というわけで、前の記事の続き。来年のベスト本、2位と1位です。
今年のエントリはこれでおしまい。
昨年に引き続き、今年もブログを通じて、いろんな方と出会い、遊んでいただいて、とても楽しかったです。ありがとうございました。
また、来年もよろしくお願いします☆
第2位 「姉歯探偵事務所−マイナス1級は殺しのライセンス」
私は姉歯氏。
マイナス1級ライセンスをもつ、偽造のエージェントだ。
私の偽造は、そうカンタンには見抜けない。マンション・ホテルの偽造など、まだまだ序の口。
私の手がけた偽造はいたるところに及ぶ。
姉歯氏はひとりの名前ではなく、エージェントに与えられたわざの総称であるからだ。
先週、君の奥歯の詰め物がはずれたのは、アマルガムの鉄筋量が減らされていたからだ。
蛍光灯が突然つかなくなって暗い夜を過ごした経験があるあなた。それは私、姉歯氏によって、構造計算書が書き換えられたため。
まだまだある。
脱線事故の原因とされる鉄道会社の「構造上の問題」。
与党大勝利を支える新人議員の「鉄筋(すじがね)」を抜いておいたのも、姉歯の仕業。
今年最も稼いだタレント、みのとHG。ともに腰の「鉄筋量」に問題がある。震度5以上の地震が来れば、腰砕けるだろう。
真央はなぜフィギュア代表になれない。
今頃になって発覚するアスベスト禍。今頃になって回収される大手電機メーカーのファンヒーター。事件になるまで「偽装」は見抜けまい。
中身は何も変わってないのに想定外の上昇を見せる株価。
中身は何も変わってないのにベストセラーになる本、売れる商品。
中身は何も変わってないのに憧れのセレブ生活。
安すぎるマンションと似てはいないか。
鉄筋はちゃんと入っているのか。価値の構造計算は偽装されてないか。
幼女殺人が連続して起こったとき、ふと不安になる日本の構造上の欠陥、鉄筋量の不足…。
マイナス1級ライセンスを取得する日本人はいたるところで増えている。モラルハザード。売れればよし。
いや、売らなければ、何もどうしようもないではないか。生きることは売ることだ。
キミも知らないうちに、姉歯氏となっているかもしれない。
第1位 「悟空」
空を悟ると書いて、悟空。
孫悟空は、経典の人・玄奘三蔵の弟子。三蔵法師は釈迦の弟子であって、悟空は謂わば、釈迦の孫弟子。
三蔵法師は、経典おたく。本の中に真実が書かれていると信じるあまり、世界も現実も本の解釈でしか理解しない。
世界とは、アーラヤ識という巨大な書物の上についた染みを、まちがって読解した結果、生じる、とのたまう。
目の前に苦しむ人がいても、経典の中の何がしの出来事にパラフレーズすることが出来なければ、まるで目に入らなかったかのように無視する。
そんな時、活躍するのが、ゴクウら、御供のものたち。
そのひとりは、ハッカイ。白い怪物。
彼もまた、世界の存在を認めない。ハッカイ式の問題解決法は、いたって単純。問題を、喰ってしまう。解決するのではなく、消滅させる。
「お助けください!」「ようし、喰ってやろう」
問題が存在しなくなれば、答える必要もないわけだ。
ゴジョー。
ゴジョーは、待つ。ひたすら待つ。待って待って待ち続ける。ゴジョー待ち。他愛のない雑談の名手でもある。
「お助け下さいませ!」「よろしい。待つがよい。答えはそののち、さずかるだろう。ところで、キミ、もやい結びの仕方について、知っているかね、もやいというのは…」
こうして、待っていることさえ忘れがちなほど、雑談を愉しむが、時々、問題のことを思い出し、答えはいつ来るのだろうと、さみしいような、ほの明るいような気分になるのだった。
沈黙の中に奏でられた音楽の、模様と地が反転して、沈黙が音楽のように聞こえてくるかのように。
そして、ゴクウ。
ゴクウは、かつて、三蔵と出会う前、釈迦に会ったことがある。
玄奘三蔵さえ、じつは経典の中でしか出会ったことのない釈迦。ゴクウがかつて釈迦にまみえたことのあることを、三蔵はうすうす気づいている。根に持っている、といっていい。それで、何かとゴクウには冷たく当たるのだ。
しかし、ゴクウは、それは悪いことではない、と考えた。本に書かれてないことを、お師匠様が体験する糸口になりはしまいかと思ったから。
書物の外に三蔵を連れ出すこと、それが孫悟空の悲願=彼岸である。
ゴクウが釈迦に会ったのは、ゴクウが世界の外に飛び出そうとした時のこと。
釈迦が作ったこの世界の外部に出たいと考えた。自分は自分で生きていく。他力の上に安住するなど、真っ平ごめん。それならいっそ、死をえらぶね。
そして、シャカの手の平から出ようとしたゴクウは、ただその上で遊ぶことしか許されない自分を知る。手の平は閉じており、その外はない。
しかし、ゴクウは外に出ることを、あきらめたわけではなかった。戦略を変えたのだ。
天竺にいく。世界の中心。そこで世界と時間が生み出されていると言う場所。運命をはかりごとする中心。秘密を知るのだ。
しかし、サンゾーと旅するにつれ、不安になる。
天竺はあるのだろうか。
自分たち一行は、じつはいまだ長安から外に出ていないのではないか。
ある夜には、ゴクウはサンゾーの日記を盗み読みして、自分がじつは日記に書かれたものに過ぎないのではないか、と疑う。
日記に自分たちのことが書かれているのは、不思議ではない。しかし、サンゾーは、日記を日々の出来事としてではなく、外国語で書かれた経典の翻訳として書いている。
外国語の読めないゴクウには、紙の上の染みにしか見えない模様から、サンゾーは言葉を読み取るのだ。
また別な夜には、ゴクウは、廃寺の地下に、巨大な経典工場を発見する。
そこでは、サンゾーそっくりの男たちが夜な夜な、膨大な経典を翻訳・出版し続けている。
元になっているのは、太古の一枚の岩盤で、カビが生え、虫が這い、雨しみで異様な模様が刻まれている。
男たちはそれを原典と呼び微細に研究する。そして、無数の文字を読み取っては、いくつもの解釈を捏造、翻訳と称して、無数の経典を出版し続ける。
経典おたのサンゾーは、まんまとだまされ、ここが天竺だと思い込むが、ゴクウはついに岩盤を破壊する。
破片を拾い集めるサンゾー。
天竺は見失われた、といって、サンゾーは旅の目的を、世界中に飛散した破片の採集に変えてしまう。
天竺を示す無数の道しるべ。
しかし、天竺は見つからない。天竺は、サンゾーの妄想だったのか。そして、その妄想も、今は消滅しているのだった。
玄奘三蔵の前にも、無数の三蔵がいて、彼らが天竺におもむき、「経典」と呼ばれる世界の秘密の断片を、この世にもたらした。
それは、天竺にある外国語の原典に基づく翻訳とされるが、天竺は失われ、もう原典はないともいわれる。
翻訳だけが残るが、じつは初めから原典などなかったのではないか。
閉じられた釈迦の手の平の中の罠だ。中心の欠如。どこにも中心がなく、どこも中心である。それは答えではなく、問題の消滅だ。
閉所恐怖におちいるゴクウ。
果たして、孫悟空は、手の平の外に出ることができるのか。
八戒の空腹は満たされるか。悟浄の待ちぼうけは叶えられるのか。
そして、三蔵法師は天竺にたどり着けるのか。
続きは2006年、九十九夜で。
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