昨夜の絵本は、先にストーリーがあって、絵を描いたもの。
ただ、絵で描いているうちに、言葉だけのときとは別な結末にたどり着きました。
今夜の「麒麟」。
これは逆に、絵が初めにあって、それにお話を付けたもの。
それがどうしたかというと…特に意味はないのですがヽ(∀゚ )
絵って、何が描いてあるのか、気になるもの。
壁のしみや空を行く雲にさえ、人の目は「何か」を見出そうとします。
で、自分で描いたものの、これは何じゃという絵だったので(汗)、何とか意味を探ろうとしたのです。
が…ますます意味不明になった(;・∀・)
このケモノの正体は、いったい何なのでしょうか。。
麒麟
朝寝坊した朝
あわてて家の外に駆け出すと
一匹の見知らぬ獣がいた。
路上にだらりと寝そべって
道をふさいでいる。ひどく太った獣である。
腹がぽってり膨らんでいる。
四足で立ち上がったとしても
腹は大地にこすれるだろう。そもそも立てるものかどうか。
前足も後足も
腹や背を掻いたりするのに使えるだけで
大地にしっかり屹立するには
役立ちそうにない代物だ。
でかい腹や尻に
ヒモのようにひょろひょろと
生え出ている感じ。
色は不健康に白く
薄く短い体毛におおわれている。
嫌なにおいがする。
観察している場合ではない。
こっちはいそいでいるのだ。
どいてくれと頼んでも
聞き分けるとも思えない。
しかたない。
寝そべった獣の端
わずかにあいた道のすき間を
つま先だって抜けようとした。すると獣は
体をのそのそゆすって
ふさぎにかかる。
でかい腹に足首を挟まれ
こっちは身動きできない状態。にらみつけてやる。
目が合った。
どろんと怠惰な光が
にぶく黒目をよぎった。
獣は前足で
自分の背中を指さした。何だ。
どういうつもりだ。
無視してかかろうとしたが
獣はますます
こちらに身を寄せてくる。
でっぷりした腹が
しめつけてくる。
痛みで大げさに顔をしかめてやるが
獣はいっこう気にせぬ気配。
こぶしで叩いて
注意を促しても
ただ自分の背中を指さすだけなのだ。「乗れ」
ということなのか。
乗って…どうなる。
俺を乗せて…走る?
馬鹿な。
自分の身ひとつさえ
持ち上げられないで
寝ころがっている獣だ。
人を乗せて走るような殊勝なマネ
できるはずがない。
もしできるにしても
獣のこの怠惰で傲慢な性格からして
それをまっとうできようはずもない。しかし。
奇跡…ということはある。
獣のあまりに鈍重な見かけゆえ
逆説的に奇跡を予感させる何かがある。
ありえないことが起きるから
それは奇跡と呼ばれるのだ。
こうしている間にも
時間はどんどん過ぎていく。
もう選択肢はない。
乗ってみるべきだ。だが足を挟まれたこの姿勢では
ぶざまに寝そべる獣の上に
ダイブするように身を投じるほかない。
獣からは絶えず
不快なにおいが立ちのぼっている。
急がないと
間に合わない。小山のように盛り上がる
獣の白い腹の上に
ままよと飛び込んだ。
ぐうえええええええと
叫びというよりは
オナラやゲップのような
体内の気体が
ぶざまに抜け出るときの音がして
獣のうちにずぶずぶと沈みこむ。
なんとも嫌な感触で
白い汗臭いもやもやしたものの中に
めり込んでいくのだった。生ゴミのにおいがする醗酵した汗で
ずるずるすべりながら
ぶよぶよした体にくるみ込まれ
もう身動き取れない。
そのまま長い間
われわれは路上に横たわり続けた。
いつまでもいつまでも
横たわり続けた。
横たわり続けた。
横たわり続けた。
最初は止めていた息も
窒息の恐怖から一息吸うと
深い諦念が胸に満ちた。
のがれ出ようともがいた手足も
力が抜けていった。奇跡についてさまざまな
夢想をしたが
時間がたつにつれ
取り返しのつかぬ状況であることが
身に染みてきた。
ときどき暴れもがいたが
それでどうなると
期待してのことではなかった。
脱力していると
獣の肌との癒着もおこり
全身がいまだかつて
経験したことのない
かゆみでおおわれた。日が暮れてからは
眠りに落ちたかと思えば
かゆみで目が覚めた。
繰り返すうち
眠りと覚醒の境がなくなり
久しぶりに空を飛ぶ夢を見た。
醒めようとしても醒めない夢の中を
飛びに飛び続けた。
急いでいるのだ。
何とか間に合わないだろうか。
しかし足首には
獣がヒモのような手足を巻きつけ
固結びにしてしがみついている。
ふりほどくことなどできはしない。
やむなく地上数センチ上空を
這うようにゆっくりと
飛行するのだった。
飛行するのだった。
飛行するのだった。
…醒めない。「妊娠してる」
とヒトゴトみたいに獣が言う。
夢ではないらしい。
>多摩のいずみさん。
トラックバック、ありがとうございます☆
たいへん不思議なことに(笑)、
うちのほうからもコメントが書けませぬ、トラックバックも送り返せませぬ。。
で、やむをえず、ここに書きますだ。読んでいただけたら、さいわいです。気づかないかもしれませんね(涙
以下、多摩のいずみさんのところに、コメントするつもりだった文章です。。
麒麟、ご紹介いただき、アリガト!(´▽`)ございます。
「山海経」!
昔の人はきっと、これを事実として受け取っていたんでしょうね。
なにかそら恐ろしいような気もしますが(笑)
飛行機もテレビもない時代。確かめるすべがないです。
醒めた心が「なんぼなんでもこれは」と思っても、魂に訴えてくるものがある。熱い心は、信じるほうを選ぶ。
現実と幻想のせめぎあいは、実証に妨げられることなく、心の中で続けられたのではないでしょうか。
少し前、量子論の本を何冊か読んだのですが、なんだか「山海経」な気分になりました。
科学者が高度な数学と精密な実験で得た結論。信じざるを得ない。しかし、まさか、この世界はこんなふうななのか。。
もっと訴えかけてくるのは、学者たちの情熱と軽やかさ。
だまされてるんでしょうか(;・∀・)