
ナマズ・エ。〜゜・_・゜〜
鯰絵、というもの。
江戸末期、安政元年(1854年)の大地震。
その直後に現われた出版物で、わずか三ヶ月の間に400点が出版されたとも言われます。
現存するものは260点あまり。
ナマズの絵をモチーフに、当時の世相を風刺…いや、風刺というより、まつり状態の狂的パンフレット。ノリは2ちゃんねる。
しかし、絵の巧さ、ダジャレの言語センスは、痛烈、諧謔、超一流。神降臨。
徳川時代も終わりに近く、長く続いた平和、爛熟した文化、資本主義の異常発達、黒船来航で、世の中不気味にカーニバル化していたところへ、お江戸の大地震。
32時間後には、近畿・四国・九州でも地震が発生。大津波も押し寄せます。
いわゆる東南海地震です。
さらには富士山噴火(?)。
…もはや、この世の終わり状態。
しかし、鯰絵、地震の翌日には登場していたらしい。
初版なんと二万部とも言われています。かわら版のたぐい。ブログでいえば、ニュース系お笑い社会派画像中心。
お上の許可を得ない地下出版です。
わずか三ヵ月後には取り締まりを受けてブームは去ります。
しかし、この短い期間に数百点が怒涛のように出版される。
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現在でもそうですが、時事ネタってどんどん変化していく。
新キャラが次々現われ、悪玉善玉くるくる変わる。
結果、鯰絵もたいへん多様性に富み、いろんな観点から社会を描くものになっています。
鯰絵の変遷をざっと見ていくと。
(以下のリンクは、東京大学・小野秀雄コレクションと筑波大学電子図書館)
最初は、ナマズは地震を起こした張本人で、怖いやつとして登場。
すぐ、こいつは懲らしめてやらねば、となる。
本来ナマズは、鹿島大明神が要石によって押さえつけ、暴れないでいるもの。
大明神さま、ナマズをしずめておくんなせー。
しかし、神無月で出雲に大明神が行ってるうちにナマズが大暴れした、という設定が生まれてきます。
で、大明神の無策無能ぶりを嘲弄する。
ナマズの抜け目なさや愛嬌が見出されるようにもなる。
また、遊郭のある新吉原は、地震で大きな被害を受けた地域。
金持ち連中が大被害を受けたもんで、これが無責任な野次馬には面白くてしょうがない。
さらにしばらくすると、建築ラッシュが始まる。
大工や左官ら職人や日雇い人夫が、にわか景気に沸き立つ。
富裕商人、問屋、高利貸しといった連中から金を吐き出させ、富の再分配がはかられる。
持つものと持たざるものの配置が転倒し、カーニバル的な気分が蔓延。
また被災地に芽生える互助精神が、disaster utopiaを出現させる。
さらには幕府・富裕層からの義捐金がケインズ的経済効果を生み、世直しの機運も生まれてきて、ナマズは何だか福の神のようになってくる。(というか、鯰絵出版者たちが儲かってる)
儲けた職人たちは、遊郭の仮店舗に遊びにいく(儲けたものは、遊びに「行かねばならない」。儲けた金は遊郭で浪費されることで再分配されるるのが、江戸の仕組みらしい。)
成金の職人の愚行がまた、揶揄の対象になる。
遊女たちも、地震直後は大被害だったが、建築ラッシュが始まると、にわかに景気回復。新吉原の外に作った仮店舗も大盛況。
また、ふだんは外に出ることは禁じられているが、特例で一時的に自由になる。
しかし、やがては旧に復してくる。
最後に、従来の商人・株仲間・問屋・遊郭・武士の優勢が復活し、ナマズは鳥(復活した旧勢力を象徴する品々で描かれる鳥)にさらわれて、どこかへ行ってしまいます。
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鯰絵。
その絵も言語表現も、ひねりとケレンに満ちていて、たいへん高度なものです。
*1
また扇情的挑発的であるかと思えば、教訓的社会批評的にもなり、のほほん・ほのぼの路線もありながら、自虐や虚無もただよう。
正義の存在しない世界で悪を愚弄すると、その嘲笑はすぐ自身へと帰ってくるかのよう。
もしかすると人々は魂の底では、世界の終わり、自分自身を含めたすべての破滅を待望しているのかもしれない。
カーニバル。
ヨーロッパの古い民間習俗で、王や聖職者に見立てたわら人形へ罵声を浴びせ練り歩き、最後に殺してしまう。
おそらくは石器時代から人類がおこなってきた風習。
それまであがめてきた王様を、民間裁判とリンチにより抹殺する、価値転倒のハンマーによる祭り。
フランス革命もこの一種といえるし、キリストの伝説も同じ形をしています。
世界の更新の儀式。生みの苦しみ、ナマーズ法。
なぜか動物と関連付けられることが多いカーニバル。
鯰絵、そして八犬伝。徳川幕府が滅びるまで、あと十年あまり。
[関連本]
■鯰絵―民俗的想像力の世界…鯰絵を「発見」したのは、ガイジンさん。柳田国男に師事したコルネリウス・アウエハントの大著。翻訳は若き中沢新一・小松和彦ら。1979年。
■鯰絵―震災と日本文化…図版が多数収録された美しい本らしい。未入手。無謀にも95年出版。
■地震の社会史―安政大地震と民衆…アウエハントの研究が人類学的なものであるのに対して、こちらは江戸社会史からアプローチ。力作です。
■鯰は踊る―江戸の鯰絵面白分析…読みやすいです。絵は白黒。
■猫の大虐殺…フランス革命にいたる庶民のうごめきを、民俗学的手法で解読した名著。