Last.fm。
ネットラジオの一種とでもいうか、ユーザの好みに合わせて楽曲を選曲しストリーミング。
自分好みのステーション「俺ラジオ」が出来上がる、というような仕組み。
好みの判断は、いわゆるソーシャル…つまり、いろんな人の選曲がデータベースになってて、「この曲が好きな人は、あの曲も好きだろう」という傾向を割り出してるらしい。
自分の聞いてきた曲の履歴が元になって、「みんな」の聞き方データベースと連動して、その人の好きそうな曲選択をするようです。
原理は比較的カンタンですが、技術的にはかなり高度とお見受けします。
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Pandoraというのもあります。
こちらは、ソーシャルじゃなくて、楽曲そのものの音楽的構造を解析して、似たような曲をセレクトしてくれる。
メロディや編曲、ボーカルや歌詞などから、多角的に分析して、「音楽ゲノム」で楽曲どうしのリゼンブランス(類似性)を判定する。
これも、原理を言い立てるのはたやすいけど、技術的にはとても興味深いと思う。
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使ってみた感じ。
Last.fmのほうは、いろんな傾向の曲を選んできて、未知の曲にたくさんたどり着ける。
ばらつきのある分、自分の好みからはずれることも多め。
Pandoraは、セレクションが非常にまとまっていて、はずれは少ない。
ただ、同じような曲調がそろうので、冒険は少なめ。
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Last.fmは、「俺ラジオ」の育成がなかなか難しいです。
かなりたくさん聞いてきても、いつまでも「はずれ」を選んでくる。
ソーシャルなんで、同じ趣味の人を見つけてくるコミュニケーション力も必要か。
こまめに世話できる人向き(笑)
意外なものが来ることがあって、たとえばメタリカとか聞きたいのに、サイモン・アンド・ガーファンクルが来るかもしれず(そこまで極端なことはないかw)…「なんでやねん」ツッコミができる人向きかも。
BGMで聞くだけなら、Pandoraのほうが粒ぞろいです。
「なんでやねん」がほとんどなく、ツッコミ疲れない。求道的で、アーティスティック。
Pandoraで面白いのは、長時間流してると、音楽の方向性がじょじょにずれてくること。
似たような曲を数珠繋ぎ式にたどるので、ちょっとずつ曲調が変化してくる。
「この曲好き」「この曲きらい」ボタンもあって、好みを調整できるのですが、それを逆に利用して、へんな方向に旅すると面白いかも。
ジョン・コルトレーンから出発して、メン・アト・ワークに到達することは可能か、とか(笑)
…もしできたら、どのような数珠繋ぎで構成されるか、ぜひ知りたいですw
五木ひろしまで行けたら、日本代表を引退して、自分探しの旅に出てもいいです。
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Pandoraは、音楽そのものを分析する。音楽を享受する側の立場。
対してlast.fmは、音楽そのものはとりあえず置いといて、それを聴く人々の動向を分析する。音楽を供給する側の立場です。
市場で言うなら、Pandoraは商品の質を考える。「よい商品だから売れる」立場。
last.fmは商品を売買する動向を見つめる。「売れるから良い商品」。
これは市場の最大の難問です。
「売れる商品」を見つける際、Pandoraは買い手の発想であり、Last.fmは売り手の発想。
商品の質を純粋に求道するなら、pandora的に。
しかし、この世界には多様な人々がいて、多様な趣味があり、自分の理解できない嗜好もある。
それを拾い出すには、Last.fmの方式が有効なはず。
でも付和雷同で、「裸の王様」を選んでしまうのでは、という危惧もある。
実際、Pandoraは音楽の質を求道的に追及する人に好まれ、Last.fmは「みんな」を志向するソーシャルなタイプの人に好まれるような傾向があるようです。
内向 vs 外交。
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莫大な数の楽曲(データ)から、自分好みの音楽(有益な情報)を取り出すこと。
データ・マイニング…というそうです。
情報処理のいちばん重要な問題になってきています。
たいへんな難問。
「自分好みの曲」というのは、なかなか難しいもの。
かならずしも、同じような曲ばかりが好きなわけじゃない。サイモン・アンド・ガーファンクルも好きだけど、メタリカも好きという人だっている(誰よ)。
似た感じだけど、嫌い、ということもある。ポールが嫌いで、ジョージが好きな偏屈人もいます。
ファミリー・リゼンブランス family resemblance。
家族どうし、親兄弟が似ているように似ていて、家族どうしが似てないように似てない…というのが、「好み」の範囲。
区別の指標となるような、共通な特徴がない。
兄と父は髭が濃いのに、弟には脇毛も生えないかもしれない。
兄と弟は太っているのに、父はやせているかもしれない。
部分部分は似ていて、部分部分はちがっている。全部を貫く「共通部分」はない。
そっくりの他人もいるし、似てない家族もいる。
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人間は何を価値と感じるか。感じてしまうか。「好み」はどう決まるのか。
わかるようでわからないこの判定を、アルゴリズミカルに、(さっきこの文章でこの単語を覚えたw…とても面白い)、アプローチしようとしているのが、Last.fmやPandora…と言えそうです。
たいへん興味深い試みです。客観とは何か、とかいう哲学難問と同値の問題。
これって、人類が、発生以来かかえてる難問かもしれません。
そこから、すべての諸悪、というか悲喜劇が生まれてる。
この難問に、アルゴリズミカリィに答えることができるのか?
答えの近傍に来ている予感がします…が、それは「希望」だね。
不安を未来に投影したもの。
パンドラの箱に、最後に残って、こびりついていたもの。
たぶんさ、好みじゃなくても、売れ残ってても、存在するものは存在してる。洗練されず、注目も集めず、意味も価値がなくても。ある、ということ。
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そうそう。
pandoraとlast.fmを結びつけちゃうサービスも、当然のように登場。
WEB2.0ですわ。ウェブ上のリソースを編集して、新たなものを生み出すの事。
英語圏の人ら、すごいっす。
権利関係とか、ほんとのところ、よくわからんけど(汗)、とりあえず、お伺いを立てる前に、まずやってみる。
なぜなら、それで、みんなが得するから。
…そもそも、インターネットというものは、そういう発想で、登場した。
「みんなが得する」で、最終的には、みんなを説得し、みんなが納得する…というオプティミズムがある。
この大胆さに感動する。
ホ○エモンとかM代表が「金を儲けて何が悪い」というとき、儲けるのは「自分」だけ。
「世界が滅びても、自分が儲けて何が悪い」という感じに響いてしまうのが、英語圏の勝ち組(勝とう組だけどw)との決定的違い。「自分もみんなも儲けて何が悪い」…なら、たしかにうなずけるもの。それがないので、ほんとのことは、隠しに隠す。自分が世界を変えられると信じてないから、世界から掠め取ることばかり考える。オープンとクローズドの違いが、いちじるしい。
エモンやM代表には、技術的裏づけもないしね。世界に通用する富を生み出してない。…めちゃめちゃ負けてる気がするよな、日本代表。
もうちょっと、ちゃんとがんばらんとあかんなあ。
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