たら14も始まって、なかなかいそがしい今週ですが、なぜかのんびり、いまだ津原まつりをアップしてみる私です。(うちのたらは、明後日くらいに)
九十九夜は、今週はお休み。絵のストックがないし。怠ける口実もできたし(笑) 尊敬する人は山岡士郎な私…。今、日本に欠けているのは、ぐうたら社員だ!(謎叫
さて、津原泰水。彼は、才人とか奇才とかいう、キャッチフレーズで紹介されることが多いようです。
実際、作品は多種多様。少女小説からホラー、現代文学までも。バラバラ。
でも、多彩な才能で器用…というのとは、ちょっとちがう。発表の場や依頼に応じて、また意表を突こうとたくらんで、意図的に書き分けた、ということではないかもしれません。
むしろ、ひとつひとつ懸命に書いた結果、この多様性が生じたように見える。いや、多様性をたくらんだつもりが、書くうちに本気になってしまったのか。。
絵解きできるタイプの画ではないだろう。豊饒を象徴させるとか文明批判といった、能動的な創作姿勢とは無縁の作家だろう。訊ねてみたわけではないけれど、作者はただ、彼にとって本当のクロワッサンの姿を彫りたかったのだと思う。パン屋の窯よりも空中のほうが、その本来の住処として相応しかったのだ。彼の銅板王国においては。「赤い竪琴」は、恋愛小説。
同様に、ボンレスハムは腐葉土のなかで眠っているべきだし、電気スタンドは深海で揺れているべきなのだろう。(「赤い竪琴」13頁)
当惑。
津原作品を読んできたものに、めまいのような当惑をもたらします。過去作との距離と連続を計りかねる。
津原まつりの隠された狙いは、二冊目、三冊目に「赤い竪琴」を読んでいただき、この当惑を味わってもらおうというもの。
前の作品も、「赤い竪琴」の作者が書いた作品として、もう一度読み返したくなります。
あるいは、ツハラは多様な作品を書いたのではなく、フィクションのおけるリアリティを一貫して追求しただけなのかもしれません。
一方では、どの本も処女作みたいなのです。
「赤い竪琴」について、語る言葉はあまりないのです。
なぜなら、この作品は過不足なく語られていて、感想や解説で付け加える言葉が見つからない。ただ、もう一度作品そのものに帰りたくなる。
何度も読むことができる作品なのです。
そう。会話がすばらしい。
「赤い竪琴」では、ほとんどのページに会話があらわれます。
登場人物たちは話してばかりですが、理解しあうのではない。ただ、相手が自分とはちがうものとしてそこにいて、自分も相手とはちがうものとしてここにいることが、深く刻まれていく。それを「理解」と呼ぶなら、理解かもしれません。
結び合うのではなく、結び合えないことを明らかにする言葉。それが恋愛の条件。ひとつではなく、ふたつであるということ。
だから、逆に、きわめて例外的な会話のない場面は、こんなふうなのです。
東京への復路、私たちの間は互いが同室に居ることを忘れてしまうほど静謐だった。会話はまるでなかった。食事に出ようだとか、散歩しようといった、ほんの僅かなやりとりですら、相手の気配を察することで替えていた。そうすることが可能になっていた。無言でいることが淋しくないし、次に起きることへの期待もない。相手が存在することになれすぎてしまった夫婦は、こういったふうではないかと想像した。二泊の船旅は、終わりかけてしまえば二時間の穏やかなフィルムのようだった。(232頁)ふたりの身体は、海底で、クジラの歌声によって、つながれています。
「赤い竪琴」には、輪廻転生という主題もあります。ツハラはミシママニアです…じゃあ、月(女)の側から書いた「豊饒の海」か…というと、そんなわかりやすさはないのです。当惑。
また、赤、緑、それに黒(玄、影)という色を追いかけると、深まる思いがあります。
それが重要なことかはわからないけれど、深読みの仕掛けはいろいろあるかもしれません。
…こっそり書いておくと、もし戦前の小津安二郎作品をリアルタイムで見てたら、ツハラを読むのと同じような当惑をおぼえ続けたと思います。彼は飛躍し続ける、しかし当人はべつに飛躍してるつもりはない。。
