AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: SF作家 広瀬正

SF作家 広瀬正

written by overQ
July 2, 2005

マイナス・ゼロたら14「時の文学」で少し触れた「マイナス・ゼロ」。かっこーさんも取り上げておられましたヽ(´ー`)ノ
作者の広瀬正は、1924年生まれのSF作家。72年に急死。
ちょうどSFが大ブームになりはじめた矢先であり、生きておられたら、小松左京や星新一、筒井康隆らと並んで、日本SFの一角をになう存在だった人。葬儀には、当時のすべてのSF関係者が出席し、その死を惜しんだといいます。

★広瀬正の経歴

経歴はすこし変わっています。
作家をはじめるのは、40歳近くになってから。
それ以前は、「広瀬正とスカイトーンズ」というバンドのテナーサックス奏者。借金でバンドの維持が難しくなり、作家に転向。
処女長編「マイナス・ゼロ」は65年(41歳)にSF同人誌「宇宙塵」に発表。
しかし、出版関係からの反応がまったくなく、以降5年は断筆。
その間、クラシックカーのミニチュアモデルを製作して、ヨーロッパに輸出する、というようなこともやっていたようです。
70年、「マイナス・ゼロ」出版。翌年も「ツィス」「エロス」と傑作長編を次々にあらわし、三作とも直木賞候補に。司馬遼太郎選考委員のプッシュにもかかわらず、受賞には至らず。この賞にSFは、まだ時期尚早だった。
72年、出版社に向かう途中、路上で心臓発作にみまわれ、急死。47歳。

集英社文庫に六冊の「全集」があります(現在、入手困難)。

小説以外にも、ハインラインのタイムパラドックスSFの極限的な名篇「時の門」を精密に解説したエッセイ(「時の門を読む」)なども収められています。

★三大長編

マイナス・ゼロ」「ツィス」「エロス」。
題名からだと、クールでハイテクな感じがするでしょうか。
しかし、内容は、昭和ノスタルジー。星新一は、広瀬作品をジャック・フィニイの日本版といっています。

「マイナス・ゼロ」と「エロス」はタイムマシン、タイムパラドクス、あるいはパラレルワールド物。
そこで描かれるのは、昭和初期の日本。
大正13年生まれの広瀬は、まだ幼児。大正末から昭和初期の、華やかな東京を直接知っているわけではない。
しかし、銀座に生まれ、銀座に育った広瀬。昭和日本が戦争に足を突っ込み、敗戦への道をひた走る中、オトナたちは広瀬少年に、「昔のギンザはすごかった」というような話をよくしたにちがいありません。

「ツィス」は、パニック物。
音が聞こえる。空耳かと思うが、町中にかすかな音。それがだんだん広がっていきます。音は大きくなり、やがて人が住めないまでになっていく。。
ツィスというのは、Cシャープのドイツ音名。とても変わった主題で、こんな話でこんな面白い長編が書けるのかという、SFのもつ「あたらしさ」の典型。
司馬遼太郎を感嘆させた名作。今読んでも、ますます斬新です。

★ミシマとヒロセ

三島由紀夫とほぼ同世代。そして、同じ頃に亡くなった広瀬。
ミシマも東京の人で、オトナから「むかしの東京の華やかさ」の話をよく聞いたといいます。

ミシマとヒロセを比べるのは、なかなか興味深いです。
ミシマは大蔵官僚を一年足らずで辞して、二十代で作家の道に転じる。昭和の文化的ヒーロー。
ヒロセは、日大工学部出身。理科系の大学生には、兵役免除期間があったので、この道を選んだと、当人は言っています。
テナーサックスを演奏し、やがてキャバレーで進駐軍相手に仕事をするようになる。作家デビューはほとんど40になってから。
ミシマはその頃には、もう「終わり方」を計画し始めていた。
ミシマが自決する頃、やっとヒロセは直木賞候補となり、「はじまり」を見出しつつあったさなかでの、急死。

