AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 六十六夜 第41夜 「清算」

六十六夜 第41夜 「清算」

written by overQ
September 9, 2004

今日のBS映画劇場は、「エイリアン3」でした。
この作品、SF映画やエイリアンのファンにもあまり受けがよくなく、デビッド・フィンチャー(監督)のファンにももうひとつだと思われてるらしい。

でも、私は、エイリアン3が好き。
玉砕戦、というものが、とてもよく描けてる気がするから。
ここには、絶望しかない。

どのように行動しようが、希望も意味も価値も栄光もない状況。選択肢は、「悪い」と「より悪い」だけ。
悪いとより悪いの差は、ほんの少し長い時間でみれば、存在しないに等しい。だから、選択に意味はない。
自暴自棄になるのが、合理的な反応ですらある状態。

それは、しかし、自覚のあるなしがあるだけで、じつは誰もが置かれている状況なのかもしれない。

今宵の66は、「清算」。

時が来た
清算

悪魔との契約が満期を迎え
清算の日がやって来た。

「終りだ」
と悪魔が告げる。
「約束どおり、魂を
わたしてもらおう」

まず悪魔がくれた
美しい顔を取り外した。
はがすともとの顔があるはずなのに
使わなくなって久しいせいか
もう何も残ってはいない。
微笑を浮かべようとしても
悪魔がくれた美貌よりほか
何の表情もあらわれない。
無垢の表情を悪魔に譲渡するはずが
残念ながら何も残ってはいなかった。



次に悪魔がくれた名声を
すべて投げ捨てた。
肩書きを次々と引き剥がし
裸ひとつになると名前は
何の響き持たないノイズ。
ざわめきの中に消え入ってしまう。
何とかつかみ出して手渡したつもりだが
悪魔の手のひらには
ため息ひとつ握られていない。

そこで財産を調べてみた。
悪魔のくれた巨万の富を取り除き
自分の手でつかんだものだけを
手繰り寄せる。
交換の始まりまでたどり着けば
偶然にしろ
自分の手でつかんだ
ワラシベくらいはあるはず。
しかしそれも悪魔がフッと
一吹きすると風に舞って消えた。
そもそも誰のものでもなかったのだ。

人望はどうだ。
悪魔のくれた美貌や名声
富の力で築いた社交は
すべて破棄した。
友情や恋、家族からペットまで
仔細に検討したが
愛の名で呼ばれる無償の関係はなく
周りの人々はみな
契約で規定された事項を果たしていただけ。
いっそせいせいするほどの孤立。
最後の契約者として
悪魔が目前にたたずむのみ。

こうして順次清算を済ましてみると
悪魔に売り渡す魂など
初めからありはしなかったことに気づく。
美貌も富も名声も
あらゆる人々の絆も
欲しいものは何でもあつらえてくれた悪魔。
しかしお返しできるものが何ひとつない。
申し訳ないが私というものはすべて
悪魔さん、あなたが作ったもの。

「またか!」
悪魔は舌打ちする。
「結局、神の被造物なんて
ありはしないんだ」
すこし涙声になっている。
「何もかも悪魔であるこの俺様が作った。
神が七日かけて何も創らなかったから
俺が50億年かけて尻拭いをしている!」
悪魔の辞書に満足という言葉はなかった。
なぜなら悪魔は常に
神という全能よりひとつ
劣った存在であるがゆえに
上を見ればいつでもそいつがいる。
そして、神の辞書には
ただ、無、とだけ。



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コメント

overQさん、こんばんは。
私も、エイリアンシリーズは、3が一番好きです。
シリーズものの3は、大抵すきです。
監督さんの意志をいちばん濃く感じます。
ただ、エイリアン3は、絶望とは感じませんでした。
リプリーが、屋上にあがった時に、卵がすーはーと静かに息をしているシーン。
何度みても、鳥肌がたちます。
美しいなぁと感じます。
と書きつつも、3なのか?あやしくなってきました。

Posted by: pico : September 10, 2004 8:46 PM

エイリアンシリーズって、非常に癖のある監督が撮っていて、それぞれに面白みがありますよね。
リドリー「ブレードランナー」スコット
ジェームズ「ターミネーター」キャメロン
デビッド「セブン」フィンチャー
ジャン・ピエール「アメリ」ジュネ
しかし、第五作目は、vsプレデターらしいですが。なにゆえ。
監督はポール「バイオハザード」アンダーソン。

3は、今回見直してみて、あまりに希望のない脚本ぶりに、驚きました。
よくこんなストーリーで、大規模予算のハリウッド映画が取れたもんだと、妙に感心。

最初見たときは、これほどとは思ってなかったんですが、徹底的に希望をつぶしてありますw
いきなり、2で助けた少女は死んじゃってます。
ロケーションも、宇宙の場末。
先天的な犯罪者の収容所。設備も老朽化しており、収容所としてもあまり機能してなくて、ほかに行くところないから、そこにいるような人たち。
フィンチャー監督は廃墟とかさびてるパイプとか、役に立たないものが好きですが、それがキャラクター設定にも押し広げられてる。
守るべきものが何もない。存在しててもしなくても、大差ないと言わざるを得ない状況。
リプリー自身が、宇宙の孤児になってしまっていて、知ってる人もひとりもいない状態。
戦う理由はなくて、ただ、襲ってくるからやむを得ず抵抗する感じです。

最後は、picoさんのおっしゃるとおり、絶望とはちがう場所に出ます。
リプリーに残された唯一の「知り合い」は、エイリアンなんですね、結局。
エイリアンと戦ってるんじゃなく、敵は「会社」。エイリアンを生物兵器に転用しようとたくらんでる会社が、真の敵。
そして、戦う方法は、自分自身が存在しなかったことにすること。リプリーもエイリアンもいなかったことにする。
歴史や記憶から、自分自身の存在を消す、というヒーローは、エイリアン3のリプリーだけかもしれません。
しかし、エイリアンシリーズは、まだまだ続くのですがw

Posted by: Site icon overQ : September 11, 2004 2:40 PM

overQさん、ありがとうございます。
そういえば、そうでした。
すっかりわすれておりました。
エイリアンの監督さん、違うことを・・・ぼけぼけでした。恥ずかしい…
4は、ジュネなんですね。
実は、3でいたく満足した私。
みてないのです・・・おもしろかったでしょうか?

Posted by: pico : September 12, 2004 3:16 AM

ジュネの4も、あまり評判はよくないですが、ジュネがよく使う俳優さんたちが出てます。あと、ウィノナ・ライダーもw
めちゃめちゃ悪いってことはないんです。
ただ、ジュネはあんまり絶望的なラストは作らない監督なんで、そこがもひとつウケないところでしょうか。
あと、フィンチャーやジュネは、キャメロンやスコットに比べると、アクションシーンのスペクタル感でどうしても負けますw
それが、3と4の評判のよくない理由かもしれません。

エイリアンシリーズは、映画化されなかった脚本もいくつか存在するそうです。
ウィリアム・ギブソンの書いた脚本もあるとか。
ネット上で、探せば出てくると思います。
http://muse.doshisha.ac.jp/jugyo/03/manuals/script.html

脚本の著作権って、どうなってるんでしょうね。
アメリカの映画の脚本は、ネット上でふつうに出回ってますが。
ロードショー前の作品の脚本さえ見つかることがあるんです。

Posted by: Site icon overQ : September 12, 2004 1:22 PM
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