★メトロン星人のおみやげ
先週のウルトラマン・マックス。「狙われない街」。
なかなか好評だったようです。視聴率もよかったんじゃないでしょうか。ネット上でもたくさん面白い感想が出ています。
(→美頬さんがこの番組に捧げておられる、すごい短歌はこちら)
メトロン星人が地球に見切りをつけて故郷に帰る、というお話。
だってもう、地球は侵略するに値しない星に、なってしまったから。
・トイレが詰まった時、パコパコやる道具(名前がわからん)→これ
・永谷園のお茶漬け(増量サービスパックか。)→拡大図
・メトロン星人のソフビ(ちゃぶ台つき)→これ
・夕焼け。
などなど。
なんて昭和なおみやげでせう。
夕焼けを眺めて、メトロンさんは、
「地球の夕焼けは美しいなあ。
とりわけ日本の黄昏は。
…この陰翳礼讃がなによりのみやげだな」
ウルトラマン・マックスに無防備にも背を向け、腰のあたりで後ろ手に組みながら、メトロンさん、独り言のようにしみじみとつぶやく。
土曜の朝の子ども向け番組で、陰翳礼讃攻撃は強烈すぎ。朝7時55分に、すでに思いっきりたそがれちゃっています。
ウルトラマンマックスも手出しできません。テレビの前のよい子のみんなもマネできない。
夕焼け小焼けで日が暮れて、平成の中、消えゆく昭和なのです。
★未来になってみて
「狙われない街」は、昭和47年放送のウルトラセブン「狙われた街」の続編。
金城哲夫の脚本による38年前の作品は、こう締めくくられていました。
メトロン星人の地球侵略計画はこうして終わったのです。
人間同士の信頼感を利用するとは恐るべき宇宙人です。
でもご安心下さい、このお話は遠い遠い未来の物語なのです…。
え、何故ですって?
…我々人類は今、宇宙人に狙われるほど、お互いを信頼してはいませんから…
このあとを受けての、遠い遠い未来、平成17年「狙われない街」。
人類はやっぱり「お互いの信頼」を生み出せず、もう放っておいても、勝手に滅びていく存在にまで、退化している。
昭和においてなら「遠い未来の希望」として語りえたものも、平成の今では未来永劫に達成されないものに思われる。
*1
長い間、町に潜伏して見守ってきたメトロン星人も、ついに見切りをつけるときが来ました。
とてもブラックでシニカル、またさびしい気持ちにさせるお話。もうちょっと積極的なメッセージもほしい気もする。
たしかに、メトロンさんの言動を中心に見た場合、そんな感じはするのです。
ただ、この作品の主人公は、六平直政演じるところの刑事。(渋いです。濃いです。どアップです。朝の番組とは思えません。)
ヘビースモーカーで、いまだに携帯電話も持たない、昭和のままの中年男。
*2
宇宙人よりももっと怖いもの(=人間)を知っている男。
彼が平成を生き延びる物語でもある。
★平成の中の昭和
刑事はじつは少年の頃、メトロン星人を知っていた。
セブンのアイスラッガーで真っ二つにされたメトロンを、少年の頃、彼と彼の祖父(?)がかくまい、治療してやったから。
あの時代、あの場所には、「お互いの信頼」があった。排除され敗北した侵略者との間にさえ。
その思い出を胸に隠し持って、平成を生きる刑事。六平直政のオヤジな肉体の中には、昭和少年が息づいている。
平成の今。
悪いやつを見つければ排除する。不祥事があれば責任者を見つけ処罰する。
ところが、守るべきものを高い塀で取り囲み、セーフティ・ゾーンを作ったつもりだのに、悪はいつも内部から発生する。
どうしたことだ。
…もっとも恐ろしいのは、人間だから。
*3
希望の見出せない世界で、刑事は「生きろ!」などと叫びはしない。
去っていったメトロンに思いをはせ、
「もしできることなら、オレも連れてって欲しかったな」
とふとつぶやきもする。しかし、刑事は生きていく…心はメトロンと夕暮の中にあるけれど。
「じゃあな。事件が山ほど待ってるんでね…宇宙人よりもやっかいな」
そうカイト隊員(青山草太)に捨て台詞を残して。
それに対して、カイト=ウルトラマンマックス、
「あの人の言うとおりだ。やつは、この星に見切りをつけて、故郷の星に帰っていったんだ」
