まだまだ続くアラビアンナイトのお話。
連休にかこつけて、今夜は、空飛ぶ絨毯みたいに、大風呂敷をひろげてみましょう。長いです(;・∀・)
★都城と露天商
アラビアンナイトにはどうしたわけか、まじめに働く人があまり出てきません( ;∀;)
千夜一夜は、都市と商人の物語。
都城には幾重にも城壁がめぐらされ、いくつもの門をすぎて街の中に入っていく。
アラビアンナイトの枠物語のように、入れ子構造になった都市。
都市は、広大な市場です。
どの門をすぎれば、都の中心に達したことになるのかは、誰も知らない。門をくぐるたび露天商は増え、誰もがここが市の中心と売り口上をかたる。
千夜一夜は、始めたら、もう終わることのない物語、と言われます。
門をくぐってもくぐっても、中心にたどり着かない…と思っているうちはよいのです。
ところが、さてふり返り、出口を探そうとすると、もう見つからない。門の外にはまた門が続くだけ。
露天商たちはさまざな文物を並べ、さまざまな色の瞳と肌で笑っています。
いけどもいけどもバザールは続く。イスラム都市は迷宮。
一度迷い込んだら最後、もう、「外」というものはないのです。
都市には、どことも知れない世界から、さまざまな商人、さまざまな文物が舞い込んできます。商いはあるけど、生産はない。
商品は、市場で売買されて、価値となります。
価値とは何なのでしょう?
商人たちは、商品が何なのか、知らない。どこで取れるのか、作られるのか。それは、知る必要もないこと。
ただ、不思議には思います。
竜涎香(アンバーグリス)という香料は、当時の宝のひとつ。マッコウクジラから取れるのですが、シンドバッドの物語の中では、竜涎香の湧く泉を見つけるエピソードが出てきます。誰もそれがどこから来るか、知らなかったのです。
アリババは盗賊たちの宝が、洞窟に隠されているのを見つけます。合言葉は、ひらけ、ゴマ。
ゴマの実がはじけるとき、そのさまが女陰のひらくのに似ているから、こう叫ぶという説があるとか。開く岩は、枠物語の胎内に侵入して行く=閉じ込められること。
お宝はソコにある。ソコにあるものが、お宝。
また、商人たちは、なぜ人々が商品に高い価値を見出し、高額で買うのか、さっぱりわからない。何に使われるかも、知らない。知る必要がない。
人々は魔法にかかっている、とでも思うほかないのです。
たぶん、他の人々も、「みんな」が買うから買うのかもしれません。だれも、それが何かわからないまま、値段がつりあがる魔法。
ともあれ、魔法に従って、右から左に商品を流す。都市から都市へ渡り歩く。すると、ワラシベは、黄金に換わる。
はたして黄金がワラシベに比べて、価値があるのかないのか、それはよくわからないのです…。
価値という幻の上に浮かぶ、幻のような都市。
価値が価値をつむぐ世界。文物が見る夢の市場。
そこで交わされる、噂とも嘘とも知れない言語が、千夜一夜の物語。
物語が物語をつむぐ物語。
★旅の商人
露天商たちは、日々、入れ替わる。
同じ商人に二度会うことはむずかしいと言われている。
同じ商品にふたたび出会うこともむずかしい。大量生産の時代ではないのです。
見かけたとき、すぐ買っておかないと、もう二度と手に入らないよ。
商人たちはどこから来るのでしょう。
彼らは商品の出所について、けっして本当のことを語りません。
彼ら自身、べつな商人から買いつけただけで、何も知らないのだから。
なんでも、もっとも貴重な香水は、竜のよだれであるらしい。
もっともらしい売り口上をかたるうち、本当のことと嘘のことの区別は見失われていくのです。夜の種族のはじまり。
ふるさとはあるのでしょうか。
もう行商に出て、長いのです。故郷に妻がいたとしても、とっくに間男といい仲になっているでしょう。
なぜなら、自分自身、あちこちの都市で、そのように女を抱いてきたから。
妻の顔を思い出せるでしょうか。故郷の町はなんという名前だったか。
売り口上で並べ立てた与太話よりほか、何も思い出せないのではないでしょうか。
