AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 六十六夜 第38夜 「一族」

六十六夜 第38夜 「一族」

written by overQ
September 6, 2004
継ぐもの
一族

父は二十歳になるまで
貨幣の存在を知らなかった。

金満家の家系だ。
半島の南を占める広大な地方都市。
その全体がいわば
わが一族の城下町だった。
屋敷は広く外に出る必要がない。
何でもそろっている。
手に入らない物はない。
親も子供を外に出したがらなかった。
子供も外への好奇心が無い。
本ばかり読む子供だった。
図書室は広大、蔵書は膨大
本の中に広がる世界は無限大であった。

また仮に外で物を買ったとしても
貨幣と交換する必要はない。
誰もがお屋敷の
お坊ちゃまだと知っている。
大学に進学した都で
万引きの疑いをかけられ
父が貨幣というものを知らないことが
はじめて判明したという。
伝説のような事実だ。



父の父つまり私の祖父は死ぬまで
母国の敗戦を信じなかった。
さらに祖父の父、曽祖父は
そもそも外国というものが
存在しないと考えていた。
黒煙を上げる蒸気船は
母国の分断を狙う辺境の氏族の仕業。
海の向こうに別な国があるなど
馬鹿げた噂をばら撒いて
国家転覆を狙う陰謀だ。

そんな愚かな妄想に取り付かれた曽祖父の
その父こそがわが一族の初代。
世界を統べるべく天より降臨した。
墓所に立つ銅像には立派な翼が生えている。
手を触れるものをすべて金に変えたという。
伝説しか残されていない。
妄想に満ちた一族の
創始者だけのことはある。
天動説を信じ
地球は平板だと主張して譲らなかった。
碑文には、「天よ
われを取り巻いて、まわれ」

さすがに五代目の私の代までいたると
妄想もずっと薄まり
財産も減って
地方都市全体が城下町というわけにはいかず
ちょっとした地方の
財産家ていどに成り下がった。
地球は丸く
海の向こうにはたくさんの国があり
おおぜいの人が住んでいることも知っているし
五十年前の戦争で母国が大敗し
七つの海を隔てた大国の属国になったのも
歴史の授業で学んだ。
貨幣の存在ももちろん知っている、ただ
その仕組みや力は謎に満ちて
理解の及ぶところではないが。

私は父が学んだのと同じ大学で
経済学を学んでいる。
父が学んでいたころ都だった町も
敗戦後の遷都で古都となった。
戦争前の古い文化が息づいている
…といわれているものの
住んでしまうと何もかもが日常
そんな風流を感じることもあまりないものだ。
子供のころ修学旅行で訪れた古都は
もっと不思議と
風情に満ちた場所だった気がする。
いま自分が住んでいる町は
子供のころ訪れたのとは
別な場所のように思えるほど。

逆にほかの国の
見知らぬ町を旅する途中で
思わぬ場所に古都の
風情を感じることもある。
写真が趣味なもので
そんな風にしてとり集めた写真を
ホームページに発表している。
思わぬ反響があり
世界の多くの人から
「私の見つけた古都」が送られてくる。
世界大に広がった架空の古都。
われわれはその住民だった。
今そうなったのではなく
前からそうであったのを
いま確認しているのだ。

少し血が騒ぐのを感じた。
曽祖父は正しかった。
海の向こうに外国などないのだ。
祖父は正しかった。
外国がないなら戦争もない。
戦争がないなら敗戦もない。
あらゆる場所は古い都なのである。
お金なんてなくても
欲しい物を手にすることができる。
欲しくもないのにかき集める必要はない。
欲しいときに得られるのだから
交換をする必要もない。
交換がないのだから
万能の交換を目指して貨幣を溜め込むのも無意味。
ありもしない未来の欲望に備えて
欲しくもないものを欲しい
欲しいとざわめく必要もない。
何ものでもない物を溜め込んで
その量を競い合い自慢したり
卑下したりする茶番も終わりにしよう。

私の一族は五代目にして衰亡したといわれる。
しかしそうではない。
われわれは世界大に広がった。
誰もしなかった仕方で世界を征服した。
それは世界に征服されることだ。
欲望のエントロピーは拡散し
希薄に世界とおなじ大きさで
満ち、その体液となって
流れる。
一族の夢想はここに現実のものとなった。
「天よ、われを取り巻いて、まわれ」




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コメント

これは、overQさんの本当のことですよね。
読ませてもらって、そういう気がしました!
ね、そうでしょ!ヽ(^。^)ノ

Posted by: Site icon ワルツ : September 7, 2004 12:07 AM

そうです、この世界は、もうだいぶ以前から、私の一族の支配する世界なのですw
ただ、支配されてる側に自覚がないため、逆・裸の王様現象が起きております。。

この作品、36夜の「王様」を裏返したような話になってます…と、さっき気づきました。
自覚がなくても、ひとつの主題が、心の中では持続してるんでしょうか。不思議。

Posted by: Site icon overQ : September 7, 2004 4:35 PM
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