やってまいりました、たら5。
今回は、darjeeling and book のかっこーさん主催。お題は、
「あなたが感銘を受けた本は?」
感銘…感動よりも、もっと穏やかだけど、深いところに訴えて、長く続くような。
人生の伴走者となって、いろんな曲がり角で、ふとした道しるべになってくれるような。
さすがにあまりにつらいとき、ちょっともたれかかって、休ませてくれるような。
ほかの方のエントリーを見てると、小説以外の作品がわりあい多いですが、私も今回は小説じゃないものを。
「ユング自伝」
フロイトと並ぶ心理学の巨人カール・ユングの自伝。ユングはこの著作の当時、83歳でした。
ユングという人は、「心理学と錬金術」「アイオーン」「神秘的結合(ミステリウム・コンユンクシオニス)」
といった主著を、七十歳を超えてから書いた、不思議な老人力の人なのです。
この本、ひょっとすると奇書の部類に入るかもしれません。摩訶不思議で、異様とさえいえる書物。
自伝といいながら、人生で起きた外面的な事件はわずかにつづられるのみ。
むしろ、夢や神秘体験、内面的、あるいは霊的に意味がある(!)出来事ばかりが語られていきます。
英語版の題名は、Memories, Dreams, Reflections。日本語版も、「思い出・夢・思想」という副題がついています。
内面的な見地からすると我々はいったい何であり、人はその本質的な性質において何のように思われるかを我々は神話を通してのみ語ることができる。神話はより個人的なものであり、科学よりももっと的確に一生を物語る。結局、私の一生の中で話す値打ちのある出来事は、不滅の世界がこのつかの間に世界へ侵入したことである。そしてそれが、私が夢やヴィジョンを含んだ内的体験を主にお話しする理由である。
内的な体験はまた、私をめぐって起こり、若い時、あるいはそれ以後私に対して重要なもののように見えた外界の出来事を覆い隠した。私は早くから、一生の問題や複雑さに対して内部から何の答えも来ない時には、結局それはほとんど意味を持たないのだという洞察に達していた。外界の出来事は、内的な体験の代わりにはならない。
いちばん最初の記憶と、いちばん最初に見た夢から、老心理学者は語り始めます。
この「記憶している最初の夢」が、じつにとんでもない代物。
三、四歳のころ見た夢だといいます。
大きな牧場で遊んでいると、穴を発見。あとになってわかったのは、玉座の上にいた怪物が、巨大な男根であったということ。
穴は階段につづいており、降りていくと、豪華な部屋がひらける。
黄金の玉座があり、その上に五メートルくらいの巨大な何ものかがつっ立っている。
肉色で、毛はなく、てっぺんは頭のような形をしていて、一つ目で、まっすぐ上を見つめている。
突然、外から母の声がして、「そう、よく見てごらん、あれが人食いですよ」と告げる…。
ユングは医者でしたが、医者というより病人により近いと、ちょっと悪口を言ってみることさえできそうです。
しかし、心の病は、怪我や傷のようなものとはちがう。原因を探り、それを取り除き、完治する、というようなものではない。
病いはずっとそこにあり続けるので、病人はそれといっしょに生きていく方法を見つけなければならない。それは、安定した状態ではなく、永続し、揺れ動く対話…。
ユングの魅力は、まずその文章にあります。
かなりとんでもないことばかり書いてあるんですが、無意識に訴えてくるものがあり、魂に響きます。キケンな魅力です。
知恵と妄想、洞察と迷信が渾然一体となっております。
しかし、人生で大きい問題に直面している人には、ユングの言葉は決定的な救いとして響くことが多くあるといわれています。
まさに、痛みを鎮めるアヘンのような、薬でもあり毒でもある、魅惑の存在。
ユングについては、あれこれ語るより、この文章の曲折を味わうことが、理解にせよ批判にせよ、まず歩むべき本道のように思えます。
われわれの生まれてきた世界は、無慈悲で残酷である。そして同時に、神聖な美しさをもっている。どちらの要素が他よりもまさるのか、価値か無価値か、は気質の問題である。もし、無意味が絶対に優勢になると、生きることの意味はわれわれの発達の各段階と共に、急激に消え去ってしまうだろう。しかし、このようなことはありえない――と、私には思える――。多分、すべての形而上学の問題のように、両方とも正しいのであろう。生きることは意味があり、そして意味がない。私は、意味が優勢となり戦いに勝つことを切望している。