あるいは今ではもう、自分の妻の間男になっても、気づかないかもしれない。
都市は巨大な女であり、彼らは蟻地獄のアリのように、その中にとらわれている。
女だけの国があったと、オリエントのあらゆる伝説が伝えています。
子供は人の腹からでなく、樹木に実ったといいます。
男はすべて旅の商人。一夜限りのゆきずりの関係。残された種は誰のものとも知れない。誰のものでもない。
男たちは、女の都で、吐き出せる限りの富を吐き出し、夜の砂漠に放り出される。また、わらしべから始めるのです。
女たちは女だけの国の伝説を、こうして維持していくのです…
★ソロモンの指輪
千夜一夜物語。登場人物は、商人のほか、王、女、僧侶、魔術師、奴隷、動物、魔人。
みなさん、生産しません。物の値打ちを吟味したりもしない。いかに働かず、もうけるか。その一点に、心を砕いています。
だましとるか、掘り出すか。
そして、得体の知れない魔法や詐欺、物語に、憂き身をやつすのです。。
価値というのは、その物がどう使われるかではない。その物が市場でいくらで売買されるかだ。
経済学者はそう言います。
とはいえ、まだ貨幣経済がじゅうぶんに発達してない千夜一夜の世界。
じつのところ、貨幣の価値を安定して裏打ちするほどの、強固で永続的な権威がないのです。
昼の世界では、王も民族も宗派も、宝石の色や香水の香りの流行のように、たえず入れ替わる。
為替は重視されているにもかかわらず、手のつけようもなく不安定。一回一回の取引が、闇の中の跳躍である、夜の市場。
詐欺と、正統な取引の、区別はない。王や神の権威も、そこには及ばない。
発展も進歩もあまりないけど、オリエントの富は豊かで、いつも一定である世界。
昼の光のもとでは、富の分割をめぐって権力者があい争い、夜の闇では商人と女が、真の分配を成し遂げていく世界。
歴史が時間ではなく、空間によって記述される世界。
発展ではなく、永劫回帰する世界。ツァラトゥストラとは、ペルシャの予言者ゾロアスターのこと。貨幣も資本もいまだ整わない世界での、真理のありかた。
さて、そんな中、いちばん信頼を得ているのは、スレイマン。
スレイマンとは、ソロモン王のこと。
アラビアンナイトの世界では、伝説の王であり、魔法使いの中の魔法使い。
「ソロモンの紋章入りの指輪」というのが、アラビアンナイト世界での究極アイテムです。
神の本当の名前が記されていると言います。
ソロモンは、事物にその正しい名前を与えた英知の王。商品の真価を言い当てる慧眼の王。
これさえ手にすれば、魔人(ジン)が自在にあつかえ、すべての願いが叶う。一夜で大御殿も建つのです。
思いっきり、架空の信頼です(笑)
もともと商品を裏書する権力者の印章というものがあったのでしょう。あるいは、そういう詐欺が。
ソロモンの指輪の伝説が生まれるのは、わりと後の時代になってからのようです。商品のもつ抽象的な魔力が、ジンの力という具象的な空想で表現されたもの。
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夜の世界では物語が現実を上回る。
商品についてかたられる嘘の口上は、突拍子もないもののほうが、より商品の値打ちを高めます。「まさか、そんなことが」と思えるような噂こそ、商品の価値の裏づけ。
誰もそれがどこから来たか、何に使われるか、なぜ高価なのか、知らないのだから。
そして、途方もない夢を見たいのだから。
価値を裏書するものとしての印章指輪。アラビアンナイトには、ソロモンのものだけでなく、よく出てきます。
このハンコが捺してあれば、紙切れでも魚の骨でも、価値を持ったということでしょうか。詐欺師の口上のようです。魔法を使えるしるしとなっていきます。
しかし、現在だって、紙切れや金属片、ブランド名や電子情報が「価値」として通用する。その由来は、魔法のようなもので、科学の及ばぬ闇を持つ。
アナタが買うから、私は売る。私が売るから、アナタは買う…現実と魔法のねじれた入れ子構造。
