AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: thinkとfeel―オタク文化のこと

thinkとfeel―オタク文化のこと

written by overQ
February 27, 2005

前のエントリーで書いた映画の話。
「映画は見るものだから、言葉で表せない部分も大きい」という当たり前なことでした。
また、言葉で語られたものと、映画とでは、その受容に際して、脳の使い方がちがっているのではないかという点。thinkに対するfeel。
この見方、じつはおたく文化を考えるときにも有効かもしれません(今夜は、新日曜美術館でアニメ文化特集らしい。ふっふっふ)。

  +

マンガ学―マンガによるマンガのためのマンガ理論以前すこしご紹介した事のあるマクラウド「マンガ学」や、夏目房之介さんの仕事。
「マンガの文法」を研究するものです。マンガ独自のコマというものが、ヒトの脳にどのように受容されているかを解明する。
これは、すごくクリアで、知的な面白さに満ちているのだけれど、何かビミョーな違和感もなくはないのです。まったく異なった領域が、マンガを読むとき存在してる気がする。

  ++

ところで。一般に、マンガは書き手と読み手の世代がちがいます。書き手のほうがちょっと上で、読み手は若い。基本的には十代でした。
私が子供の頃、読んでいたマンガやアニメは、大人になってから読み返してみると、戦争(原爆、空襲、敗戦、平和憲法)の影響が濃厚です。
大人は考えて書いていた。しっかり考え抜いたわけじゃなくても、無意識は社会の出来事に敏感に反応していた。

マジンガーZ ペーパークラフトBOOK鉄腕アトムは、原子力のもつ二面性をはらんでる。
ゴジラは(映画だけど)、あからさまに原水爆反対の主張を持っている。
マジンガーZのような巨大ロボット物も、「巨大な機械が町を破壊する」というゴジラ以来の日本人の戦争原体験(空襲の体験)がトラウマになってる。
巨人の星で、星一徹は傷痍軍人。あしたのジョーは、戦災孤児かもしれず、あるいは、進駐軍の落とし子かもしれない。
ヒーロー物では、主人公が「敵を倒すときに使う暴力は許されるか」という、平和憲法のような主題に悩むことが多い。敵=悪、は成り立つのかと。暴力を使って相手を滅ぼす限り、自分のほうこそ悪じゃないのか。で、自分で自分を去勢するような発想も出てくる。 *1

鉄腕アトム (1)でも、書き手の意識無意識には「戦争」が背景にあっても、読み手の少年少女は方は全然ちがった受け止め方をしてたかもしれない。
アトムのツルンとしたブルマ姿をみて、萌えてたんですから。
ロボットも、破壊や巨大ではなく、変形と合体に子供は熱中した。世界はミニチュア化・箱庭化して捉えられた。外の世界じゃなく、自分の内なる世界。
巨人の星やあしたのジョーの情熱は、貧困から立ち上がる何糞という思いではなく、SM(大リーグ養成ギブス)や同性愛(リングで裸で殴りあう汗まみれの男たち)と感じられた。
社会性の欠如(笑)
何でも自分の(体や性の)ことに結びつく。当然と言えば当然です。十代だもの。
ヒーローたちの悩んだ平和の主題は、自分の性の暴走をどうやって回避するかという問題に置き換えられる。
大人がthinkしたことを、子供たちはfeelした。頭じゃなく、体で感じた。健全な受容ですヽ(´ー`)ノ

  +++

さて。おたく文化の代表的な方向のひとつに、やおいがあります。
もともと女子の文化です。美形男性キャラの同性愛を描く同人誌が起源。同人作者たちが自作を「やまなし・おちなし・いみなし」と自虐的に語り、この頭文字をとったのが名前の由来。
マンガというより、イラストに近いものから出発したのです。「その場面」が欲しいだけなのです。結論先取りです。「コマどうしの関係で意味を発生させる」というより、感じとしてはイラストの一枚絵に近い。写真集という感じに近い。まさに、や・お・い。話も短い。(今はもう高度化して、山も落ちも意味もあることが多いけど。)
フィギュアもそうです。単品で独立。コマなんてない(笑) ストーリーもない。
「やま・いみ・おち」という、マンガ学の対象が欠落しているところが出発点だった。

