今回は、『どこまで行ったらお茶の時間』の七生子さんからのお題で、
「今現在のあなたの棺桶本を教えてください。」
これが、なかなか難しいです。
まず、燃えやすい本であることが必要です(獏
火葬場では、肉体は燃え尽きても、本は中まで焼けないことが多いです。
父の葬儀のとき、辞書を燃やしたんですが、ちょっと燃え残っちゃいましたw
父はさぞやあの世で、「肝心なところがないやないか」とぼやいてると思います。
燃え残った分、私のときに焼いて持って行きますので、辛抱強く待っててください(長生きする予定の孝行息子より)。
さて、父じゃないけど、私もほんとは辞書が持って行きたい。大漢和。全十五巻。
…絶対ムリ。遺族は断固拒否。火葬場でも拒絶の憂き目に合うこと必至。
燃えやすい素材の大漢和はないものか。。
で、やむをえず、もっと薄いやつで探すとなると、…「陶淵明全集」全二巻・岩波文庫。
繰り返し読むほど、味わいが深くなる、不思議な詩文の数々。
栖栖失群鳥栖々 たり 群れを失いし鳥
日暮敞独飛 日暮れて なお独り飛ぶ
徘徊無定止 徘徊して 泊まりも定まりなく
夜夜声転悲 夜々 声はうたた悲し
陶淵明(356-427)。120篇あまりの詩が伝わっています。田園詩人、隠逸詩人などと呼ばれることも。杜甫も李白も、魯迅でさえ大リスペクト。
表現ははてしなくなにげなく、天衣無縫。
神仙を歌っても、天空を歩いてる感じはなくて、どこまでも人のカタチがあります。
貧乏や不遇を歌っているのに、悲惨や哀れがどこかで立ち消え、ゆるやかな光が芯のところに残ってくる。
自己を憐れんだつもりが、なぜか鋭い社会風刺となり、しかもそれを許すような境地まで達する。。
ありふれたフレーズなのに、この人の詩の中だと、他の字句では置き換えられない説得力があります。
かと思えば、思いっきりトリッキーな表現で煙に巻くこともできる。。
結廬在人境
而無車馬喧
問君何能爾
心遠地自偏人里に小屋を作って住んでいる。
それでも往来のうるさい音はしない。
なぜそんなことができるか。
心がこの地を遠く離れているので、自然と世界もひなびてくるから。
本当に、読めば読むほど、不思議な味わいに包まれます。
苦いはずの人生が、噛んでいくうち、甘くなる。
酒能払百慮
菊解制頽齢
如何蓬廬士
空視時運傾
塵爵恥虚樽
寒華徒自栄酒は憂いを取り除き、菊は老いさらばえるのを防ぐとか。
あばら家の主人よ、どうした。
時が流れ命が傾くのを、黙って見ている手はないだろう。
ほこりのつもった盃を、空っぽの樽が恥じている。
秋の寒さの中で菊だけが、いたずらに咲き誇っている。
■松岡正剛の千夜千冊『陶淵明全集』陶淵明…この解説は、「千夜」の中でもとくに好きです。正剛さんが入院されたとき、これを読んでしんみりしてました。すぐ退院されたんで、損した気持ちよかったです。
こんばんは。
陶淵明、漢文の問題集(受験生時代)以外で読んだのははじめてですが、かっこいいですね〜。
というか、棺桶本に陶淵明をあげちゃうoverQさんがかっこいい(うっとり)
か、漢詩ですか…
overQさんの頭の中は一体どうなっているんでしょう。
きっとわたしの脳が連結したシナプスの50万倍くらいの
シナプスが結ばれているに違いありません(断言)。
気軽に「読んでみたいです♪」とすら言えません(泣)。
あと、火葬で上手に本を燃やす方法ですが、
棺桶に入れる時にあらかじめ灯油づけにしておく、
というのはどうでしょうね?
あ、ダメですか? 却下?
棺桶から灯油の香りがぷーんと…
お葬式のお焼香の香りじゃ消せませんかね?
あ、そういう問題じゃないですか…しくしく。
TB企画ですが、
>燃え残った分、私のときに焼いて持って行きますので、辛抱強く待っててください(長生きする予定の孝行息子より)。
に感動してしまいました。
素敵なコメントに、じーんときてます。
overQさん、やさしい!
陶淵明の詩はこれまた素晴らしいです。
天国では、陶淵明さんとも出会って下さいね。
七生子です、こんにちは。
そう、燃えやすいものしか入れさせてもらえないんですよね>棺。
なのに、お父さまの葬儀の時に辞書を入れられたなんて。
少しぐらい不便でも、じっと我慢してくださってると思います。
ま、私は親不孝な娘でしたけど(汗)。
そして棺桶本として挙げられた陶淵明。
私も漢文の授業で習って以来、ご無沙汰してます。
何かの時にふと、漢詩が出てくるなんて素敵ですね(*^^*)。
漢文・漢詩は好きだったけど、成績が気持ちについて行ってくれなかったです。ぐすん。
>長生きする予定の孝行息子より
(゜∇゜ ;)エッ!?
