★漱石の始まりと終わり
次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていても漱石「吾輩は猫である」の最後の文章。差支 えはない。ただ楽である。否 楽そのものすらも感じ得ない。日月 を切り落し、天地を粉韲 して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。
「猫」が小説家・漱石の始まりなら、終わりは「明暗」。(→青空文庫・図書カード)
未完の作品ですが、最後のほうで、また<水>が出てくる。
「まだ下にもお風呂場がございますから、もしそちらの方がお気に入るようでしたら、どうぞ」
来る時もう階子段を一つか二つ下りている津田には、この浴槽の階下 がまだあろうとは思えなかった。
「いったい何階なのかね、この家 は」
下女は笑って答えなかった。しかし用事だけは云い残さなかった。
「ここの方が新らしくって綺麗 は綺麗ですが、お湯は下の方がよく利 くのだそうです。だから本当に療治の目的でおいでの方はみんな下へ入らっしゃいます。それから肩や腰を滝でお打たせになる事も下ならできます」
黄泉に降り立つような「下の」湯につかったあと、主人公は旅館の廊下で迷子に。
そこでふたたび<水>に出会います。その<水>はもう、この世のものではない、深い神秘。
この後、主人公は鏡に映る自分の姿を、自分の幽霊だと思う。さらに迷子になって廊下を進むうち、運命の女性との再会。筋違 に二三度上 るとまた洗面所があった。きらきらする白い金盥 が四つほど並んでいる中へ、ニッケルの栓 の口から流れる山水 だか清水 だか、絶えずざあざあ落ちるので、金盥は四つが四つともいっぱいになっているばかりか、縁 を溢 れる水晶 のような薄い水の幕の綺麗 に滑 って行く様 が鮮 やかに眺められた。金盥の中の水は後 から押されるのと、上から打たれるのとの両方で、静かなうちに微細な震盪 を感ずるもののごとくに揺れた。
★ヴェニス、白鯨
<水>。
生まれる前、命は羊水の海に溺れている。この世のものとなる時、まず産湯を使い、やがて死に水をとって還っていく。
命の行き来と関係があり、生や死、また「女」と象徴的にむすびあう。
けれども、また命よりもはるかに越えた存在=力でもあり、その根源は不気味で、荘厳ですらあるもの。
命を(同時に死を)象徴するかのような白いクジラと美少年。
これを執拗に追い求める初老の男、エイハブとアシェンバッハ。彼らは死に場所を求めている。エイハブは史上最凶のストーカーです。
<水>のきわで繰り広げられる、生と死の交換の物語。
川端康成の「みずうみ」なんかも、このパターンに当てはまりそう。水際ストーカー物…(;・∀・)
ともあれ、<水>は、命を生み出すと同時に命をとるものでもあり、命の本質でありながら、命に無関心でもあるもの。「もののけ姫」のシシ神さまの沼とか。
★白い恐怖
白い。
クジラはもちろん白いモービィ・ディック。
アシェンバッハの追う美少年。
少年らしく、優しく引き締まった、生きいきとしたからだつき、捲毛からは水を滴らせ、空と海との深みから出てきた優雅な神のように美しく、水を出て、水をのがれてきた有様を見ていると、神話の世界のことどもも思い出された。少年の姿は、大昔の、物の根源と神々の誕生について物語る詩人の言葉のようであった。(新潮文庫版)
じつは、アシェンバッハも「白」の属性を持ち、彼の白髪は執拗に強調されます。少年の、生命を象徴する(しかし死をいざなう)白と、老い始めたアシェンバッハの死に近づく白。
★ポーの海
<水>を介しての生と死。その両義性をあらわす色彩としての、白。
ポーのいちばん長い小説「ナンタケット島のアーサー・ゴードン・ピムの物語り THE NARRATIVE OF ARTHUR GORDON PYM OF NANTUCKET」。ネタバレになるので、ほのめかすだけにしておくのですが、ポーのこの作品はめちゃめちゃ面白いので、強くオススメ。