ソロモンの栄華は伝説化し、その印章による証明も、いつの間にか実用性より神話性において、伝えられることと、あいなったのです。
★シェヘラザード、グレートマザー
でも、ひとつだけ、指輪より、宝石や黄金より、魔法よりも、ずっと強力なものがあります。
それは、女。
女は商品…であると同時に、その所有者はつねに自分自身。それは、そもそも、売り渡せるはずのないものだから。
いや、ベールの向こう側には、何の商品もないのかもしれません。女という商人がいるだけ。存在しない商品を売買する、究極の詐欺師。真の魔法使い。
アラビアンナイトの世界の支配者は、夜であり、女。
これは、現実の存在としての女性というより、物語の神話的存在であり、原型としての女。母であり、夜。海であり、砂漠であり、洞窟であり、門であり、巨鳥の巣であり、大亀の背であり、出ることのできない都。価値の由来が循環する市場。
枠物語であり、女神の愛でしこの世界。
シェヘラザードは、物語でやすやすと暴君を手なずけます。
しかし、彼女はじつは、最初に登場する不実をはたらく王妃と同じ人物ではないのか。あるいは、魔王が寝ている隙に、人間の男たちと交わるあの魔女と。
その疑いは、千夜一夜の枠物語の奥へ奥へと進むほど、強いものになります。
裏と表がメビウスの輪のようにつながる世界。枠物語の入れ子構造はねじれている。
門は、出口なのか入口なのかさえ、判然としません。
アラビアンナイトは「夜」の物語。
昼の権力は、王も僧も、千夜一夜物語を軽視し無視してきました。
しかし、昼間の所有者が誰であれ、世界の本当の所有者は、女。
コーランの背後で、この書物は生き残った。
いや、コーランのような「書かれたもの」が絶対であるくびきからさえ逃れたのです。生きている物語は、今なお、翻訳者たちに感染し、夜は増殖しているのです。
テキストから解放された言葉。
アラビアンナイトとは、都市の夜の物語。
市場と魔法と性、そして物語自身の物語。
女の手の平の上、胎内の物語。
次回は、西遊記など、他のオリエントのほら話との関係を探ってみたいと思います。
それで、アラビアンナイト入門は終わります。ふり向けば、もう出口の門は見つからないでしょう。
[オリエント覚書き]
・オリエントは、四大文明を道で結んだもの。
・むしろ、四大文明はなく、オリエントがあるだけ。
・ジブラルタルからジパングまで。
・地中海沿岸を含む。
・当然ながら、ヨーロッパに見られようが見られまいが、オリエントは存在する。祈られようが祈られまいが、神が存在するように。
・豊かだが、一定の富。
・貨幣のような抽象的な富は永続しない。価値を何で計るかは、常に問題。魔法が入り込む余地。
・発展はない。同じことの繰り返し。永劫回帰。
・権力者が現われては、消える。国境は、水をナイフを切るように、変幻自在。
・砂漠の中に都市がポツポツと点在。海の中に島があるように。
・だから、国は、地図上に平面を広げるのではない。点在するものを道で結んだだけ。
・道は誰のものでもあり、誰のものでもない。
・都市と道を除いた部分は、未開未踏であり、興味を引かない土地。記されない世界。
・遠征とは、道を行き、都市を制圧すること。
・権力とは埒外の人々がたくさんいる。
・文字を残さないので、記録されない。歴史の埒外。道の民。名前が意味をなさない。
・商人は、自由に行き来する。商人は道の民。都市は商人を容認しなければ、成立しない。
・商人のおかげで、都市はパンドラの箱をぶちまけたように、崩れ落ちた塔のように、魔法じみた多彩さ。
・旅人は、都市の夢の中で、本当のことと嘘のことの区別を見失う。文学の母胎。無名性。
・物語は記されない。口伝え。聞き覚え。
・聞き覚えた物語は、聞いた人の記憶としてのみ存在。その人の思いと運命で、捏造・改変、集合・離散、編集される。
・だから、定本はない。書かれた、不変のテキストはない。
・物語は生きている人と共に生きていく。
・作者は無名である。作者はたえず「わたし」だから。