ミシマの「過去」は、理念的・観念的。
自分が「成功した作家」として生きるのは、腐りきった現在。
「本当の価値」は過去にしかない。でも、その過去は、もしタイムマシンで戦前に行けたとしても見つからない。…そんなタカをくくっていたと思えます。コドモ心が、オトナに吹聴されたものから、過剰に仮想した意味や価値。それを追い求めることの限界。45歳、魂の曲がり角。

一方、ヒロセの戦前は、きわめて物質的・商品的です(笑)
流行したタバコの銘柄とか、クルマとか、服装とか、町並とか、バーの名前とか、
そうした都市の細々した具体的な事物によって、戦前の価値・意味は構築されています。
それは取り戻せないけれど、確実にそこにそれとして実在した。そのこと自体が価値であり、意味である。
小さきものへのノスタルジーが、広瀬作品の魅力。

小説を書くため、莫大な量の戦前の資料を集め、銀座の通りに並んでいた店の名前を、そらで言えるほどだったという伝説もあります。

★広瀬正のサイエンス・フィクション

もうひとつの広瀬正の特色は、SFとしての正統性。
「マイナス・ゼロ」「エロス」「ツィス」は、それぞれ、タイムマシン・平行世界・パニック(擬似イベント)というSF的主題を扱う。
そして、それぞれがその主題のお手本となる作品。

工学部出身で、ミニチュアカーモデルの製作者だった広瀬。いたって理科系なのです。
ラジオやテレビのきわめて実際的な知識が出てきます。高度だけど、難渋でなく、人の手のあたたかさがある。
「ツィス」では、音響学の興味深い知識が次々にあらわれます。
世界が事物からできている、事物の中で人間は生きている、という当たり前のことへ読者を導きます。
徹底的に「事物の本性」として、科学技術的に物事を調査する。それが人間の具体的な日々の営みと一致していることを、ていねいに解き明かしていきます。
ほのぼのとしたテクノロジー。これが日本の理科系が、かつて持っていた豊かさ。

ノスタルジーとテクノロジーの共存。
これは、ほかの日本SF作家には、ありそうでないもの。部分的にしか達成できなかった。
それを広瀬正は、あふれるばかりに持っていた。テクノロジーは批判されない。批判の対象ではなく、自分の手中にあって、育て上げるものだったから。

今は絶版だけど、またそれほど遠くないうちに、再版されるのでは、広瀬正全集。
「マイナス・ゼロ」や「ツィス」は、映画にすると面白そうです。昭和初期の町並を再現するのは、「スパイ・ゾルゲ」があったけど、「マイナス・ゼロ」はさらに細かい事物に入っていけるので、挑戦しがいがあるのではないだろうか。
あと、評伝を書くと、きっとすごいにちがいないと思います。彼の経歴こそ、まさに昭和を体現するもののひとつ。まだまだ面白いエピソードが無数にありそうです。


[参考サイト]
広瀬正について…広瀬正について、今得られる情報のすべてが、とてもよくまとめてあります。略年譜も面白いです。これ以上のことは、新たに調査しないとわからないのでしょうねぇ。誰かトウキョウな人、調べてほしいにゃあ。。
広瀬正・著書目録



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コメント

広瀬正はそれほど読み込んだ人ではないのですが、いろんなところで名前を聞く作家です。
若くして亡くなってるんですね。リンク先から飛んでみて初めて知りました。
今回のたら本のお題となんとなく通じるものもあり、読み返してみたくなりました。

Posted by: Site icon NARU : July 3, 2005 8:33 PM

NARUさん。

「マイナス・ゼロ」と「ツィス」と読み直してみました。
やっぱりとても面白い。
「ツィス」は、前読んだときは気づかなかったけど、戦争のメタファーになってるように読めました。
解説でも、司馬遼太郎が、そのように読めることを、ほのめかしていました。
「マイナス・ゼロ」も、戦争を直接描くことはしないで、昭和初年代の東京と、30年代の東京を描いて、その間は空白にしてあって、
逆にそのことで戦争というものを強く意識させるようになっているように思いました。

Posted by: Site icon overQ : July 4, 2005 6:28 PM
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