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六十六夜 第37夜 「凧」

written by overQ
September 3, 2004

子供の頃の記憶は、あいまいなものです。

小学生の頃、親戚のオバちゃんのうちで、イトコたちと遊んでいました。
オバちゃんの鏡台に、コンタクトレンズがあったので、はめてみました。
初めてのコンタクトでした。ファーストコンタクト。
まあ、それはよいとして…よくないのは、はずした記憶がないこと。
つけたままなんだろうか、あのコンタクトレンズ。

たこもね、揚げたんですよ、イトコと。
付属のたこ糸を使い切ったんで、さらに糸を買いに行って、ものすごく上空まで揚げた記憶があります。
しかし。
降ろした記憶がない。
まだ、揚がりっぱなしなんでしょうか。誰かご存じないでしょうか。

というわけで、今宵の六十六夜は、「凧」。
なお、六十六夜、明日とあさってはお休み予定。別な記事はエントリすると思います。週休二日制。

タコ タコ 揚がれ。天までこがせ
たこ

公園にはいつも一人の男がいて
凧を揚げている。
もうかれこれ百年近く
揚げたっきりの凧である。
雨の日も無風の日も
一度たりとも地に堕ちたことがない。
ずいぶん上空まで揚がっており
その域ではけっして
風が絶えることはないという。
見上げても凧は極小の白点であり
青空の中に針でついたほどの影が見えるだけ。

百年前のこと。
大きな凧だったと
老人たちは言う。
十数メートル四方の帆布を
立体に組み合わせた凧で
俗世になじめぬ六人の仙人が
くくりつけられたという。



五里に及ぶ直路を作り
奔馬二十頭を駈けさせて
天空に飛翔させた。
仙人たちは罪を犯したとも
俗世に飽いてみずから志願したとも
ただの人間だったとも
人形をくくりつけただけとも
言われている。
罪を犯したとしたら
どんな罪だったのか。
俗世に飽きたとしたら
この世界の何が気に食わなかったか。
誰も知らない。
老人たちもじかに見たわけではない。
誰にでも教えるわけにいかない
秘密の伝承があるのかもしれない。

仙人たちはまだ死んではいないはず
と凧を揚げる男は言う。
霞を喰って生きているはずだと。
冗談ともまことともつかぬ口ぶり。
まだ凧はゆるゆると
上昇をつづけているとも言う。
かつかがれているのかもしれない。

いつの頃からか
天との間にピンと張った糸があった。
それだけが事実のすべて。
そこから作られた伝説の類ではないか。
凧のことでも言い出さねば
天と地を結ぶ糸の存在が
あまりに理不尽で
考え出すと夜もおちおち眠れない。
そこで凧という法螺話をひとつ持ち出す。
世界に安眠をもたらし
人類全体の大いなる安らぎとなる。
仙人の罪が捏造され
わが身の罪業を肩代わりして
天空へ飛ばされた。
そういうことかもしれない。

「おっとっとっと」
と凧を揚げる男が糸に引かれながら
つまずいて見せた。
「凧が堕ちるかと思った」
そうつぶやいたかどうか。
あいかわらず嘘とも本気とも
つかぬ表情で糸を引いている。




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