二冊目、三冊目のツハラ作品に、ぜひ「赤い竪琴」を。読書の至福がここに。
overQさん、こんばんは。
2冊目からの津原。あなたの(と言ってみる。。これも津原効果か・・笑)お陰で、まんまと深みにはまってしまいました。
あげてらっしゃる、上のページは私も一番好きな所です。
こんな夫婦になりたいものです。「静謐」・・・憧れます。至福の世界はどこにでも、密かに存在しているのだと改めて思いました。
本当に、overQさんに感謝。お次は、「ルピナス探偵団の当惑」ですね!当惑しつつ・・・
実は今日、『赤い竪琴』を読みました。
いえ、恋愛小説なんて普段だったらまず読まないんですけど、
なにしろ津原祭り(どっかの由緒正しき祭りみたい)ですから。お薦めに従って。
一冊目『綺譚集』を読んで正直読むのがダルくなってしまい、2冊目『赤い竪琴』でぐいっときました。
さぁて、次は…
★ワルツさん。
ツハラはやっぱり面白い、読めば読むほど面白いです。
いつかはすごく評価されることになる気もしますが、
そうなってほしいような、自分だけのツハラでいてほしいような(;・∀・)
赤い竪琴は、読み返すたび、発見があります。
計算なのかそうでないのかが、はかりかねるのも、不思議です(笑)
さて、ルピナス。表面は楽しいですが、底は深い。
少女小説のもっている危険な裂け目が、黒々と開いています。
推理物も平然と書ける、謎のツハラ。
読者の声でよみがえった、少女作家時代の作品だそうです。
少数だけど、いい読者を持っておられるようです。
★nyuさん。
次は、ペニス…をおすすめしたいです☆
でも、またしても迂回すると、きっと面白いと思います(汗
まずは「蘆屋家の崩壊」のほうをめぐってみて、それから「ペニス」。
「蘆屋家」は意外に傑作ですが、最初読んだときは、それがわかりませんでした(笑)
「ペニス」は現代文学で、ツハラが文学のことをよく知ってることもわかるし、
ポール・マカートニーとチャイコフスキーが好きなこともわかります。
こんなジャンル横断な書きかたしてたら、なかなか読むべき人のところに作品の情報がいかないので、
まっとうな評価はまだまだ遠い気がします(´ヘ`;)
読みました。赤い竪琴、今トラバピーポーで
色んな人の赤い竪琴に関する感想を読んで
私が理解できなかった意味が分かりました。
これは輪廻の話だったのですか!?
どこにそんなことが書いてあったのでしょう?!
私はページを飛ばして読んだのでしょうか?!
もの凄いトリップ感を味わいました。
惑乱されている私がいます。
読解レベルをあげるべく次は妖都に挑戦です。
ますます混乱するのでしょうか?!もはや癖になりつつあります(笑)
ふっふっふ。
わけわかんないでしょう、ツハラヤスミ。
輪廻は、死んだ詩人と祖母の恋愛が、主人公たちの恋愛として、再現しているわけです。
赤い竪琴は恋愛小説だけど、
妖都はわりとすなおにホラーです☆
表紙がアート風ですが、中身はアメリカのクーンツとかみたいなパワフルなホラー。
でも、リングみたいなジャパニーズ・ホラーのような隠微さはなくて、
そのせいでホラーブームにうまく乗り切れなかったように見えまする(;・∀・)
微妙に時流に乗れないツハラかも…。
はじめまして。
これが初津原さんだったのですが、よかったですー。
実は津原さんを知らなくて(恥)、てっきり恋愛小説を書く方だと思って検索して、
びっくりしました。でも、他の作品も読んでみたくなりました!
★juneさん。
ようこそいらっしゃいましたヽ(´ー`)ノ
津原泰水さんはたいへん変わった作家で、
一つ一つの作品が別人の書いたものかと思うくらい、ちがっています。
もとは少女向けのティーンズノベルを書いていた人。
今はあまり有名な作家とは言えないけれど、
とても力のある人で、きっとそのうち、彼が白鳥であることに多くの人が気づく時が来るように予感します☆