AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 池内紀さんのカフカ本

池内紀さんのカフカ本

written by overQ
October 9, 2004

カフカのかなたへ
前のエントリーに続き、またカフカ話を。

新しいカフカの翻訳者、池内おさむさん
翻訳だけでなく、カフカについてのエッセイ、研究本も書かれてます。
書かれてます…なんてかわいいレベルじゃなくて、ここ数年、書きまくり。驚くべき老人力。。ヽ(ヽ゚ロ゚)

カフカのかなたへ」(1993)
ちいさなカフカ」(2000)
カフカ事典」(2003)
カフカを読む」(2004)
カフカの書き方」(2004)
となりのカフカ」(2004)
カフカの生涯」(2004)

この、とんでもない量はいったい…。
しかも、じつは、量以上にとんでもない質をともなっています。
池内紀は、これらの評論・エッセイで、まったく新しいカフカを出現させた、といっていいと思います。
じつは、池内氏、カフカ関係も含め、今年2004年、現時点ですでに13冊の本を出版されてます…なんだ、その数は。。

池内さん、もとは東大のドイツ文学の先生。
だいぶ前から、世紀末ドイツ文学の翻訳・研究、趣味の山登りのエッセイなど、シックな魅力で一部の読者を惹きつけてました。
しかし、退官後は、もうとてつもない仕事量。カフカだけではなく、ゲーテ「ファウスト」グリム童話ギュンター・グラスエンデケストナーシュリーマンなど(!)、見境のない画期的翻訳。
若山牧水内田百けん佐藤春夫鈴木牧之ら(!)、どういう共通点がそこにという、随筆の編集。
文学のみならず、山登り、温泉、国内・海外の旅、モーツアルト、美術館をめぐる多数のエッセイ集。無数の編集作業…多数多様な仕事ぶり。。

アマゾンで「池内紀」を検索すると、207冊ヒット。2004年の出版数、現時点で13冊
ありえん。
こんなに人間、働けるはずがない。
ひょっとすると、2004年度、いちばんたくさん本を出版したのは、池内紀氏ではないのか。
池内紀って人、同姓同名で二三人いるのか、あるいは、池内紀とは個人名ではなく、複数からなる工房の名称なのか…そうとしか思えん。。

さて、池内氏のカフカ評論。
「かなた」「ちいさな」から始まって、翻訳を通じてカフカを「読み」「書き」、そして「となり」にまで近づき、ついに「生涯」をまっとう。
題名のニュアンスが、だんだんカフカに近寄ってることに注目。

初めて池内カフカを読まれる方は、「カフカのかなたへ」がオススメ。
カフカの作品に、強引な解釈を与えるのではなく、ていねいにテキストそのものに寄り添っていきます。
こことあそこは似てる、ここはあそことこう違う、カフカってこんな人だったんだけど、この箇所はカフカが出てるんじゃないか…そんな読み方。どこまでも、どこまでも、テキストに沿い、「解釈」は後回しにすること。
ちいさなカフカ」は、「かなた」の姉妹版。

自筆ノート版カフカ全集が、ブロート編集版とどうちがうかを知りたければ、「カフカの書き方」。

池内氏が、いちばん力を込めたのは、最新の「カフカの生涯」と思います。
伝記です。事実を淡々と。
丹念な事実の積み重ね。にもかかわらず、ここには、まったく新しいカフカの読み方へのヒントがあふれかえっています。戦後のカフカブームが忘れ去っていた、カフカそのものがここにあります。
新書版の「となりのカフカ」は、「カフカの生涯」のコンパクト版のようなもの。

池内紀の著作は、カフカ翻訳を通じて氏が開発した文体が、なによりの魅力。
簡潔。ディープ。
慣れてくると、やみつきになります。逆に、はじめは、そっけなさすぎて、取り付く島がない(笑)

池内紀さんの、カフカ以外の著作も、たいへん面白いです。思えば、池内氏のような著述形態をもつ作家は、ほかに一人もいないのではないか。
オススメは、「二列目の人生」かなぁ。旅ものも、どれもいいです。
ひそかに驚異的な著述家、池内紀。オススメは、その存在自体かも。



technorati
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.overcube.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/265

このリストは、次のエントリーを参照しています: '池内紀さんのカフカ本' , AZ::Blog はんなりと、あずき色☆.
翻訳の妙味1 カフカの最初の作品をどう翻訳するか それはカフカの小説の読み方にもつながる
概要  出会いがあり、交わりがある。 別れがあって、そしてしばしば再会はない プラハ 11月20日 フランツ・カフカ (池内紀 「カフカの生涯」(p...
ウェブログ: シュタイントギルの旅人
時刻: December 31, 2007 9:03 PM
コメント

