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悪書のあるわけ

written by overQ
October 30, 2005

最近、図書館で見つけて、気になってる絵本、「そだててあそぼう」シリーズ。
ホウレンソウとかトマトとか、おうちで育ててみましょうっていう、いわばお子様農業絵本。
個別の作物について一冊になってて、なかなか充実した内容です。

カイコの絵本そだててあそぼうすでに長大なシリーズで、品目もどんどん増えています。
中にはかなり驚くべきものも「そだててあそぼう」になってます。
例えば、サトウキビとかお茶とか。
綿とかラッカセイとか。
あるいは、カイコとかミツバチとか。
おうちでお子さんがミツバチの繁殖をはじめた際の、ご家族における大騒動が想像され、ブラックにほほえましいです。

肉牛の絵本そだててあそぼういや、蚕や蜂くらいなら、まだかわいいもの。
アイガモ、豚、ヒツジ、乳牛もありますヨ。毎朝、新鮮な牛乳を飲モー。
そして、乳牛があるくらいならば、もちろん、肉牛もあるのです。
ページをめくるのが恐ろしいような、果たして「育てて遊べる」ものなのか、大いに不安と好奇心を誘う内容となっております。
珍しいペットが逃亡して、よくニュースになってる今日この頃です。街角で暴れる猛牛を見かけたら、それは「育てて遊ぼう」シリーズの影響によるものかも。
その際には、「闘牛士になろう」という本を見つけだすことで対処可能のはずです(職業訓練物も絵本が多い)。

  +

虫を食べる人びとまあとにかく、最近大きい書店や図書館に行くと、ほんとにいろんな本がある。
こないだ、「昆虫食」の本を探したのですが、こんなジャンルの本でも、十冊以上あるようでした。

聞くところでは本全体の販売部数は減少傾向なのに、本の種類は増えてるんだそうです。
少部数ずつ、さまざまな本が出版されてるらしい。

変わった本を見ると、誰がこんな本を買うんだろうと、ちょっと不思議な気持ちになったりもします。
でも、一万人に一人の趣味、というような特異な嗜好だって、一億人いれば一万人の同士がいるということ。ユーアーノットアローン。人間の多様性は計り知れない。

それに、もし誰も買わなくても、きっと図書館が買うのです。

調べたわけじゃないけど、全国の津々浦々の図書館・学校などの書籍購買が、最近の出版をそうとう支えてるのかなと、憶測。図書館、いっぱいありますからね。
公的資金で支えられる出版状況、とでもいうか。ほんとのところ、どうなんでしょう。

図書館の購入が当てできるなら、気まぐれな読者市場を相手にするのとは違って、出版社は売れ行きの予想が立てやすい。
どんな感じの本が、日本全国でどれくらい売れるか、おおよその見当がつく。
復刊ドットコムというのがあるけど、あらかじめ売れる部数がわかってれば、少部数だけ本を作っても、商売になるってことなんでしょうか。

シリーズ物や全集物、大型本で高額なものも、作りやすくなるはず。図書館の場合、シリーズ物を分冊で一巻だけ買う、というような購買行動はありえないし。

消費の現場と生産の現場で情報を共有し、在庫を最小限にする、というインターネット時代の商売のトレンドにもかなっています。在庫最小限の出版。

最小部数だけの出版だと、発行されてすばらくすると、本屋さんからは消えてしまいます。
でも、ネットを活用すると、わりあいカンタンに探し出せるというのも、いまや事実。
昔は、学者さんが論文を書くとき、関連図書を古書店に頼んで集めてもらい、論文を書き終わると、また売り戻す、ということをしたそうです。
今はそれが個人でもできるので、気難しい古書店主と付き合う必要もなくなっているかもしれません。ありがたいような、ザンネンなような。
本は足が速くなり、本棚で死蔵されるとは限らず、いろんな人の手をわたっていく。

  ++

ふしぎ猫プドレンカよみがえる珠玉の名作マイナーな変わった本だけじゃなくて、良書も、まずまず増えてるんではないでしょうか、各ジャンルで。
外国文学の翻訳だと、最近、カレル・チャペックがすごくいっぱい出てるなあと思いました。
SF作家のスタージョンも、何冊か、新らしい翻訳を見かけるようになった。ブローティガンもよく見かける。ボルヘスも今頃になって、翻訳が充実してきた。
ブンガクのみならず、他の多くのジャンルでも、その道に詳しい人が良書と思えるような本、増えているのではないかと推測します。実際どうなんでしょう。

スタージョンといえば、スタージョンの法則というのがある。
「SFの90パーセントはクズである。あらゆるものの90パーセントはクズ」
逆に言うと、90パーセントのクズを生み出せる環境で、やっと10パーセントのまともなものが生まれるってことなんでしょうか。
ちょっと似たような話をライプニッツも書いている。
千冊の蔵書があるとき、千冊すべてが良書(たとえば聖書とか)ばかりである場合と、聖書は一冊で、あとの999冊は悪書であるかも知れない雑多な本である場合。
どちらがよりよい蔵書かといえば、後者である、と。
これは、なぜ神の作ったこの世界に悪はあるか、という問いに答えたもの。
悪の存在証明としては説得力がいまいちにしても、良い図書館や良い出版状況における、悪書の存在理由の説明にはなっていそうです。

図書館は、知識や情報、読書の楽しみの、公正な分配・共有に寄与するもの。
税金でまかなわれているので、近い将来、自治体の財政が縮小すると、削減されちゃうのかもしれません。
京都市の図書館の蔵書数は、平成15年度には1604991冊だったのが、平成16年度には1651905冊になっています。
四万七千冊くらい増加。まあでも、公共事業としては安上がりなほうですかね。

