枯枝に烏 とまりけり 秋の暮 芭蕉
カラス十数羽。
大江さんは、この俳句のカラスは、当然一羽だし、一羽でなければならないと思っていたので、クレームをつけました。
ところが、同席していた日本の古典研究者が、こう言いました。
…この俳句に合わせて、芭蕉自身が描いた絵が最近見つかって、そこにはカラスが二十数羽、えがかれている、と。
では、ひょっとすると、
古池やのカエルも、一匹じゃないのか。蛙 とびこむ 水の音
この話、大江さんは、ある講演(「日本の知識人」)の冒頭で、話の枕として軽く紹介してます。
丸谷才一「輝く日の宮」にも、おなじ話が登場人物の会話として出てきます。最近では、わりと通説になってきてるのかもしれません。
日本語では単数複数があまり区別されないんで、起こる問題。
単数だと思い込んでいたものを複数化すると、まったく違った世界が開けてきます。
芭蕉のわび・さび・かろみは、一般に流布しているイメージとは違い、もっとグロテスクなものなのかも。
無残やな かぶとの下の きりぎりす一匹じゃないんです。五十匹くらいいたら、どうでしょう。無残は、べつな意味で響いてきますw
きりぎりす、芭蕉は好きみたいで、ほかの句もあります。
白髪抜く 枕の下に きりぎりすきりぎりす、五十匹。
床に来て鼾に入るやきりぎりすコタツにきりぎりす! きもい…
きりぎりす忘れ音に啼くこたつかな
猪の床にも入るやきりぎりす
[参考サイト]
◆芭蕉俳句全集…芭蕉の全俳句が読めます。たいへん有用で、芭蕉観が変わるほど。カラスの絵もここから拝借いたしました<(_ _)>
はじめまして。
サーフィンしていてこちらを見つけ、たいそう気に入り、こっそりと日参している者です。
この話、初めて知りました。
目から鱗!
感動とともに、ある意味鳥肌が……(笑)
当然のことと思っていたものが覆される時、思いもよらぬ世界が開けてくるものですよね。
その快感ったらありません。
また楽しい記事を拝見させて頂けることを期待しつつ、日参させていただきますv
おじゃまいたしました。
うわあああ
きりぎりすがたくさん! 夢に出てきそうです…
岸田劉生言うところの「デロリの美学」ですね。
奈良時代の仏像なんかも、往時は極彩色だったそうですし。
日本人の美的感覚って、案外どぎついのかも。
akikoさん、Mille.Cさん、7ntrdblさん、こんにちは。
大江さんは冗談とも本気ともつかぬ調子で話されてるんですが、よく考えてみると、この話、ほんとはまじめな検討に値しそうです。
さらに、単数複数の区別がわかりにくいのは、芭蕉に限らず日本語一般の性質なんで、ほかにも検討すべきものがあるかも。
なんだか、案外、恐るべき指摘であるのような気がしてきましたw
こんにちは。こちらでは、はじめまして。
ものすごく刺激的な面白い記事です!
私も目からウロコ、ぽろり。
偶然、我が家のスイレン鉢に棲む蛙の写真と一緒に
芭蕉の句と、そのイタリア語訳を載せたのですが
翻訳者さん、飛び込む音ではなく、その時の水面の
様子を前面に出すことによって、日本語における単数・複数の曖昧さをかわしていました。。
しかし、そうすると句の意味が違ってきますけどね。
ねるさん、こんばんは。
蛙のイタリア語訳、イタリア語わからないなりに、ネットで翻訳して、おおよその感じ、探ってみましたw
これは、かなり名訳ですね。
でも、やっぱり、カエル、一匹ですよね。
複数かもしれないと知ると、翻訳者の方、傷つくかもw
何十匹も飛び込むと、水面がどろどろになって、にごるわ、波はおさまらないわ…
すべての責任はノーベル賞作家に。。w