登場人物が一人しか出てこない場面が続くのに、にもかかわらず、かなりスリリングに読ませる前半(サバイバル物の走りになってる)。
そして謎めきすぎのラストへ。
(ほんとに面白い作品って、紹介のしようがない! 解説すればネタバレになるし、ほのめかすのも難しいよ…困ったなw)
But there arose in our pathway a shrouded human figure, very far larger in its proportions than any dweller among men. And the hue of the skin of the figure was of the perfect whiteness of the snow.whiteじゃなくて、whiteness。白色じゃなく、<白>の本質。ポーは詩人ですから。このラストがあまりに不思議なため、ヴェルヌ(「氷のスフィンクス」)もラブクラフト(「狂気の山脈にて」)も「続篇」を書いています。いたく想像力を刺激するらしい。…この話は、いずれまた、記事を書きたいと思っています。
★SFの起源
さらに、ポーのもうひとつの海洋小説。
傑作短篇「メエルシュトレエムに呑まれて」。(→青空文庫・図書カード)(→原文 A DESCENT INTO THE MAELSTROM)
これは題名そのまま、海の大渦に呑み込まれ、九死に一生を得た人の話。またしても、登場人物ひとりのナレーションが続きます。こちらはまさにサバイバル物。
<水>は集まって巨大な海となり、人智を超えたものとしての正体をあらわす。海。渦。ソラリス。
恐怖を通り越して荘厳ですらあるもの。
人間のちっぽけな存在など、一顧だにしない圧倒的に隔絶した、巨大な何か。
この「荘厳」な何かに対して、登場人物はある冷静な「数学的」観察をおこない、おかげで命拾いします。
人間的なものを一切考慮しない、宇宙的存在に対しては、「数学」みたいな言葉くらいしか通じない、というテーマ。
…ポーのふたつの作品は、SFの起源に当たるもの。
人間をちまちま描くのではなく、それをはるかに超出し、隔絶した存在の感触をとらえ、それにおののく人間を描く。(荘厳感=センス・オブ・ワンダー)
そして、人間的な気分や感情とは一切かかわりのない「数学」のようなものだけが、超越者との「コミュニケーションの手段」となりえるかもしれないこと。(科学=切ない唯物論)
SF、推理、冒険、ホラー、ユーモアといった、エンターテイメントの主要なジャンルを、ひとりで生み出したポーの天才。
もっとも、SFなどがジャンルとして成立するのは、大量消費社会になって、いわゆるファンとかマニアとか呼ばれるあの大集団が形成されてから。
ポーは、自分が諸ジャンルの父であることなんか知らないまま、野垂れ死ぬように死んだ。自分では自分を詩人と思っていたはず。
*1
★白髪
「メエルシュトレエム」は、もうひとつポイントがあって、それは渦からかろうじて帰還した男が、一夜にして白髪となること。
白。<水>に近づき、死の近傍に触れたものの色。
一夜にして白髪伝説。
「メエルシュトレエム」と「矢吹丈と戦ったあとのホセ・メンドーサ」によって、都市伝説のように流布したイメージ(笑)
宮崎駿はむかし、長編アニメを作るたび、髪が白くなってました。今はもう、元に戻らなくなってしまったけど(´ヘ`;)
ギンコの場合も、<水>が出てきて、不可思議な魚がいて、生と死の区別以前のいのちの原初的力が出てきて、そして「白」。
完全に同じパターン。
★水の女、死者の書
ジャパニーズ・ホラーは<水>がよく出てきます。貞子は井戸にいるし、同じ原作者で「仄暗い水の底から」もある。
湿っていて、カビのにおいがする、日本の古層。
この恐怖は、降りていくと、郷愁につながり、多くのホラー作家が「古い日本」を主題にし始めています。つまり、柳田国男「遠野物語」の世界へと降りていく、内向的日本探し。
かわりに…と言っては何ですが、折口の小説「死者の書」の冒頭から。(→青空文庫・図書カード)
