AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 六十六夜 第52夜 「郷愁」

六十六夜 第52夜 「郷愁」

written by overQ
September 30, 2004

カフカの最初の長編小説「アメリカ」。
「審判」「城」の後に出版されたんで、当時はカフカ最後の長編だと思われてたとか。
カフカはアメリカに行ったことはなく、持っていたニューヨークの絵葉書から、噂と空想をたよりに書いたようです。
最近の研究では、題名は「アメリカ」ではなく、カフカが本来想定してたはずの「失踪者」とすべきだということで、新しい翻訳も、その題名になっています。
まるでカフカにとっては、アメリカというのは、失踪者が集まって作った国みたいです。
カー様、そんなアメリカに行きたかったのか。。

今宵の六十六夜は、「郷愁」。


郷愁

母国を離れてすでに
半世紀がすぎた。
その間、母国は何度も
政変を繰り返した。
彼というスパイを五十年前
当時の仮想敵国であったこの国に
送り込んだ政権もとうに滅び去った。
現政権は彼の存在を
認識してもいないだろう。
しかし引きだしの奥にしまい込まれた
古い真空管の送信機でなお
彼は「敵国」の情報を送りつづけていた。
誰にも受信されないその暗号電波は
虚空に消えつづけた。

彼は60年代から
世を忍ぶ仮の姿として
新聞販売所をなりわいとしていた。
経営はつねに思わしくなかった。
しょっちゅう引っ越すからだ。




しょっちゅう引っ越すからだ。
はじめは母国からの指令に基づき
住所を変えていた。
やがて公安の目を逃れるため
移動せざるを得ない日々が続き
そのうち転居が習慣化してしまった。
新聞販売所は地域の契約客を
どれだけ確保するかで商売が決まる。
引越しばっかりやっていては当然
ろくに契約なんて取れはしない。
はじめのうちこそ母国からの送金で
何とか生活できたものの
やがてそれも途絶え
とうとう切羽詰る。
妻が朝昼晩かけもつ
パートタイムの仕事がたよりの日々。
逃げ回るような生活のストレスからか
ひとり息子は
「話す」ということができなくなり
たまにどうしても喋る必要のあるときは
息を吸い込みながら裏返しの声で
ガフガフガフと
しゃっくりのような音で話すのであった。

そんな息子もいつか大きくなり
都会で独立したきりもうめったに
家に戻ることもなくなっている。
唐突にきた母国からの
最後の送金はそれなりにまとまった額で
彼は妻にも内緒でそれを株式や
先物取引などに投資した。
おりしもバブルの最盛期で彼は大儲けし
そしてバブル崩壊と共に大損して
尾羽を打ち枯らした。
この件がもとで
長年連れ添った妻とも離婚
今は天涯孤独の亡命者となった。
いや漂泊の民といったほうがよかろう。
忠誠を誓った母国はとうになく
糸の切れた凧のごとき元スパイとして
ニセのID以外は自分自身をもたぬまま
何者とも知れず生きていた。
家族は彼を置いて行方も知れず
友もなく、仕事も休業同然
未来や希望など微塵も垣間見れず
テレビの前で呆然と
見知らぬものに変貌してしまった世間を眺め
孤独な老後を送っていた。

世界の片隅でわけのわからぬことを
ぶつぶつ呟くものに成り果てた彼に
ある日、天命が下る。
彼は自分がマケドニアの
アレキサンダー大王の
生まれ変わりであったことに
はたと思い当たる。
大遠征を再開するのだ!
祖国の領土を拡大せねばならない。
世界をわが手に収めるまでは!
こうして彼の世界を股にかけた大冒険が始まる。
1999年七の月、68歳の夏のことである。

驚くべきことに世界中に彼のように
母国との連絡を絶った元スパイたちがいて
独自のネットワークを形成していた。
母国が政変を繰り返したことが原因であろうが
それにしてもこのネットワークはそれ自体が
すでにひとつの国家であった。
薔薇十字のような秘密結社。
失踪者の作った地下の帝国。
彼らは世界中に分散する形で
領土をその行為のつど発生させた。
独自の国民と独自の産業は
21世紀のテクノロジーで確実に結ばれつつあった。
知らぬ間に大王の国は準備されていたのである。
彼は迎えられ
こうして帝国は再生する。
ネットワークを利用して彼は
光の速さで世界を遠征した。
彼が雄叫べば百万の軍勢が
千万マイルの地を越えてたちどころに駆けつけ
敵は彼の軍と戦うよりも剣を下ろし
その配下に加わることを望んだ。
新聞販売所の男はそうして結び目を解き終え
世界征服の野望を成し遂げて
テレビの前で微笑みながら息を引き取った。
何ヶ月も経ってから遺体は発見されたが
テレビはついたままだったという。



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コメント

ひさびさのカー様ネタですね(^^)
昨日、近所の書店(中規模)に行ったらカー様関連の本がずらっと並んでいて
ちょっと嬉しかったです。
最近、池内さんの著書もよく平積みになっているのを見かけますが、
今年はカフカ生誕○○年とかそういう年なのでしょうか?

ところで「郷愁」、せつなくて、それでいてちょっとユーモラスで
楽しく読ませていただきました。
少しずつ、第一夜から読みたいと思っています。

Posted by: Site icon LIN : October 1, 2004 4:24 PM

LINさん、こんばんは。

池内紀さん、東大教授を定年退職してから、ものすごい勢いで、翻訳やエッセイ、本の編集をやってておられます。
池内紀は五人くらいいるのではと思えるほどの、怒涛の出版です。すさまじい老人力です(´ー`)v

カフカについて書かれた本は、
「カフカのかなたへ」
「小さなカフカ」
「カフカの書き方」
「となりのカフカ」
「カフカを読む」
「カフカの生涯」

書きすぎでしょう(笑)
オススメは、「カフカのかなたへ」講談社学術文庫。
「意味を読み解く」という従来のカフカ論とはちがう、画期的なもの。
カフカを「わかる」のではなく、謎のまま愉しむという読書法が、自然と身につきますw


六十六夜、お読みいただき、たいへんアリガト!(´▽`)ございます。
自己満足でやり始めたものなんで、お時間をさいてお読みいただくのは、ほんと心苦しいです(汗
フラッシュで作ったやつも、ひとつだけあるんですよ。フラッシュなら、読みやすいかなと思って。
しかし、作るのはあまりにも面倒なので、一回きりとなっております(涙
http://www.overcube.com/blog/archives/000125.php

Posted by: Site icon overQ : October 1, 2004 8:52 PM
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