玄奘「大唐西域記」(東洋文庫)をパラパラとながめてると、こんな記述に出会いました。
「印度」とは、唐で「月」ということである。月には多くのよび方があるが、「印度」というのはその一称である。その意味は、もろもろの生あるものは輪廻してとどまることがなく、その無明の長夜には晨(あした)を告げることもない。それはあたかも、白日が隠れてしまうと宵のともし火が光をひきつぐようなもので、たとえ星の光が照らすことはあっても、どうしてはっきりした月の明るさにおよぼうか。まことにこのような道理により、これにちなんで月にたとえたのである。実にその地の聖賢が遺法を受け継ぎ、凡人を導き、物を治めるあり方は、ちょうど月が天下を照らすものであり、この意味からこの地を印度というのである。
インドは、月。月の光。大唐西域記は、玄奘(三蔵法師)が旅した西域の国々の地誌を記したもの。
後の時代の、マルコ・ポーロやイブン・バットゥータの旅行記がもつ、詳細さやリアルさはないけれど、代わりに神話的な感触がある。そして、格調の高さ。
玄奘が自分の足で歩いた地方だけでなく、書物を頼りに知ったことがらも、多くののせられています。
ちょっとドン・キホーテのよう。
本の人だった玄奘。「リアル」が、本の中にこそあると思いがちな人だったか。経典を求めた人。言葉の人。
書いているうちに(弟子に口述筆記させたらしいですが)、言葉の持つリアリティ(=フィクション)の真理性に惹かれることもあったかと。
引用した箇所は、インドの名前の由来について記しただけのはず。でも、すでに仏法について、根源的理解の気配がただよっていて、ちょっと感動的。
太陽のない世界では、太陽の存在を知ることはできないし、太陽について語ったり考えたりすることさえ、不可能なのかもしれません。月の光は、けっして太陽があることを「証明」するわけではない…「豊饒の海」の作者は、これに似た思いをもっていたかとも思ったり。
玄奘をモデルに、フィクション(西遊記)を書きたくなった作者の気持ち、なんだかわかる気がします。ちょっとモダンな感じがします。
新シルクロードでやってた鳩摩羅什の話も面白かったけど、玄奘三蔵もすごいなぁ。
(しかし、仏典漢訳者としては、鳩摩羅什のほうが一枚上手なんでしょうか。最近、法華経をちょっと読んだのですが、現代語訳の部分を読むと、全然面白くないのに(笑)、漢訳で読むととてつもなく深遠。同じ意味が書かれているのに、これはいったい。翻訳ということの謎が深まる深まる。)
[創作のためのメモ]
玄奘の旅はとても神話的。
かたくなに経典を求める、なかば病的な人物・玄奘。彼にとって旅の苦難は、真理を求める苦難に思えたにちがいない。
しかし、ここは夜。無明の世界。旅のいちいちの瑣末な苦労が、「法難」に見えるのは、とんでもないドン・キホーテ的錯覚かもしれない。「真理」のありかは知れないのだから、ほんとに「法難」なのかどうか。
お供の弟子たちの立場は微妙。師匠のせいで、死ぬような目に合わされる。いや、実際、死ぬ。
玄奘自身、自分の狂気を思うことはあるはず。無明の世界では不可避な「幻」。
フィクションとリアル、信仰と幻滅が、交錯する現場としての、求法の旅。