  +++

読者の立場からだと、少なくとも、絶望的に悪い出版状況、というわけではない。むしろ、まずまずいいほうなのかもしれない。
まあ、出版されてる書籍の全体像を把握してるわけではない(というか、ほとんどすべて把握してないと胸を張っていえます)ので、なんとも言い難いですが。

でも、業界としては、市場は縮小傾向なんで、明るい未来というわけにはいかないでしょう。

出版物の販売金額は、96年をピークに減少傾向。ただ、昨年度はちょっとだけ増加したそうです。
これはリサたんとか、セカチューとか、ハリポタとかの、メガヒットのせいだとか。
つまり、ほんの数点のベストセラーが、出版全体の売り上げを左右できてしまう。七万五千点くらいの出版物があるというのに(笑)
ほとんどの本が、いかに少部数しか発行されてないか。

本は読んだ後に買うのじゃなくて、読む前に買う。
だから、中身とは関係なく、ベストセラーが生じる可能性があります。中身じゃなくて、何らかの指標によって判断して買うほかない。今熊野商店街の京屋のコロッケなら、中身をよく知ってて買うのですが。
まあ、クルマとか家とか、はるかに高額な商品でも中身がよくわからないまま買うし、恋人や友だちなど人間関係ももしかすると同じかも。
親子とかになると、中身が悪かろうが、取替えがきかない。いや、全然、違う話ですね、それは。

・売り上げ全体の減少傾向。
・出版点数の増加。
・中古・新古本の流通(ブックオフとかネットで)。
・メガヒットが生まれやすい。

などが、最近の出版の特徴のようです。

中身のないベストセラーを出し続ければ、結局、読書離れを生むだけ。
…理屈ではそう考えられます。

でも、たぶん、ベストセラーを買う人の行動原理は、そうじゃない。
うちの姉がそうですから。子どもの時、山口百恵「蒼い時」を買って以来、えんえんとベストセラーを買い続けています。話題作、タレント本、映画化ドラマ化、有名人の愛読書、でっかい広告、最近だと骨盤ダイエットなど、ネギをしょった鴨の買い方。
しょーもない、ダメや、あんなもん、なんやコレ、話にならんわ、途中で寝てもたで、お金返してもらうわ、ソッコーでオークションで売るわ、と何度も何度も何度も何度も文句を聞かされました。
特に文芸物でつまらなかった時は、電話をかけてまで、私に報告してきます。なにか義務感に駆られているかのようです。
不思議なことに、「あれもしょーもなかったで」と繰り返しいわれると、なんだか自分が非難されているような気がしてくるのです。
ハリポタやら松本人志の著作やらの弁護を、電話口でなぜか引き受けている私。
「なんで、こんなもん、売れてるねん」
それはね、アンタが買うからだ(と心の中で叫ぶ)

しかし、だまされてもだまされても、ベストセラーバイヤーはけっしてくじけない。
話題作の噂を小耳に挟めば、またぞろ目を通したくなるらしいです。
でも、姉のことをそんなに笑えるものでもないのです。
カフカとかボルヘスとかいう名前が踊ってると、その本は読んでみたくなる私。似たような購買行動です。

こんなにたくさんの本が出ている以上、その中にはきっと、自分が読んでみるべき本もたくさんあるはず。
でも、出会えるかどうかは、最終的には運しだいにちがいない。年に七万種類以上の本が出ているのですから。人の出会いと同じかな。どこかであきらめが必要となる。

…と、今まであまり考えてみたことがなかったことについて、憶測でいろいろと書いてみました。
この手のことって、ネット上にもっと情報があるんでしょうなあ。統計とかも。
それに、なんか長く書きすぎましたね。久しぶりのブログで、ペースがつかめん(笑)



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カレル・チャペックとボルヘス、ブローディガンは、
とても好物です。
秋が深まると、脂がのってきて、おいしいんだな、これが。
園芸家12ヶ月は、ベランダー必読書だと思っています。
ボルヘスは、一度文庫化されても、すぐに廃盤になったりして、悔しい思いをしたことがありました。
ブローディガンの真似をして、西瓜糖の日々を送っていたら、虎に襲われかけました。
虚実ないまぜです。

Posted by: Site icon ne_san : October 30, 2005 10:51 PM

チャペックは、どうしたことか、すごい勢いで出てますね。
チャペック兄者の絵のせいもあり、物体としても美しい本が多くて、贈り物にもしやすいです。
私が、はなまるカフェに出たら、今週のおめざで紹介したい(笑)
年内にはなんとか、翻訳全部、読みたいなあ(カフカから解放されたいw)

ブローディガンは、ブロー「ティ」ガンなのか。
つづりはTだし、ほんとは「ティ」なんだけど、私も「ディ」として記憶してました。(検索しても、多くの人がそう)
村上龍はデビュー二作目「海の向こうで戦争が始まる」のあとがきで、ブロさんと会って、「作家は三作目からが大切だ」と怒られた話を書いてます。
そこでの表記は、「ディ」。つまり、当人の前でもディと発音してたはず。

アマゾンで検索すると、ブローディガンではヒットせず、「ティ」のみ。
新しいブロー「ティ」ガンの出現を暗示するような。

ボルヘスは、今頃になって、翻訳が出揃ってきました。
あとは、「続・審問」を待つだけ。
ボルヘスは、オリエントの虚実ないまぜ世界に通じた人なんだ(モダニストじゃなく)というのが、よくわかってきました。
少しうがった見方をすると、「ブストス=ドメックのクロニクル」と「七つの夜」が、ボルヘスの真の傑作かもしれません。


Posted by: Site icon overQ : October 31, 2005 9:58 PM
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