夕方になると、近所の女の子がピアノの練習をします。
お稽古に行く前なのでしょうか。
まちがったり、つまったりしながら、あっちやこっちにぶつかりつつ、前にうしろに進んでいきます。
まちがったあとをフォローして「うふふん」という感じで弾きあそぶ時とか。
ミスタッチで全然ちがう音を出してみたら、これが意外といけた時とか。
別な曲に似てて、音を探し回る時とか。
でたらめにたたいてみたら、なんだか音楽だった時とか。
…こういう時、出す音が、美しいんです!
本人には自覚がないでしょうがw
何の気なしに出す音。
それはきっと本人も一瞬は聞いている。
そして、一瞬は自分でも、「これは!」と思ってる。
その証拠に、そのあと続く、ほんの数音、その強弱・ふるえ、あるいは静寂の間合いは、音楽している。
しかし、すぐ、元の「本道」に戻って、練習してしまう。
あの「瞬間の音」の美しさを意識し、追究するということはない…。
私だけが聴いて、感動している。
その瞬間は永遠に戻らない。
こういう
彼女は小学三年生くらいですが、もう少し大きくなって、自意識を持ち、練習らしく練習するようになったら、音楽俳句は消えてしまうのかもしれません。
うろおぼえで描く絵。ブログでときどき見ます。
いわば、「下手さ」を競い合うような感じですが、じつは意外と、線や構図が生きている。
たしかに完成度は低いけど、なにげに引かれた線と構図が、まちがいなく絵になってるものが見受けられます。
ご本人はたぶん、自覚がないのでしょうがw
ところで、ピカソという画家は、画家としての生涯、そういうものの美しさを追究したのではなかったでしょうか。
ピカソは子供の頃から、「大人の絵」しか描けない、「器用な子ども」でした。
自分が失った美しさがある。
画家となったピカソは、自覚的に、美術学校では教えないプリミティブアートや子どもの絵に、美しさの根拠を探究した。
ピカソの心友マチスは、二十歳をすぎてから画家をこころざしたような、「自分の手で美を発見した」男でした。
今宵の六十六夜。「魔曲」
魔曲失業中。
暇なので昼間から
街なかを散歩する。
近所を歩いては
体裁が悪いので
わざわざ電車で二駅ほど
向こうの町まで行って
ぶらぶらしている。二十年ほど前
はじめて就職したのは
この町の小さなデザイン事務所。
社員が全部で7人の
とても小さな会社。
いい先輩と同僚にめぐまれ
楽しい職場だった。
懐かしい。
渦に巻き込まれるような懐かしさ。しかし町は
すっかり様変わりした。
会社帰りに飲みに行った居酒屋もなく
前の妻とよくデートした喫茶店は
コンビニに変わっていた。
駅北の繁華街はさびれて
駅南の操車場だった場所に
大きなショッピングモールができている。
線路は高架になり
幹線道路も付け替えられて
かつての地形がわかりにくい。
会社の入っていた雑居ビルを見つけるのに
ずいぶん苦労した。
見つかったビルはすでに廃屋となっていた。立ち入り禁止。
平成12年取壊し予定。
そう看板には出ているが
どういうわけか建物は残っている。
閉ざされた入口ドアの
埃でかすんだガラス越し
中を覗き込む。
真っ暗で何も見えない。
と突然、何かが突進してきて
どすんとガラスに激突。
犬。
巨大な赤犬が吠え立てる。
牙をむき出し荒い息をつく。「…ですよ」
と不意に背後から声。
犬の出現で臆病になっていたので
びくりと肩を震わせてしまう。
振り向くと初老の男。
ああ。社長。
デザイン会社の社長だった男。
ほんの少し年上なだけなのに
ひどく人生の先を歩いているように
思えた人。
天才肌でわずかな物を所有し
そのひとつひとつが
生きていく上で無駄なく
確実なものだった。
気さくだが核心に謎があり
それは秘めているのではなく
話したくても表現の仕様がない
という風だった。
奥さんと子供と飼い犬を大切にした。
おいしいコーヒーの入れ方を彼から学んだ。
