AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: ふたつのカフカ

ふたつのカフカ

written by overQ
October 9, 2004

カフカ小説全集1「失踪者」
池内紀。カフカの新しい翻訳者。
「新しい」というのは、カフカのテキストには、古いの新しいの、二種類あるから。

古いほう、つまり従来から読まれていたのは、ブロート版カフカ全集。
新潮文庫版角川文庫版岩波文庫版(「寓話集」以外)、新潮社から出てた翻訳全集は、このテキストに基づいてます。
カフカの友人マックス・ブロートが編集したバージョン。
ほとんど無名の作家だったカフカを世に知らしめるため、オリジナル・テキストをかなり編集しています。
オリジナルを正しく伝えてないのではないかという批判が、ずっとありました。

新しいほう、これはブロートの死後に解禁された、カフカのオリジナル原稿に基づくテキスト
80年代終り、カフカ自筆ノートを詳細に校訂した、新しい全集がドイツで出版されました。
書きまちがい、書き直しのあと、ノートの紙質、ペンのインクまで調べた、すさまじいもの。
池内紀のカフカ小説全集、岩波文庫「寓話集」(一部)は、この版からの翻訳。
また、ネット上で、翻訳を公開されてる方がいます。

さて、ブロート版と自筆ノート版、何がちがうのか。

まず、「アメリカ」「審判」「城」の三つの長編
従来のバージョンには、ブロートの大幅な編集が入っています。
どの作品も完結してなかったため、ブロートは章立てを変え、一部を入れ替えたり削除したりして、なんとか完結した作品の体裁を作り上げました。
ほとんど無名な作家を売り出す上では、やむを得ぬ措置だったのでしょう。
ブロート版、版を重ねるたび、ちょっとずつ削除した部分を補完したので、かえって不審を招く羽目に(笑)
アメリカ」にいたっては、自筆ノート版では、題名まで変わり、「失踪者」となりました。カフカは、この題名を想定していたと、手紙から推定されます。
カフカという人、基本的に作品が完成するまで題名をつけない方針なんですね。だから、題名がわからないことがままある。
「生まれてくる前に、子どもの名前をつけることはできない」

短篇の場合は、ブロート版とノート版、どうちがうのか。
ノート版にはじめて目を通して驚くのは、書き始め、書き損じ、書き換え、書き直し、中途挫折、といった、謂わば反故の山。
生前に出版できたもの(「変身」など)を除くと、ノートの大半は、破片、断片の集まり
そして、ときおり、完結した短篇が現われる。でも、ほんとに、それで完成してるのか、途中でやめたのかは、判然としません( ;´Д`)
ブロートは、この膨大な破片の山から、まとまりのあるものをいくつか取り出し、勝手に題名をつけて、カフカの短篇として発表しました。
ふつうの短編集として、ブロート版のほうが読みやすいかもしれません。
ノート版には、しかし、マニアックな楽しみがあります。慣れ親しんでくると、カフカの息づかい、ため息や奮闘、自信やためらいが伝わってくる。
同じ主題が、意識無意識に繰り返されたり、間欠的に現われるのを発見すると、「自分だけのカフカ」が見えてきます。
それにもうひとつ。幻の四つ目の長編「万里の長城」を発掘する喜びがある(これについては、後日)。

カフカの作品は、戦後、ユダヤ人虐殺が予言されているように読めることから有名になっていったようです。もちろん、ブロートの尽力が大きいのですが。
ブロートは、彼自身も作家です。戦前は、トーマス・マンと並び称されるような、ドイツ語圏を代表する新進作家でした。
カフカが有名になるにつれ、ブロートの名前はカフカの紹介者として知られるようになります。皮肉な運命です。とても、いい人だったようですが。

カフカは有名になるにつれ、いろんな解釈で読まれるようになります。実存主義、予言、ユダヤ教、精神分析、時代状況、父のと確執…。アクロバットじみた、すさまじい解釈も多数あります。それはそれでおもろいんですが( ・∀・)
インクのしみが何に見えるかを問うロールシャッハ・テストのように、カフカが書いたものより、カフカに何を読み取るかが重視されすぎたかもしれません。
日本語訳も、どっぷり「戦後読み」に毒されいて、独特の「暗く、難解で、深刻なカフカ」になっています。
池内紀さんは、従来の日本語訳を自分がドイツ語で読んでいるカフカとちがうと、ずっと思っていたようです。
自筆ノート版全集の登場で、従来のカフカ像が、大きく変化しつつあります。戦後の状況の中で読むことから解放され、カフカ自身の軽快なテキストに戻ろうとしています。読みやすく、面白く、新しいカフカ。
ノート版の登場、池内紀によるその翻訳は、じつは文学上の一大事件だったと、後世ふりかえられるかもしれません。

[関連サイト]
白水社・カフカ小説全集の広告
カフカの好奇心(池内紀のエッセイ)
三省堂・カフカ事典の広告
新しいカフカ--池内紀
みすず書房・池内紀の仕事場の広告



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誘惑
概要 overQさんに誘惑された。 「LINさん、池内紀のカフカ小説全集はいいですよー
ウェブログ: やっぱり本が好き〓LINの読書日記〓
時刻: October 10, 2004 5:13 PM
コメント

いや〜ん、ほしいかもー。
全巻そろえたいけど2万円もかかっちゃうのね(泣)
文庫にならないのかなあ・・・
overQさんは買われました?

Posted by: LIN : October 9, 2004 6:42 PM

ふっふっふ。
買いましたよ、全巻。

自分を説得するため、こう考えました。
映画やアニメのDVDボックスを買うよりは、安いではないか、と。

カフカって、意外と読むのが難しい作家です。
ひとつひとつの文章は、ぜんぜん難しくないのですが、全体として意味するところがわからない。
でも、ついたり離れたりして、長く読んでると、「意味」を知ろうとするのが、だんだんどうでもよくなってきます(笑)
その頃になると、ちょっとはカフカ作品の概要も把握できてるので、あそことあそこが似てるとかいうことに気づけるようになってきます。

そのあたりから、カフカは急に面白くなります。

最初は、短篇の、完結したやつから読み始めるのがいいかも。
あと、翻訳者の池内紀さんが書いてるカフカの評論を読むと、少しずつカフカ読みができるようになってくるのではないでしょうか。

慣れてくると、完成していない断片、破片みたいな文章の切れ端が楽しくなってきます。
やっぱり、カフカはすごい作家だと思います。
私もそのことがわかったのは、ここ三年くらいのことですw

Posted by: Site icon overQ : October 9, 2004 9:35 PM
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