「でも…」と反論の言葉を探しあぐねるミズキ隊員(長谷部瞳)の言葉で、唐突に物語は断ち切られます。「でも」のあと、なんと続ければいいのだろう…フィルムは途切れてしまうのでした。。
★昭和と平成


「狙われた街」と「狙われない街」。
どちらもメトロン星人の登場は、川にさかさまに映った姿。(左セブン、右マックス)
でも、川がきれいになっている。
街から工場がなくなったせいだ。
それが昭和と平成の違い。
昭和の風景。
夕暮れの土手の道。お化け煙突の向こうには、あかね色の空。
河原で野球をする少年。
かごを下げて買い物に行くお母さんたち。豆腐屋のラッパ。
機械油の染みた父の工員服。
駅前の高架下には焼き鳥の屋台。
叩いてなおす真空管のテレビ。
土管の置いてある空き地。
工場を中心に、そこで働く人々の生活空間として、街は出来ていた。


昭和「狙われた街」は、材木置き場で遊ぶ子どもたちの姿から始まり、背景には大きな工場が見える。耳をすませば工場の音。
そして、パイロットだった父が死に、人がいっぱい集まった葬式シーンに続いていきます。
平成「狙われない街」は、マンションだかホテルだかの建築現場を映したあと(姉歯?)、雨漏りしてそうな廃工場(?)から始まる。物がなくて、すっからかん。耳をすませば、犬に吼えられる野良猫の声。
お寺のシーンでは人影は見えず、ただお経の音が流れ続ける(高齢化社会の象徴?)。
このところ、昭和ブームといわれ、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」も好調だそうです。「オトナ帝国の逆襲」もあった。
そこでいわれる「昭和」とは、戦後の昭和30年代40年代のこと。日本が、自動車・機械・電化製品など世界商品を生み出し続け、豊かになっていった時代。働けば働くほど、社会は豊かになった。「未来」が思いはせられた。
平成の今、その時代が懐かしまれています。
*4
お手てつないで、みな帰ろう。
カラスといっしょに、帰りましょう。
過去においては未来にあると信じられ、未来においては過去にあったと呼ばれる「お互いの信頼」。
昭和と平成の作品が、「存在し得ないもの」をめぐって、奇妙にループします。
■ウルトラマンマックス 第24話「狙われない街」
放送日:平成17年12月10日
監督:実相寺 昭雄
特技監督:菊地 雄一
脚本:小林 雄次
円谷プロ/CBC 2005年
(図1・2・3・4・6・9、その他)
■ウルトラセブン 第8話「狙われた街」
放映日・昭和42年11月19日
監督・実相寺昭雄
脚本・金城哲夫
特殊技術・大木淳
円谷プロ/TBS 1967年
(図5・7・8)
トラバ、ならびにリンクありがとございますぅ
短歌ですが、ヘタレですがこんなのもむかし、作ったこと、あります。
「組み敷かれしウルトラマンの苦悶するありさまみだら 子らと見守る」
・・微妙に隠微系。
名作『狙われない街』をお教えいただいたお礼に、置いておきます (え? いらないって?w
おお、またしてもすごい短歌、ありがとうございます☆
実相寺監督は、じつはむかしっから、「むかしはよかった」的説教モノが多くです。(笑)
「怪奇大作戦」の「京都買います」という回が、このタイプの大傑作。岸田森もすばらしいです。
岸田森があんなに早く亡くならなければ、
実相寺監督は何十年代から八十年代に、もっとたくさん映画を撮れたのでは、
とも思われて、残念。
監督のキャリアを見てると、いろんなことでよく「ほされる」んです(;・∀・)
ウルトラセブンも、「狙われた街」のあと、原爆怪獣が出てくる第12話「遊星より愛をこめて」が、
クレームがついて、永久廃盤。
現在のDVDにも収録されていません( ;∀;)
そうそう、短歌といえば、こないだ、カフカの翻訳者の池内紀さんの自伝エッセイを読んでたら、
池内さんは高校生の頃、短歌をいろんな雑誌に投稿しまくってたそうです。
ちょうど寺山修司が華々しく登場するのと同時期。
天才テラヤマの出現でやる気をなくして、やめてしまったとか。
当時の雑誌には、池内氏の投稿が載っているそうで、ちょっと興味があります☆