昨日は、私のコメントに対して、ていねいなお返事ありがとうございます。
overQさんのご説明により、一層、カー様が魅力的に感じられてきました。

また今回の記事で、池内氏がどれだけスゴイ方なのかもよくわかりました。

>同姓同名で二三人いるのか・・・
これにはウケました(≧∇≦)ノ彡

とりあえずカフカ全集は買う気になっているのですが、
その前に池内氏の『カフカの書き方』を読んでみようかと思います。

六十六夜の次に、overQさんが書くカー様ネタが大好きです♪

Posted by: LIN : October 10, 2004 11:34 AM

カフカは、かなり女性にもてた人で、「もてた」というより「愛された」人。
当人はそんなに自覚がなかったようですが、なんともいえない魅力があり、自然と誘惑してたようです(w
女性に守られながら生きて、その腕のあいだから、すぅっと去って行ったような人。

もしかすると、LINさんも、カー様に魅入られてしまいつつあるのかもヽ(´ー`)ノ

カフカは手紙魔で、恋文書きまくってます。
ひどいときには、一日四、五通書いてます。もはや、ストーカーです(笑)
でも、これがほんとにすごい手紙で、こんな手紙をもらうとどうしていいか、わからなくなっちゃうような手紙。寄せたり引いたり、引っ張られたり手を離されたり。
丁寧で大胆で、大胆で冷淡で。。

「カフカの恋人たち」
という本が、手紙をうまく引用して、小さいけど、とてもいい本です。
多くの女性が、ホロコーストで殺されていて、とてもつらい気持ちもします。。
この本や、カフカの手紙の話も、そのうち書くつもりです。。

Posted by: Site icon overQ : October 10, 2004 7:37 PM

 すみませんが、わがままな悩みにお答えいただきたく、コメントさせていただきます。
 私はサリンジャーのファンで、関連する本を収集しているのですが、「シーモア」という小説にカフカの引用があるのですが、それがカフカの何からの引用なのかが分かりません。
 俳優たちと付き合うと、自分の才能が変化してゆくために嘘を書いていた気がしてぞっとする。
 というような内容なのですが、何からの引用か分かりましたら教えていただけると嬉しいです。

Posted by: milo : June 3, 2007 9:55 PM

こんにちは、はじめまして。

残念ながら、今パッと思いつきませぬです。
お役に立てず、申し訳ないです。

興味深いので、探してみようと思いますが、見つけられるかどうかはちょっとわからないです。。
今週中は時間を見つけて探してみますね。
週末くらいまでにここにお返事が書けなかったら、見つからなかったということに。

Posted by: Site icon overQ : June 4, 2007 6:39 PM

 よろしくお願いいたします。ぜひとも見つけていただきたいので、もう少し詳しく話すと、「シーモア-序章-」という中篇で、「大工よ屋根の梁を高く上げよ」(新潮文庫)に入っています。
 その冒頭に、カフカの引用が出てきます。
 「俳優たちと同席すると、いつもわたしは、自分が今まで俳優たちについて書いていたことはほとんど嘘であったという気がしてきて、ぞっとする。わたしは彼らのことを、ひたむきな愛をもって書きはするが、能力が変化するために嘘になるのだ(いまこうして書いている間にも、これもまた嘘になる)。この変化する能力は、本当の俳優の姿をあざやかに正確に書き出すことはなく、この能力にあきたらず、したがってこの能力が働くのを防ぐことによって、俳優たちを保護していると考えるような愛の中に、くすんで消えてしまうのである。」
 どのサリンジャー解説書を読んでも、出てきません。もう一つ引用されているキエルケゴールは、「死にいたる病」であることは簡単に分かったのですが、これが分かりません。
 よろしくお願いいたします。
 池内紀さんならご存知だろうなあと思ったりします。

Posted by: milo : June 4, 2007 7:44 PM

miloさん、わかりましたよヽ(´ー`)ノ

カフカの日記、1911年10月23日。

「俳優たちはその現実の姿によって、ぼくがこれまで彼らについて書いてきたことの大部分は虚偽であるということをぼくに確信させるので、ぼくはいつでも驚いてしまう。それは虚偽なのだ。なぜなら、ぼくは変わらぬ愛情(これもまたぼくがそれを書きつけた今、虚偽となる)を抱いているが、しかし変わり易い力によって彼らのことを書いているので、この力は現実の俳優たちをはっきりとまた正しく打つことはないし、力というものにけっして満足することのない、そしてそれゆえに力を抑えることによって俳優たちを守ろうと考えているこの愛情に触れて、ぼんやりと消えてしまうからである。」

