というのは、われわれが見つけだしたと称している掟など、そもそも存在しないのかもしれない。
――フランツ・カフカ「掟の問題」鳥かごが鳥を探しにいく。
――フランツ・カフカ「アフォリズム集」書物は不変であり、いろんな意見はすべてそれに対する絶望の表現にすぎない。
――フランツ・カフカ「審判」
これから、何回か断続的に、カフカのこと、書いてみようと思います。自分用の読書メモです。
ちょっと遠回りな道をたどっていきます。それが近道であるのがカフカなので。
まずは、映画「ビューティフル・マインド」。
94年にノーベル経済学賞を受賞した数学者ジョン・ナッシュの生涯を描き、アカデミー賞もとりました。
彼の功績は、ナッシュ均衡という理論。
アダム・スミス以来の需要供給説を覆してしまう非常にクリアな理論です。ゲーム理論が発展する起爆剤となり、応用範囲もきわめて広い。これを考え出したとき、ジョン・ナッシュは二十歳だったそうです。
しかし、その後、「天才」は、国防省から暗号分析の依頼を受け、妄想にとらわれていきます。
新聞雑誌の記事や広告の中に、東側からのメッセージが暗号の形で含まれている…という妄想。
世界は巨大な暗号であり、そこには隠された意味がある。。
南極の皇帝になるから、とMITでの職を断ったこともあるナッシュさん。
ヒトの脳がおちいりがちな迷路なのかもしれません。
*1
数年前、アポロは月に行ってなかった、という説が流行りました。
もちろん、アポロは月に行ってるはずなんですけどね。
でも、あの説はデキがよくて、陰謀系の話ではMJ−12以来のヒットでした。萌えました。
人間、思い込めば、なんでも「見えてくる」んですね。すばらしい細部へのこだわり、次から次へと繰り出される「証拠」。
「隠された秘密」に触れているという、発見者の心ウキウキぶりが伝わってくるようで、うっとりしました。でも、これを本気で追究しちゃうと、きっと病気になるんでしょう。
…だけど、たぶんわれわれの日常の認識も、おんなじようなものかもしれないです。
周りの人のことや日々の出来事を、「アポロは月に行ってなかった」方式で、てきとうな断片からあれこれイメージし、「隠された真実」に達してないと、いえるだろうか。
さて、カフカはある発見をしました。
世界には隠された意味があるのではなく、隠された意味があるように見えるだけだ、と。
あるいは、隠すつもりはないのだが、本当のことは表現しようがなく、表現すると別なものに変わってしまう。それどころか、表現のせいで、「本当のこと」があるような錯覚さえ起きている、と。
でも、作家が、表現についてこんな思いを抱くのは、自己破壊的ですね。
「掟の門」という短編があります。短編というか、「審判」の終りのほうに出てくる、一エピソード。
掟の門があり中に入りたいけど、怖い門番がいて「今はだめだ」と入れない。門番の話では中にはさらに門があり、もっと怖い門番がいるとか。門番に懇願し、わいろを渡したりもしますが、やっぱり入れてくれない。門の前で年月が流れ、入れないまま死をむかえる。死の間際、なぜ自分以外に入ろうとするものがなかったかと問いかけると、門番は「これはお前だけの門だ」と答える。なんかね、意味が、わかりそうでわからん。
「掟の門」には続きがあります。この話が意味するところを、解説してくれるのです。でも、読むとますますわからなくなる。べつに難しいことが書いてあるわけではないんですが。「門番」の責任問題を追及するだけです。しかし、なぜ、門番の責任がそんなに問題なのか。
私が最近考えてる「解釈」では、門も門番も言語表現の比喩。
掟(=意味や真実)を伝えるはずが、逆に閉ざす役割を果たしてしまう。
そもそも掟があるように見せかけるだけかもしれない。しかし、それは門や門番の責任でもないし、もちろん掟のせいでもない。
そもそも掟なんて、ないのだから。
鳥かごがあるから、鳥を探しに行くはめになる。しかし、鳥なんて、いない。そもそも、誰もそれが鳥かごだなんて言ってない。自分がそう思っただけ。
書物は不変であり、いろんな意見はすべてそれに対する絶望の表現にすぎない。
もっとも完全な裸の王様は、それを裸だと指摘したところで、服の色を指摘した場合と大差がない。
…なんか禅問答みたいです。
カフカを読み始めた頃は、「真意」が知りたかった。
でも、読みなれてくると、いろんな解釈が可能だともわかり、解釈ずれしてきました(w
悪あがきをあきらめ、カフカ的な世界になじんでくると、カフカは突然おもしろくなります。
夢と同じ物質でできているんです。この不思議な感触は日常にもフィードバックしてきます。読んでないときでも、読書の快楽が持続します。なかなか危険なものですね(・∀・)
世界はその意味を探るところではなく、たんに生きる場所だと、当たり前の事実に行き当たります。
ここまで来てしまうと、カフカを読むことが、ほんとうに楽しくなります。
カフカは意味という病にひとつの解法を与えましたが、それは新しい病気でもある。。
overQさんはカフカの小説を読んで世界の意味に持っていくなんて読解力がすごいですねw
日本の作家に中島敦という人がいて、自己への追求や世界の意味を考えていたそうですが、カフカが日本で有名になる前から興味を持ち、カフカ作品を翻訳したりしてたそうです。
Posted by: 通りすがりのカフカ好き : June 14, 2006 5:51 PM