の老人が
花の匂いをかいでいる。
下手な字でわざわざ
「竜宮城」と書いてある。
「悪いが君は呼べない」と。
とくにすまないと思っているふうでもない。
前から知っていたことみたいな気がする。
元気だと伝えたかっただけかもしれない。
ふうん。
まあ、いいよ。
私は独りで生きていく。
知ってた?
私は今日
34歳になった。
自作にコメントつけるのに、この欄を使えばよいことにようやく気づきました。そうすれば、レイアウト的にもすっきりするではないか。
今夜は「34歳」。
B型の夫が庭に亀の池を作ることから、話が始まります。
池を作るエピソードは、あるブログで見かけたもの。なんか不思議と心に残ってて、この作品の始まりに使いました。
作品の夫婦は、亀池を作られた方とは無関係なので、トラックバックはしませんが。あまり幸せな展開でもないので、TBしにくいというか。かといって、不幸な展開というわけでもないところが、この作品のみそです。