老子が、「俗人昭々。我独り昏のごとし」というとき、それは私が今、年老いて感ずるところを表している。老子は高い洞察を得た人の典型であり、価値と無価値を見、経験した人である。そして、生涯の終わりにおいて、彼自身の存在、知ることのできない永遠の意味へもどろうとした人である。すべてを知った老人の元型は、永遠に真実である。このような型は、どのような知能程度においても現われ、それが年老いた百姓であろうと、老子のような偉大な哲学者であろうと、特徴は常に同じである。しかし、そこには私を満たすあまりにも多くのものがある。すなわち、植物、動物、雲、昼と夜、そして、人間の永遠性。自分自身に対して不確かさを感じれば感じるほど、これらすべてのものに対する親密感が私の中に育ってきた。実際、私を外界から離別した疎外性が、私の内界へと転移され、私自身に対する思いがけない無知を、明らかにされたように思えるのである。
ユング自伝、惹かれました。
私も急に夢というものに興味を持ち出して夢日記なぞつけてるもので…。夢に興味持ち出したのは、もう「どん詰まり」な感じだったからだと思います。現実的=目に見えるものだけが正しい…みたいな型に無理矢理自分をはめ込もうとしてたんですが、そうすればするほど生きる気力が失われていくような気がして…。そんなとき、自分の考えでコントロール不可な不思議なものとして「夢」が気になってきたんです。そこに何か希望や突破口がありそうな気がして。
不思議なものとしての世界を発見して、現実という名の人間社会に出会い、また不思議なものとしての世界を再発見する…そんなものなのかな〜などと丁度一人で考えてたところだったので…。
トラックバックありがとうございます。
みなさん、参加して下さるのでとってもうれいしいです。
そしてどの方も上げている本がおもしろそう、というか興味深い。
この「ユング自伝」も。
どうしてもユングという人だと神秘体験などが
頭に浮かんでしまうのですが、自伝もそんな感じなのですねー。どちらかというとフロイトがすっぱり言い切る感じでユングはともに悩むようなイメージ。
あってるかどうか、読んでみたいです。
ユング!ですか!すごい!でた〜〜!!・・・
フロイト共に、学校で勉強しました。
でも、難しかったです。(夢分析とかは面白かったけど)
overQさんは、ユングの心理学理論じゃなくて、「自伝」をあげてらっしゃる。
それはやはり彼自身がすごいカリスマ的魅力に満ちてるんでしょうね。
今回の感銘を受けた本では、皆さんのエントリーが面白いです。
overQさんは、カフカの、何かお宝本なのかな・・と思っておりました。
ユングとは、全くびっくり、青天の霹靂(!?)ですね〜(^.^)/~~~
◆rutgerさん。
ユングの夢の分析の仕方は、分析というよりも、「似てるもの」「連想するもの」をだらだら並べていくようなやり方。
論理的なつながりが必ずしも明瞭ではなく、飛躍したり、ちがうものに変わっていったりもします(笑)
ユングの文章自体もそんな感じで、断言よりも脱線が多いです。
「結論」がないことも多くて、遠回りしていくうちに、どこに向かってたのか忘れて、遠回り自体が目的になっちゃったみたいな文章ですw
でも、全体としては伝えようとするものが感じ取れます。
たぶん、ユングにとっては、世界そのものも、そういうあり方をしてたのかもしれません。
>不思議なものとしての世界を発見して、現実という名の人間社会に出会い、また不思議なものとしての世界を再発見する…
これは、すごく深い洞察だなあと思いました。
病気になって回復する、というのが、健康ということであって、ずっと健康なままなのは病気なのだと、大江健三郎さんが言ってましたが、それをふと思い出しました。
◆かっこーさん。
ユング自伝、文章が面白くて、神秘主義的なものに興味があるかどうかに関係なく、本を読むのが好きな方は、かなり楽しめるのでは、と思います。
老人が書いた文章だ、というのが、大きい特徴なのかもしれません。性急さが全然ないです。というか、結論が…ないw
洞察は深いのだけれど、「ユングはこれを言いたいのだ」というのが、理論のような形では示されません。いちおう、心理学も科学のはずなんですがw
小林秀雄は最晩年、ユング自伝をよく読んでいたそうです。
◆ワルツさん。
ユングって、アメリカのヒッピーの人たちの間でブームになって、よく読まれるようになったらしいです。かなり性急で、狂信的な読まれ方をしてたみたいw
一方で、あまりにも「非科学的」なんで(笑)、批判も多いのです。フロイトとは、決定的に対立してるし。
でも、ユングの主要な著作は、70歳以降に書かれてて、老人の語り口だけに、「結論」がないw
目的地に向けて出発したものの、途中でどこに向かってるのか忘れて、徘徊してるような文章。
ところが、全体としては、何となく、伝えようとすることがじんわり響いてくる。
だから、ていねいに読むと、狂信とか批判の対象になるタイプではないのではないか、と思います。
何に向かって、狂信したり批判したらいいのかわからないのでw
自伝は読んだことないです。
非常に興味深い。。。
それにしても、なんで、一番最初に見た夢を憶えているのだろうか?