書き手がコマの関係性で意味を発生させる工夫を発達させたのに対して、受け手はぜんぜん別な受容=需要をしていたかもしれないのです。thinkじゃなくて、feelの部分で。 *2

++++

長くなっちゃったので、このあたりで止めますが、 *3 オタク文化を堅苦しい言葉で論じるのは、どこかこっけいなのです。それは、この文化がthink系ではなく、feel系だから。

でも、だからといって、オタク文化が低いとか、価値がないとかいうことじゃない。それどころか、同人誌が今とても高い水準にあるようです。
おそらくメジャーなメディアに登場する、忙しいプロの漫画家さんより、ずっと質的に高いものも同人誌にはある。山や意味や落ちのあるものも、もちろんたくさんあります。天才もいます。たとえ、女の子にちんちんの付いた絵であろうとな( ;∀;)
「99パーセントのクズが1パーセントの至高クリームを生む」という、スタージョンの法則と呼ばれるものがあります(若干修正あり)。同人誌がまさにこれ。おかげで、他のどのジャンルからも失われた文化としての多様性が出現。 *4

ひそやかに、なし崩し的に進行(侵攻・新興・深耕・信仰)しているのもおもろいです。インターネットとともに、著作権法にとって、文化の保護・育成とは何かをめぐり、難問を突きつけています。
それにしても、コミケの会場って、いっぱい人いるのに、ミョーに静かな空間(;・∀・)
将来、すごいプレミアがつく本もあるのだろうなぁ。。


*1 : るろうに剣心は、だいぶ新しいものですが、逆刃刀というみね打ちしかできない刀で戦う剣客の話。すごく平和憲法的です。
*2 : こういうことは、じつは大昔、江戸時代にも一度おきました。浮世絵。
歌舞伎のような物語性のあるものから、役者絵というイラストが派生し、これが性を濃厚に描きながら、多色刷りの発展とともに、より多様な浮世絵になっていく。
*3 : ほんとにオタク文化がfeel系なのか。これをちゃんと調べるのは、たぶんすごく難しいです。脳の処理系統が、順繰りにリニアなものと、同時に複数を、それも複数の意識なしにおこなうのと、ふたつあることも証明する必要が(笑) 文化の受容は、表現だけ見てもわからない側面もあり。マクルーハンの霊でもとりつかないと無理だな。
*4 : この法則に従えば、文学は雑誌の懸賞で新人を発掘するため、「上澄み」しか見えてこず、パワフルな底辺を欠いてるので、つまらないんじゃないのかと思えます。というか、落選した新人の作品、読ませて。ぜったい面白いはずだわ、いろんな意味でw


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コメント

初めまして!

「殺さない」に拘ると言えば『トライガン・マキシマム』のヴァッシュ・ザ・スタンビートもですね。
同じ雑誌に『HELLSING』が載ってるのも凄いですが。

Posted by: 銀ぎつね : March 2, 2005 3:11 PM

銀ぎつねさん、こちらこそ、はじめまして!

「殺さず」って、日本人にとっては、やっぱり究極の正義の感じがあるのでしょうか。
思えば、ターミネーターのシリーズも、ちょっと「殺さず」の雰囲気ありますね。
キャメロンは日本アニメの影響をつよく受けてるので、そのせいかもしれません。
この問題は、でも、考え出すと、とても難しいです。。

Posted by: Site icon overQ : March 4, 2005 7:07 PM

そう言えば、J・キャメロンってどうなんでしょう。
あの監督については、「エイリアン2」を見て「西部劇だろ」と思ったんですよね。先住民の居る場所に勝手に入植して、危機に陥ったとして相手を殲滅する。
あれは皮肉な確信犯だったのでしょうか。

Posted by: 銀ぎつね : March 9, 2005 3:03 PM
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