これは子供さんに多いのだけれど、相手の名前をまず呼んで、会話を始める人がいます。
「先生、あのな、今日な、うちの家でな、お父さんがお母さんとな…」名前を連呼しちゃうと、いまひとつ、かしこくなさそうなお子様に見えたりしてw よい子のみんなは注意してね。
「お母さん、お母さん、お母さん。あのヒト、髪の毛薄いよ」
大人でも、べつに、名前から会話を始めてもよいのです。
「課長さん、課長さん。コピー機から煙が出てます!」親しげな感じがしますが、ちょっとやばそうな粘り気も感じます。
「高橋君。今夜は暇かね」
私自身は、あまり人の名前を呼んで会話を始めることはない気がいます。子供の頃でも、そうだった気がする。
これは、私がヲタク系だからかもしれません。
オタクというのは、相手の名前を呼ぶことのできない人たちのこと。名前を呼ぶ代わり、相手のことを、「おたく」と呼んだことから、この名称が生まれた。
「来月のコミケ、おたくもブースとったの?」このネーミングはやっぱりすばらしい。すごい観察力。言語的に耳がよく、人間関係に敏感。きっと女性か、女性的な男性の気がします。
相手の名前は呼べても、呼び捨てにするのは、なかなかできません。
漫画家のいしかわじゅんさんは、なんかミョーに偉そうな人ですが、人間関係の親密度をはかる尺度として、「呼び捨てにできるようになったかどうか」を基準にしているようです。えらそうなタイプの人でも、やっぱり漫画家だけあり、ヲタ性を抜けるのが、一苦労のようです(;・∀・)
私は、ヒトのことを呼び捨てにするのは、高校生まででやめちゃったなぁ。著名人とかは呼び捨てにするけど。サンとかクンって、すごくビミョーな人間関係の指標なのだと思う。。
名前を呼ぶこと。
これは、人間という動物の社会の営み方の中で、たぶんそうとう重要な問題なんでしょうね。
平家物語なんかを読んでると、合戦のとき、まず名乗る。
名乗りと、あと装束が、武者たちにとっては、とても重要なもののようなのです。
宇多の天皇に九代の後胤、近江の国の住人、佐々木三郎秀義が四男、佐々木四郎高綱、宇治川の先陣ぞや!
古事記や日本書紀に出てくる神様の名前も、やたら滅多に長いのが多いです。
なんて名前の、食べ物を醗酵させ、おいしくするカビの神様もいます。宇摩志阿斯珂備比古遅神
万葉集のいちばん最初に出てくる、雄略天皇の御製歌。雄略天皇も正式名は長い…泊瀬朝倉宮御宇天皇(大泊瀬稚武天皇)。
これも、名乗り…というか、名前をたずねる歌です。
これは、まあいえば、花いちもんめの歌。籠 もよ み籠 持ち堀串 もよ み堀串 もち
この岳 に 菜摘ます児 家聞かな名告 らさね
そらみつ 大和の国は
おしなべて われこそ居 れ
しきなべて われこそ座 せ
われこそは告 らめ 家をも名をも
歌の内容は、
きれいなカゴをもって、すてきなスコップを持って(笑)
春の菜を摘んでるかわいいヒト。
名前を教えてよ。どこの家の人なのよ。
ぼくは、じつはヤマトの国をおさめてるえらい人なんだよ。
だからさ、教えてよ、名前とお家
とにかく、名前を知るのが重要。万葉集のいちばん最初に置かれたくらいなのです。
名前が魂の実体であり、それさえ取れば、支配したのと同じこと…という呪術の考えがあったためだといわれています。
こう書きながら、いまふと、オレオレ詐欺と微妙にすれちがい、こすれあうものを感じました( ;´Д`)
ID、振込先、電話番号…個人情報。
さて、魂は、どこに?
ついでに、短い詩。
人の時の終りのときに
口にしたいのは
キミの名。
こどもは名前を連呼しているような気もしますけど、別に賢くないなんて思ったことはありません。気になるん?OverQさん。
名前とはやっかいなもの。これに省略したものやあだ名等々、選択肢が増えてきて大変です。
あと、チャンづけって多いですよね?特にマスコミ関係の方に。
これからはoverQさんのこと、Qちゃんって呼んじゃおうかしらん。うふふ。
先日、名前のことで、大変もりあがってたところで、
とてもタイムリーです。
モンゴルの名前は、やっぱ、へんだそうですよ。
「名前がない」という名前なんだそうです。
「のんちゃん」じゃないですよ〜!
モンゴルは、苗字なるものも、ないとかおっしゃってました。
遊牧民だからなのでしょうか?
名前なんて所詮はいれもの。
とはいえ、名前をつけると、その名前らしいものになるのは不思議。
猫だってそう♪
まさに、呪ですね。
のるぶさん、こんばんは。
敬称って微妙なもの。
合理的に情報伝達を考えれば、
敬称なんてまったく無意味ですよね。
付加することで意味するのは、階級とか地位とか性差とかで、かなりあいまいな情報。
マスコミはいちおう先進性が売りなので(笑)、
特に古い時代の身分制を継承するような「殿」や「様」を日常の作業では避ける。
といいながら、誰も彼も呼び捨てにすることはできない。
で、採用されるのが、チャンかも。
意識してじゃなく、無意識に選択してるのが、微妙ですw
お子様が賢くなさげといったのは、
その前の文が「髪の毛薄い」発現なので、
それと連動してのことでしたが、
ギャグがすべったみたい。スマソ。
picoさん、こんばんは。
私、「モンゴルの先輩」のお話をお聞きしてから、ずっと考えてる問題があってw
それは、文明からあえて後退して、新石器時代的な生活に戻る人たちのこと。
インディオと呼ばれてるアマゾン原住民は、
もとはマヤ文明をになってた人たちの子孫なのだそうです。
陶淵明の詩に出てくる桃源郷。
あれは架空の世界ではなくて、
殷という古代文明から後退した人たちで、
現在のミャオ族のことだというのが、定説らしい。
モンゴルも、元という大帝国から、
意図的に退却した人々の世界なのです。
文明の歴史は、石器時代よりはずっと短い。
べつに石器時代の戻っても、
とりわけ文明で獲得した物を応用しながら戻っても、
それはそれなり生きていける可能性がある。
この可能性がどの程度ほんとで
どの程度嘘なのか知りたいと思っています。
モンゴルで苗字=家がないのは、
興味深いですね。
家は血統のことで、乱交とは矛盾しますw
石器時代には、家という考えはなかったでしょう。
遊牧民のモンゴルの人たちが、この概念を持たないのは、
どのように生殖してたかでたいへん興味深いです(´ー`)
名前って、何なんでしょう。
ほんとうに、とてもとても、不思議です。