新潮社の「決定版カフカ全集7」の83ページです。
この頃カフカはよく劇を見て、劇についていろいろ書いています。
言葉が何も描きとらないこと、むしろ書けば書くほど消えていくようなこと、
そのことを書きつける文章そのものも、書きながら消していくようであることが、
カフカっぽいと思います。
カフカは書くことを「引っかく」と言いました。
この世界をひっかいているが、もしかすると傷ひとつつかないかもしれない。

二年ほど後、1913年11月19日にも、ちょっと似たような記述がありました。

「日記を読んで心を動かされる。これは今のぼくに、もはや少しの確信もないでいだろうか? あらゆるものがぼくには仮構であるように見える。他人のどんな言葉も、ぼくがたまたま見たどんな光景も、ぼくのなかのすべてのものを、忘れていたものやまったく無意味なものですら、別な方向へ転がしてしまう。ぼくは前にそうだったよりも確信がなく、ただ生命の力だけを感じている。そしてぼくは意味もなく空っぽだ。ぼくは本当に、夜、しかも山のなかで迷ってる羊か、もしくはその羊のあとを追いかける羊のようなものだ。こんなに見捨てられていながら、それを嘆き悲しむ力を持っていないのだ。」

これは「シーモア」の一節であってもおかしくないかもしれません。

Posted by: Site icon overQ : June 8, 2007 7:14 PM

 ありがとうございました。へえー、見つかるものなんですね。絶対に分からないだろうとあきらめていました。ありがたいです感謝感謝。
 「カフカ全集7」ですが、どうも今は絶版のようで、それでも本屋さんに何とか入手できないか問い合わせ中です。
 どうも、カフカという人は、難しいことを考えていらっしゃったみたいですね。キエルケゴールのほうも、かなり僕には難解でしたが、この言葉も、かなり屈折しているような、それでいてよく考え抜かれた文章のように思われます。
 というかそれを引用したサリンジャーも、結構難解だと僕には思えます。
 カフカといえば、池内紀さんの訳で、短編集を少しかじった程度だったのですが、その短編集を読む限りでは、なんだか荒唐無稽な、発想ありきという感じのお話がいっぱい詰まっていた感じがしたのですが、こんな難解なことも書くんですねえ。
 本当にありがとうございました。

Posted by: milo : June 9, 2007 3:27 PM

 先日はありがとうございました。
 「カフカ全集7」をついに購入しました。
 本屋からは絶版と言われ、何とかならないものかとネットで調べたところ、一冊だけアマゾンの古本コーナーであったので、値段は少々高めでしたが、購入しました。
 全くカフカ道として邪道な人間ですが、これがきっかけで、ひょっとしてカフカにはまってしまうかもしれません。(「審判」くらいは読んだかな)そのときは、またご親切にご指導いただけると嬉しく思います。それでなくても、サリンジャーを追ううちにまたカフカと出会うかもしれません。そのときも今回のように教えていただけると嬉しいです。
 今後もよろしくお願いいたします。

Posted by: milo : June 18, 2007 7:59 PM

お返事遅れまして、ごめんなさい。

「カフカ全集7」、ご入手されて何よりですヽ(´ー`)ノ
ネットのお蔭で、細々とした流通までも、ほんとによくなりましたね☆

カフカは、「これがカフカだ」と断定するのがとても難しい作家で、
そのテクストは読むたびに、新しくなっていく気がします。
このような説明すら、拒絶するところがあり、なんともいわく言いがたいです(笑)

カフカのことは、いくらか拙い記事を書いてきましたが、サリンジャーも好きな作家なので、いつか書いてみたいです☆

Posted by: Site icon overQ : June 28, 2007 8:39 PM

 そうですか、読むたびに新しい作家ですか。面白そうですね。
 カフカは確か、生前は数編の短編が出版されただけで、長編なんかは捨てて欲しいとブロートに頼んでいたんですよね。
 なんとなくかたくななところがサリンジャーと似てるのかな?浅学で説得力なくてごめんなさい。
 サリンジャーについてもぜひ書いてください。読ませていただくのを楽しみにします

Posted by: milo : June 29, 2007 9:06 PM
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?


スパム防止のため、表示された数字(セキュリティコード)を入力して下さいませ。






関連エントリー