筒井康隆という作家。
多作な作家ですが、それ以上に多様な作家です。
個々の作品についてなら、ある程度、明確なイメージをもてるんですが、全体として筒井康隆とはどういう作家なのかといわれると、かなり困ってしまう。
実際、好きな作品もあれば、きらいな作品もあり、わからない作品もあり、気にかかり続ける作品もあり、あまり気をそそられない作品もあるw
簡単に書けそうな作品もあるし、どうやって書いたのかまったく謎な作品もある。
個人的には最近は筒井作品にご無沙汰なんです。
でも、アンソロジーを読んだりすると、筒井さんのが異様に突出してる印象を受けることがよくあります。
筒井康隆を紹介することの難しさ。
一つ一つの作品なら、それなりに面白く紹介できるんですが、全体像となると、なんとも言いようがない。
というわけで、今夜の六十六夜は、筒井さんへのオマージュ…のつもり。
でも、きっと、これのどこが筒井的かと思われる方もあるかと。読んだ作品のちがいによって、筒井さんのイメージはそうとうちがったものになるのです。
ドイツ人隣室にドイツ人が住んでいる。
目の細い中年太りの小男。
見かけることは多くはない。
会うと会釈くらいはかわす。
ドイツ人は笑いかけるふうでもないが
かといって外国人によくあるような
ふだんどおりの顔が怒ったような表情
というわけでもない。
目は細いせいか線で描いたよう。
顔の輪郭は四角く
実際そんなわけではないのだが
縦よりも横のほうが
はるかに長い長方形に見える。
電車の一車両のような
とでも形容すればよいか。アパートの壁は薄く
隣室の様子が聞き取れる。
前の住人はその立ち居振る舞いが
筒抜けだった。
しかし、目の細いドイツ人の場合
廊下から部屋の前まで来て
鍵を開けドアを閉めるところまでは
はっきりとわかるのだが
いったん部屋に入ってしまうと
もう何の物音もしない。
外から見ると
窓はいつも閉めたきり。
夜でも明かりがついていたためしがない。
カーテンも引かれておらず
人の住んでいる気配がない。
まるでドイツ人は
ドアを開け部屋に入った途端
どこか別な世界へ行ってしまうかのよう。
ドイツ人はおそらく
近くの貿易会社で働いている。
ビスマルク商会といい
商標は宰相ビスマルクの横顔。
同じドイツ人といっても
隣人とはまるで違う種類の顔だ。
いや隣人が本当にドイツ人なのかどうか。
ビスマルク商会に勤めているから
そう思っているだけのこと。
何の根拠もない思い込みかもしれない。
そもそもビスマルク商会は
日本の会社だし社長も日本人。
ドイツと貿易しているかどうかもさだかでない。
なぜビスマルクを
トレードマークにしているのかもわからない。
ビスマルク商会にあの男が
勤めているということ自体
何を根拠に思い込んだものか。もしドイツ人でないとしたら
あの男は何なのか。
すこし不安な気持ちになる。
まず、あのやたら横に長い顔。
印象を誇張したのではなく
実際に測ってみても
やっぱり横に長かったらどうだろう。
人間の顔かたちの枠を
超えてはいないだろうか。隣室だってどことつながっているものやら。
夜に明かりがついてないばかりか
昼間見てもサッシ窓は異様に真っ黒で
光を通さない闇が詰め込まれているみたいだ。
もちろん、こんなことはすべて
妄想のたぐいである。
今度廊下で見かけたら声をかけて
あれこれ世間話でもしてみようか。しかし翌朝
ゴミを出そうと廊下に出たとき
廊下の向こうに
彼の後ろ姿が見えて
たじろいだ。
横に長いなんてもんじゃない。
後ろ姿は完全なT字型。
今まで何を見ていたのだろう。
とんでもない形の頭だ。
ドイツ人でないのはもちろん
人間であるわけもない。
振り向かないでくれと
本能が祈っている。
振り向かれたらすべてがわかる。
世界が変わってしまう。
それでも振り向かれたら私はきっと
「ドイツから来られた方ですか」
などと間抜けな質問をして
日常性を維持しようとするだろう。
しかし彼の返す一言で
世界はその瞬間から
まったく別なものに変容する。廊下の向こうで今
旋回する航空母艦のように
男の頭部がゆっくりと振り向き始める。