む、息子?
overQさんって女性じゃなかったんですか!
げっ!
で、他の誰も反応してないって事は、みなさんはわかってたんですね_| ̄|○
ちょっと、今日は一日、立ち直れそうにないです。
。。。。(( T_T)トボトボ
>Mlle.Cさん。
陶淵明って、漢文の中でも、読みやすいものらしいです。七割くらいの漢字が、今でも同じ意味で使われてて、わかりやすいです。
1500年も前の作品なのに、不思議です。
当時の漢詩はすごく技巧的だったらしいんですが、陶淵明だけが流行に背を向けて、ひたすら平易な文章を書いてたそうです。
おかげで、後の時代の人からは読みやすく、いろんな階級・民族の人に読まれ、今日まで伝わってきたようです。
>ちょろいもさん。
今回は漢詩にしてみました(笑)
学校で勉強させられてたときは、難しげでしたが、大人になって、試験も何にもない状態でのんびり読むと、なかなかおつです。
漢文もいろいろあるようで、陶淵明はいちばん読みやすい一人らしいです。
訳文と行ったり来たりして、ちょっとめんどくさいけど、すぐわかるようになりました。
岩波文庫はレイアウトがよくて、わりと読みやすいです。
陶淵明は「桃花源記」という、桃源郷にさまよいこむ話が有名で面白いです。桃源郷ものの原点です。
>ワルツさん。
火葬のときって、本などは端っこのほうに置くんで、燃え残っちゃうみたいです。
胸の上とかに置けば、たぶん真ん中なんで、燃えつくすと思うんです。
でも、本とか物とかは、合成樹脂だったりするんで、溶けると、今度はお骨を取るときに邪魔になるらしい。
股間とかに置くという裏技もありえますが、そういう変な場所に置くと、それはそれで顰蹙を買うかも。。w
>七生子さん。
今回は漢文を取り上げて見ましたヽ(´ー`)ノ
学校で習ってたときとちがい、大人になって自分で読むと、なかなか楽しいです。
わからんところはわからないままにしておいても、怒られないし、試験もありません(笑)
論語なんかは、教科書にも載ってますが、漢文としては
ものすごく難しいものらしいです。
ほとんどどの字句も、諸説紛々のようです。
高校生くらいでは、わからなくて当たり前ですね。
陶淵明は、かなりわかりやすいほうみたい。使われてる漢字も、今と同じ意味のものが多いです。
謳われてる内容も、切実なことが多いのに、不思議とほのぼのしてて、1500年前の人とは思えないです。
>LINさん。
すみません、男です(核爆
私もいろんなブログで、性別や年齢、未婚既婚、子供はいるのかしら、について、思いあぐねてます。
まだ、不明のところも多いです。
自分で思ってたのとちがってると、なんかこれまで書いたコメントなどで、すごく勘違いしたことを書いてたんじゃないかと、あせったりしますよね。
たぶん、LINさん以外にも女性と思われてる方いるんだろうなぁ。。このまま、ネカマとして、生きていこうかしら。
Posted by:>overQ&LINさん
うう…すいません…
平静を装ってコメントしましたが、私もoverQさん女性だと思ってました……シクシク
思ったのですが、「である」調の文章だと男性、「です・ます」だと女性と思われることが多いんじゃないかなーと。
というのも私がよく男と間違われるからですが。
はっはっは
こんばんは。
漢詩、ですが。高校の授業以来ですね〜。
こういうときに漢詩が出てくるoverQがスゴイです。
授業だと成績を気にして楽しめないですが、ちょっと離れるとまた別の楽しみ方ができそうですね。
はっ!
わ、私もoverQさんは女性だと思っていました!
わーびっくりです!!
