夕暮れ。
クルマを運転していると、右の足首に猛烈なかゆみがおそいました。
それはもう、人生でこれまで経験したうち、三番目くらいのかゆみでした。
萩井…という友人はいないのですが、ハギイイイッ!と叫び声があがるほどのかゆみ。
虫がね、かんでるんです。
かんでいくのがわかる。
虫が、足首の辺りを、次々にかんでいく。
しかし、運転中。かくことができず。
萩屋という知人はいないですが、ハギャアアアアアッ!!という叫びが車内に満ちました。
もうね、いいよ、事故っても。
かゆいところが、かければ。かきむしることができたら。
悪魔がいたなら、喜んで、魂を売り渡していたでしょう。
散髪屋さんがいたら、「かゆいところありませんか」と訊ねるよう、胸倉をつかんでいたでしょう。
オプションで足首掻き装置があったなら、車両全体の二倍の値段でも、取り付けていたでしょう。
そして、ようやく、クルマを止めて、かこうと思った頃には、もうかゆみは下火に。
人生そういうもんですよ、と杉田かおるの声で幻聴が。
さらに、クルマを走らせてみれば、当然のように、かゆみはぶり返すのでした。
諦観に至りました。
人として、ひとつ高いステージに達した気がします( ;´Д`)
南無三。バルサン。
というわけで、今夜の九十九夜は、「河童川流」。河川流童もアリ。
カッパものは二回目です。つづきなのだろうか。。
河童川流
満員電車で運良く
席にありついた。
幸運だとほくそえんでいたら
カッパが来て、割り込まれた。ぎちぎちに詰めて座った
満員電車の座席である。
目の前にだって
立錐の余地もないほど
人々が黙々と林立している。
そのあいだをカッパが
例のぬるぬるした緑色の体で
すり抜けてきたかと思うと
隣のなんのすき間もない場所に
体をすべり込ませ
じわじわと押し広げて
カッパの尻の分だけの空間を確保。おそるべき技だ。
とはいえ褒める気など
毛頭ない。
うかうかしてはおれない。
そして始まる例の饒舌。キュウリくさい息を吐きながら
慇懃無礼な調子であれこれ
かたりまくる。
目を見てはいけない、つけ上がる。
期待されてると勘違いして
ますますあることないこと
口喋る。
しかし、つぶらな瞳。
水気が多いせいで
いつも潤んでいるのだ。
下から覗き込むように見つめて
目が合うとパチパチまばたき。
別れ話を持ちかける時期の
心がさも通い合ってると錯覚させる
恋人の表情のよう。
それでいて話の内容といえば
丁寧なのに
無礼極まりない。
へりくだっているのに
とことん横柄である。「いやいやいやいや。
申し訳ございませんです。
はい」
殴りつけて
皿を割ってやりたい。
カッパがなぜに
電車に乗るか。
川を使えよ、川を。
カッパだろうが。
カッパのくせに。
「まことにあい
すまぬ限りでございます。
いえカッパのくせに
電車に乗るような
大それたまね
仕出かしまして
申し訳ない限りでございます。
カッパのくせになぜ
川を使わないかという
ご指摘お叱りも
おありであろうかと
存じ上げます」カッパは人の心が
読めるわけではない。
しかし意味もわからぬまま
人の言葉を先読みして
反論の切っ先をくじく。
カッパはひどく饒舌だが
カッパ自身に言いたいことが
あるわけではない。
カッパはただただ
人の言わんとするところを先取りし
口喋るだけ。
いわば人の思いの残像。
カッパ相手に
口げんかしてみたところで
勝てるはずもない。
自分自身と格闘するようなもの。
右に振ろうが
左に走ろうが
ぐるっとめぐって
輪舞を繰り返すばかり。
一人相撲というわけだ。満員電車で大声で
しゃべり続けるカッパ。
車両の全員に
自分の話を聞かせるつもりだ。
つまりは車両に密集した
数百人の言語をことごとく先取りし
でたらめに編集しては
口から放出しつづける。
反吐のように
カッパのおしゃべりは
延々とつづく。嗚呼。
そろそろ次の駅に
着いてもいい頃なのに。
いや、とっくのむかしに
着いていなければおかしいではないか。
「おかしいですね。
おかしいです。おかしいですよね。
どうなったんだろう、次の駅」
悪い予感がした。
「悪い予感がしませんか?
いや何もご心配には及びません。
及びませんとも、むろん。
よろしいですか、大船に
乗ったつもりで。
大船に」
とカッパが船に言及した途端
電車が揺れ始める。
いやこれは。
電車の揺れ方ではない。
どんぶらこ。
「どんぶらこ。船のように
揺れているのでございますから
まさしくこれが大船に乗ったつもり。
ミシシシシシシッピ」
笑っているらしい。
カッパの思う壺である。
どこへ行くつもりなのだ。
「あ。あなた。
さっき私の皿を
割ろうとしたでしょう」
上目づかいに見上げるカッパ。
その皿に私の顔がうつっている。
鏡のようだ。
「鏡のようでしょう」
私がカッパなのだ。
他人の言葉が窓を割り
濁流のようになだれ込んでくる。
自分の内面なのに雑踏に蹂躙されて
社会往来のようだ。
孤独な場所がたちまち
市場になる。
泥舟。ぶくぶくぶくぶく。
「連れて行くヨ、連れて行く。
そうでしょう。望んだネ。
そうでしょう。うそでしょう」
私心はない、カッパなのだ。
無私そのもの。
川を流れていく。
彼の岸にたどり着けるかどうか。
「それはもう。
みなさまのお心がけしだいで」dedicated to junichiro k
わ〜い!こちらは、にこたんですか?
それも、角度が違う!嬉々
このお話、好きです〜
鏡系が好きなのだとわかりました。
河童といえば、先日、取材にいった古書をたくさん持つ図書館が所蔵する「本草図説/高山春山」の中にも、
すごく克明に描かれていてびっくりしました。
幕末の頃の博物学の書なのですが、様々なリアルな動植物とともに、河童がいるんですよ。
河童の起源って、どの時代からなんでしょうか?
かっぱ=水虎 って書くんですよね。
ここにおられる河童さんも、まさに、水虎ですね。
picoさん、こんばんは。
本草図説の河童、すごいですね。
この絵はいろんなところで何度か見たことがあります。
見て書いたみたいにリアルなのが、うさんくさくて面白いです(笑)
河童のミイラがよくお寺などに残されてますが、
あれは江戸時代末期に、外人さんたちに売りつけるため、いっぱい作られてたそうですね。
たぶん業者みたいな人たちもいたんでしょうか。
博物学は言ってみれば詳細な「おみやげ」なので、
日本の珍しいものをもって帰りたい外人さんに対して、
お土産屋さんがいた…ということなのでしょうか。
この抜け目のない人々のことを、小説にして書くと、面白いのではないかと、前々から思っています。。
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