AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 九十九夜 第76夜 「まなざし」

九十九夜 第76夜 「まなざし」

written by overQ
June 13, 2005

津原泰水まつり。
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今日のツハラ情報。
ツハラは、昭和39年生。恩田陸さんと同い年かな。
二十代の頃は、津原やすみ名義で、少女小説を書いていたらしい(私は読んだことないんですが)。
その際、彼は、彼女だったらしい。つまり、女性作家として、書いてた模様です。
実際、多くの作品で、そこはかとなくジェンダーが微妙です。

さて、今夜の九十九夜は、「まなざし」。
まなざしって、漢字では眼差し。水差しみたいに、注ぎこまれる何ものかがあるのでしょうか。上から下へ、あるいは下から上へ。

まなざし

まなざし

大きな町だった。
雑踏をかき分け進むうち
ある違和感に捉えられる。
何かがおかしい。
しばらくして気づいた。
道行く人のそれぞれが
みんなちがう方向を向いている。
まなざしはすれちがい
見つめあうことも
ぶつかったり
交錯したりすることもなく
それぞれのあさってを向いている。

奇妙な町だ。


私は急に大胆になって
出くわす人と目線を会わせようとした。
しかし誰も彼も
すっと顔を横にそらす。
目と目が会いそうになる寸前で
水銀をつかむように
すうっとよその方によけていく。

小一時間も歩いていると
まるで一人きりで
歩いているような心持。
叫びを上げてもその声は
視線同様、誰の耳もすり抜け
虚空の彼方に消えるだけ。
雑踏の只中というのに
孤独の思いに胸ふたがれ
うめくような心地で
目を閉じた。

すると、どうだ。
まぶたの裏の闇の中
いっせいに無数無限の視線を感じる。
目を開くのが恐ろしい。
いまや世界を観客として
ひとりきり舞台の上にある。
激しい動悸と眩暈のうち
私は町がひとつの
巨大な眼球であったことに気づく。
すべてをその視野におさめるため
人々は一致せざるまなざしで
事象のことごとくを捉えた。

こんな瞳から
隠しおおせるものなど
ありはしない。
私は裸であり
当人さえ見知らぬ隅々まで
しっかり監視されている。
もはや目を開いたところで
私は自身を自分の目で
見ることはできないだろう。
かのものが瞬きし
私を見据えた。
その目が閉じれば…
私は消える。



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コメント

こんばんわ
結末を読んで驚きました。
内容は
主観と客観が混ざり合ったような
ピアニストが心の中でメトロノームを奏でるような
不思議となじんでしまいました。

生きたテレビのような感じですね
チャンネルを回すと以前まで見ていた世界から
パッと別の世界へと進んでいってしまうみたいで
やっぱりどこか寂しくも感じました。
目が合わないこともそうですけど
瞬間で世界が変わってしまうことにも
慣れてしまったことです。

絵の表現も素晴らしいですけど
文章にも心を打たれました。
なんだか感動させられっぱなしです。
でもありがとうございました。

Posted by: persian : June 13, 2005 10:02 PM

こんばんは☆

この作品はじつは、自分でもよくわからないところ、多いです。
夜見る夢。自分が見ているのですが、自分(の意識)が作ってるとは言いがたいもの。
創作も、かなりの程度は、夢と同じ物質できていて、それがどこから来るかはわからないのかもしれません。

でも、それも含めて自分自身といえば、それはそうでもある。
まなざしのやってくる彼方も、そんなふうに、わかるようでわからないつながりがあるようにも、感じられますね。。

Posted by: Site icon overQ : June 14, 2005 11:19 PM
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