わたしもてっきり、女性だと思っていました。
途中でえ?、むすこ?とそこでぎっくりすると
同じ反応の方がいて、ちょっと安心(笑)。
で、漢詩ですか、すごいなぁ。
勉強してる時は気がついていなかったけど、
最近漢字の奥深さは少しずつ、感じてきております。
いやー、それにしてもびっくりしました。
overQさん、こんばんは。
overQさんの漢詩もおもしろいけれど、
皆さんのコメントもおもしろいですね。
漢詩、どうしたら読めるのでしょうか・・・
う〜む。
頭が悪くてどうにも・・・学生の時以来です。
でも、李白をなんとか読みたいと思っている今日この頃なのです。
何か私でもわかるようなお奨め本などありましたら、
是非、お教え願いたいです。
こちらの、「陶淵明全集」。
私でも読めるかしら・・・ふむ。興味深いです。
なんだか微妙に反響をよんでるoverQです(笑)
自分では全然まったく性別とか気にせず書いてるんです。。
でも、たしかに、読むときって、性別や年齢をいろいろ想定しながら読みますよね。
書く側と読む側のギャップは、たぶんこんなふうにできてくるんでしょうか。
あと、女性と思ってる方もいれば、男性と思ってる方もいらっしゃるのが、面白いですね。
男性と思うか女性と思うかで、テキストそのものは同じでも、ちがうように読まれてしまうのかも、と思うと不思議。
なお、男性読者の方で、女性と思っておられる方もいるのだろうか。ふっふっふ。
Posted by:>picoさん。
漢文は、私も学校では読みにくかったですが、大人読みすると、意外と読めます。
陶淵明も、李白も、わりと読みやすいです。
最初は、漢文と訳文を行ったり来たり。そのうち、だんだん読めてきます。ひとつひとつの漢字の意味をいろいろ考えるようになってくると、詩の味わいがにじんできます。
岩波文庫は、このジャンル、かなり充実してます。
「唐詩選」は昔から読まれてきた、名詩のアンソロジー。
でも、百人一首みたいに、けっこういい加減なところもあります(笑)
「中国名詩選」は現代の視点で選んだもの。
詩では、「陶淵明全集」「李白詩選」「杜甫詩選」がおすすめ。どれも、じつは、大して分量はないんですw
古典では、「論語」「老子」は、むずかしいけど、やっぱり面白い。一字一字の意味を、漢字のおおもとに立ち返って、読む感じです。
中国の文章は、世の中を統治するための文と、世の中から逃れるための文、ふたつの系統があるようです。
後者のほうが、読むのは面白いですw
「荘子」「聊斎志異」は、時代は大きくへだたりますが、幻想的な文学の、傑作中の傑作。現実を超えていきます。
overQ さん、こんにちは!
なんと陶淵明とは… 素晴らしい。
私、中国物好きが嵩じて、中国の詩も読んでみたかったんです。
でもどこから手をつけたらいいのかもさっぱりな状態で…
陶淵明は読みやすいのですね。
この詩集もですが、「桃花源記」もぜひ読んでみたいです!!
李白も読んでみたいなあ…
私の頭でも、大丈夫かなあ…(爆)
四季さん、こんばんは。
陶淵明は、おすすめ。漢文になれてない方も、アプローチしやすいもののひとつだと思います。
漢文を読むときは、どうしても本文と訳文を行ったり来たりしないとだめなんで、本のレイアウトも重要。
立ち読みしてみて、読みやすいくらいのやつがいいのでは、とおもいます。
漢文だけを見て、意味がわかるようになってくると、漢字の連続で意味を発生させるのが面白くなってきます。すると、詩がいかによくできてるかが見えてきます。
桃花源記は、このジャンルの原点のひとつ。
なにげにそっけなく書かれてるんですが、読み返すたび、深みが増す感じがしまてます。
陶淵明の愛読書は、山海経で、山海経を主題にした詩もあります。
彼の所有してた山海経は、絵や図がふんだんに入っていたらしいです。
今、伝わっている山海経の絵は、もっとずっと後の時代に描かれたもの。だから、陶淵明の見た絵がどんなだったかはわからないのだそうです。
どんな絵だったんだろう。いつもとても好奇心をそそられます。
overQさん、こんにちは!
今頃なんですが、陶淵明をようやく読みました!
ていうか、読むのにすごく時間がかかっちゃいましたが、
ようやく1冊読み終えましたー!
いやー、まだまだ1回読んだだけなので、漢文とか訳を行ったり来たり。まだまだ雰囲気を楽しむだけで、overQさんのように「トリッキーな表現」を楽しむのは100年早いぞって感じなんですが、でも「はてしなくなにげなく、天衣無縫」「神仙を歌っても、天空を歩いてる感じはなくて、どこまでも人のカタチがあります」と書いてらした意味がとても分かったような気がしますー。まだまだ読みこなせるようになるまでは時間がかかりそうなんですが、でも第一段階を突破という感じで、なんだか嬉しい! 良いきっかけを下さってありがとうございますー。
(次は李白の予定ですが、読了はいつになるやら… 笑)
四季さん、こんばんは!
陶淵明を読むと、仙人が天の上じゃなくて、そこらへんにいても不思議じゃないものなんだと、気づきます☆
少し前、たぶん白川静さんの本だったと思うんですが、桃源郷について面白い新説を読みました。
桃源郷はなにか空想のように読まれがちですが、そうではなくて、実在するんじゃないかという話。
今でも、ミャオ族とか、中国南部には山岳少数部族が住んでいます。
ごく最近までは、基本的に自給自足だったとか。
でも、この人たちって、もともとは殷王朝の生き残りで、国が滅んだため、山のほうに逃げて行った人たち。
その際、みずからの意志で文明を捨て、山の中で自足した生活ができるように自分たちを鍛えていった。
歴史を逆さまにたどった。しかも意図的に。
山の中にさまよいこんだ「文明人」が、何かの偶然で、この「山の人」に出会って、桃源郷の伝説ができたのではないか、という説。
しかも、「山の人」が伝説ではなく、実在であることを、当時の人も薄々は気づいてたのではないか、というのです。
中国の文明社会に属さなくても、歴史に記載されない、もうひとつの生き方がありえること。
陶淵明の神仙には、肉体も、汗も涙も、叫びも笑い声もある…というわけです☆
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