追い込まれると突然、実力を
発揮できなくなるときがあった。
そうやって会社は人手に渡ったと思う。「入ってみますか」
そう社長が言ったかどうか。
とにかく彼に導かれて
ビルに入った。
赤犬がまた突進してきたが
社長が犬の口にこぶしをゆるりとつっこむと
犬は何かを納得したように
大人しくなった。
暗く、ひんやり、かび臭い空気。左巻きの螺旋階段を上って
屋上に出た。
屋上といっても
たかだか4階建てのビル。
それでも町が広く見渡せた。
駅南には新しい大きな建物が立ち
おかげでこのあたりはすっかり寂びれ
血の通わない青白い場末と化している。特に見ていて楽しい風景でもない。
「ほうら」
隣ビルとの間にできた
閉ざされた路地のような空間がある。
社長はそこをのぞき込み
小さく呼びかけた。
見下ろすと
3メートル幅ほどの空間が
およそ20メートルばかり続いている。
端は両方とも閉ざされ
どこからも入れないし
どこからも出られない。何かが動いていた。
黒い塊。
かたまりというより
影のように実体の薄い何か。
ひょうたん型の胴体に
細長い手足が伸びていて
ちょうど地獄草子の
餓鬼たちのよう。
そんなものが五六匹
こちらを見上げている。
油気のないバサバサの髪。
頭蓋骨に薄い
膜のような皮膚が張り付いた顔。
落ち窪んだ眼だけに光がある。
内側から発する光ではない。
空の青を映す水たまりのような。あそこから見える空。
狭い空の青。
それがね、それだけがね
天国。社長だった男はいま
大きな翼のある白い天使になって
空に舞い上がった。
水に降る雪のように
その姿は空の青に溶けていく。
20年前の思い出が駆けめぐる。あの頃、自分はしあわせだった。
何も持たず、何も知らず
右も左も上も下もわからぬまま
やみくもにのたうつような日々。
おなかがすいたり
ひとりぼっちになったり
怒ったり怒らせたりすることまで
しあわせの一部のようだった。
ぽっかりと空に浮かんだ
青い希望を信じていた。
それはいま眺めているこの空と
同じ青のはずなのに。飛び降りる。
眼を閉じた。
落下の感覚はない。
上昇していた。
遠くで犬の鳴き声がしたが
どんどん小さくなっていった。
世界は反転し
空に向けて落下していた。
世界の中心、青の核心に向けて。
いつまでも、いつまでも。
男の人が飛んだ先には何があったのでしょう・・・
いつかは、どこかにたどり着く事はできるのでしょうか。
先に書かれてた、「プリミティブ」と言う言葉がこの物語にとっても象徴的に思えました。
気象学でもプリミティブ方程式というのがあって、3次元空間上での大気の時間変化を水平方向に解析したものです。
男の人が、空に向かって落下していく様は、まさに時間と空間を超越してる感じでした。
魔曲・・・
「水に降る雪」私も調べてみたら閑吟集の中の歌でした。
水に降る雪 白ふは言はじ 消え消ゆるとも
『閑吟集』248番
全て運命なのだと受け入れる事なのだそうです。無常観漂ってます。「魔曲」も・・・。
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プリミティブ方程式。
調べてみましたが、難しすぎてわかりませんでした。
∂u/∂t=−(u∂u/∂x+v∂u/∂y+w∂u/∂z)
顔文字に見えてしまいましたv(∂u∂)/
水に降る雪。わざわざ調べていただいてありがとうございます!
閑吟集にあるんですね。
「しろふはいわじ」ってところが、わかりそうでわからない、歌謡ならではの表現ですねw
検索してたら、英訳も出てきました。
My love is like snow falling on water, no one knows when it fades away.
my loveと、解釈をはっきり明示して、とてもわかりやすく、また悲しい訳になってます。