今、キーボードを叩く、その指先が、痛い。
その原因は、深爪。
なぜ、深爪してしまったか…といえば、それは、最近読んでる「正法眼蔵」の、この文章に由来するのです。
十指の爪を切るべし。十指といふは、左右の兩手の指の爪なり。足指の爪、同じく切るべし。
經にいはく、爪の長さもし一麦ばかりになれば罪をうるなり。
しかあれば、爪を長くすべからず。爪の長きは、おのづから外道の先蹤なり。ことさらつめをきるべし。
−道元「正法眼蔵」 第五十四 洗淨
「ことさら、爪を切るべし」
激しい言葉です。ことさらです。道元です。
この後にも、故事を踏まえて、長い爪がいかに道を外れた行為であるか、滔々と述べられています。
それはあたかも、東光特等少年院に送られた矢吹丈にあてて、丹下段平がよせた、明日のために(その1)、
「やや内角を狙い、えぐりこむように打つべし」
にも匹敵する冷徹なる激しさ。
それで、切ったよ、ことさら、切りに切った、爪。
深爪で、キーボード入力するたび、いちいち痛いよ。
…( ゚д゚)ハッ!、思わず、道元に喝を入れてしまった(ナイアガラ滝汗
ともあれ、「洗浄」という章では、この後、野グソをしたあと、どうしたらきれいにできるかについても、事細かに語られています。
ちょっとよけいなお世話です。自分で何とかしますって。できますから。仏陀がクソベラであろうとなかろうと。
喝ッ!
難解で知られる正法眼蔵ですが、こんなのもあるんです。
道元に喝(ツッコミ)を入れながら、読んでみるのって、そんなに禅の本質から離れてないのではないか、ともシロウトの怖さ知らずで思ったりもします。
仏教って、維摩っていう無謀なアキンドが、強烈なツッコミを入れることで、引きこもりがちな小乗から、大乗の慈悲に出られたという病歴を持つのだから。
正法眼蔵入門、おすすめの一章です(* ^ー゚)
P.S.ジョーヤブキのノーガード戦法は、禅だ。(ホセ・メンドーサ)
いや、overQさんに先を越されてしまいました・・眼蔵ネタ・・。
親鸞さんや日蓮さんなんかもそうだと思うのですが、あのころの「天才宗教家」たちの吹っ切れぶり(?)は凄みがありますね。
道元さんは、おそらく超きれい好きだったのだろうと想像できます。中国人の口臭に辟易している箇所もあったりして、ほほえましい(?)です。
あと、道元さん、悪口も徹底的ですね。潔癖な人だったんだろうなぁ・・えてして天才とはそういうものでしょうか・・。
正法眼蔵、今、講談社学術文庫の現代語訳のところだけ読んでいます(汗
現代語訳だと、超高速で読めてしまい、ちょっとビミョーなものがありますね。
でも、原文だと難しすぎて、これまでも何度かトライしたのですが、全部を読み通すことは出来なくて。。
原文で読むと、わからないなりに、自分の思いを重ねて読み取ろうとするので、
とくに何らかの「救い」を強く求めてる時などには、
求めている何かをかえって見出せる…ということはあるかもしれないですね。
道元は文体と論理の運び方が独特だなあと、今はすごく感じています。
とにかく強いです。ドリルで掘削していく感じ。そして、硬い岩にあたるのが好き。
これは、道元の中国語体験と関係があるのでは、と推測しています。
(この文体の話は、短く書けそうなら、また記事に書いてみたいです。)
道元さん、よっぽど爪が伸びてるのがお嫌いだったんですね。「ことさらに」って。
なんとなくこの文だけ道元様、熱く語ってらっしゃるし。
(。・w・。 ) ププッ
現代のネイルアートをなさってるお姉さま方をごらんになったらどうおっしゃいますでしょうかね。道元様。
Posted by:ろぶさん、こんばんは。
難しいと思って、読みかけてはやめてた「正法眼蔵」。
最近、現代語訳が出てるので、それでわりとすんなり読めてます。
これまでは、すごく難しくて、なにを考えてるのかわからん人と思ってた道元さんでしたが、
非常に人間的というか非人間的というか(笑)、とにかくオモロイことがわかってきました。
言葉の使い方がヘンで、それが面白いです。
「ことさらに」とは、なかなか言いませんよね、つめ切るぐらいにヽ(´ー`)ノ
爪切り持って、道場を駆け回る道元のお姿が、ちょっと脳裏をかけめぐります☆