自分の記憶がすりかわったと疑わないのだろうか?
老人力とは、まことにうさんくさくて愛しいなぁと思いました。
でも、やっぱ、ちゃんと憶えてたのかしら?
すごいですよね。
憶えているのが普通なのでしょうか?
ユング自伝、読み物として、ほんとに面白いです。
唯心論の極致というか、ほとんど外界の存在を認めてない感じです(笑)
フロイトは、「心」を科学するために、性というバックドアを見つけました。
幼児期の体験や家族関係などの、外界の出来事が内面化されて、「心」が形作られる、と。
ところが、ユングは、これを台無しにしてしまいますw
ユングにとっては、外界は、「心」の内容が投影され、転移されたものに過ぎない。
つまり、人間はいつも夢見てるようなもので、心の中から一歩も出られない。
これは、19世紀末から20世紀ににかけて展開する学説じゃないですね(笑)
実際、70年代にアメリカのヒッピーが取り上げるまで、ユングの著作は、ほとんど読まれてなかったようです。
「心」が正しいと感じたことは、物理的に間違ってても、正しい…というような結論を、ヒッピーたちは導き出してしまったかもしれません。
ユングは、自分はそんなことは言ってないというでしょうが。しかし、そう読めてしまうような、あやしさもあるのが、ユングという現象なのです。
むかし、「空飛ぶ円盤」という本を読んだ憶えがありますが、よく分かりませんでした(笑)。
ただ、UFOは存在するしないではなくて、見たか見ないかが重要だということだったと記憶してます。
物理学が一時期陥った(?)不確定性原理に通じるのかも、などと感じました。当てずっぽうですけど(苦笑)。
ということで、毎度の出遅れTBさせていただきました。
yamatatzさん、こんにちは。
ユングにとっては、外界の存在はどうでもいいことなので(笑)、yamatatzさんの記憶されてる通り、UFOも存在するかどうかではなく、心の中で意味があるかどうかだけが問題だったようです。
「偶然の一致」を意味する、シンクロニシティという概念。
ユングが言い出したものなんですが、パウリという物理学者(ノーベル賞受賞者)との共著で、この概念を提出しました。
パウリは、不確定性の専門家なんです。量子の存在が一ヶ所に確定されず、同時に各所に確率的に存在するという考えを、シンクロニシティと結び付けようと企みました。
かなり、そうとうに、無謀です(笑)
こんな本を書いたあとに、UFOについて書くものですから、物理学者はあまりまじめに読んでくれませんが、まあ、当然でしょう。
パウリさんは、ぜったい、この共著のせいで、学会での評判を落としたにちがいないです(涙
ユング老人、恐るべし…。
松岡正剛氏の解説。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0805.html
ユングですかー。
以前、フロイトを読んだ時に興味を持って
手を伸ばしたことはありますが
自伝までは全然考えもしませんでした。
でもなかなか興味深そうな本ですね。気になります。
魂に響く、キケンな魅力を感じてみたいな…
ちょろいもさんに教えて頂いて、ボタンなどDLさせて頂きました!
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたしますね♪
四季さん、こんばんは。
ユングは、この「自伝」が意外といちばん読みやすいかもしれません。
それ以外の本は、当然ながら心理学の専門書であるか、入門風に書かれた物でもかなり理論的なんで、読むのがなかなかたいへん。
「自伝」は、自伝らしい自伝じゃないものの、心霊現象の話や、人生一般の話題が多くて、興味深く読めます。
ボタンなど、DLありがとうございます!
新しく参加された方には、まず、これをご紹介しておかねばならなかったのに、すっかり忘れておりました(笑)
遅ればせながら、「たらいまわし」バナーでございます。
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