彼 の人の眠りは、徐 かに覺めて行つた。まつ黒い夜の中に、更に冷え壓するものゝ澱んでゐるなかに、目のあいて來るのを、覺えたのである。
した した した。耳に傳ふやうに來るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくやうな暗闇の中で、おのづと睫と睫とが離れて來る。
もはや意味を伝える日本語というより、<水>の流れる音の曲折を、さまざまに模したかのような、音のたわむれ。
<水>としての日本語。
★漱石の終わりと始まり
「坑夫」。(→青空文庫の図書カード)
漱石の作品の中でも、あまり読まれてないもの。
*2
「虞美人草」と「三四郎」のあいだ。「夢十夜」と同じ頃に書かれた。小説らしさ、が始まる、直前。
明治41年、漱石41歳。そろそろ厄年。
ある流れ者の若衆が語る、地獄めぐりのような銅山行きの話。
当時、若者の自殺がちょっとブームだったらしく、この主人公も恋愛事件のため、自殺を思いつつ放浪中。たまたま坑夫の仕事にさそわれ、ふらふらと暗いところへ。銅山というのも、当時の最先端の問題の場所。
風変わりで、どこか調子はずれ。
読んだあと、あやしい、とらえどころのない気持ちになる。不安であると同時に爽快さもあり、糸の切れた凧の自由。
「坑夫」は、漱石の「ダウン・バイ・ロー」。
あるいは、それと気づかないで見ている心霊写真のような。守られてるとも、呪われてるとも。
「いえ、この水が……」坑内で、腰の辺りまで、水が来ている。
と自分は、腰の辺 を、物凄 そうに眺 めた。初さんは毫 も感心しない。やっぱりにこにこしている。出水 の往来を、通行人が尻をまくって面白そうに渉 る時のように見えた。自分もこれで疑いは晴れたが、根が臆病だから、念のため、もう一度、
「大丈夫でしょうか」
たださえ暗い厄年の漱石の、死に水であり、産湯であるもの。<水>。死と再生。坑 の中だから、思い切った喩 を云えば、頭から暗闇 に濡れてると形容しても差支 ない。その上本当の水、しかも坑と同じ色の水に濡れるんだから、心持の悪い所が、倍悪くなる。その上水は踝 からだんだん競 り上がって来る。今では腰まで漬 かっている。しかも動くたんびに、波が立つから、実際の水際以上までが濡れてくる。そうして、濡れた所は乾かないのに、波はことによると、濡れた所よりも高く上がるから、つまりは一寸二寸と身体(からだ)が腹まで冷えてくる。坑で頭から冷えて、水で腹まで冷えて、二重に冷え切って、不知案内 の所を海鼠 のようについて行った。すると、右の方に穴があって、洞 のように深く開 いてる中から、水が流れて来る。そうしてその中でかあんかあんと云う音がする。
じつはひとりの登場人物だけしか出てこないに等しい、アーサー・ゴードン・ピムに近い語り口(NARRATIVE)ゆえ、「小説」からずれた後味になります。 *4
自分もさっそく堕落の地獄めぐり、胎内めぐり。その象徴としての「下方の水」。暗く、黒く、冷たい。稽古 を始めた。南京米 も食った。南京虫 にも食われた。町からは毎日毎日ポン引 が椋鳥 を引張って来る。子供も毎日連れられてくる。自分は四円の月給のうちで、菓子を買っては子供にやった。しかしその後 東京へ帰ろうと思ってからは断然やめにした。自分はこの帳附を五箇月間無事に勤めた。そうして東京へ帰った。――自分が坑夫についての経験はこれだけである。そうしてみんな事実である。その証拠には小説になっていないんでも分る。
あるいは泉鏡花以上に、「<水>の作家」であったかもしれない、漱石。永遠の厄年を生きた=死んだ作家。猫とは、そのようなもの。
そういえば、漱石の名前の由来は、「漱石枕流」(石にくちすすぎ、流れに枕す)だそうだから、<水>の夢でも見ているのかもしれません。
タルコフスキーが写す<水>と同様に、それは何とも知れない不可思議なものであるようです。
…この記事を、ねるさんの猫さんたちへ。ハインライン「夏への扉」のエピグラフをまねるなら、「世のなべての猫さんたちへ」
こんにちは!
漱石は全然気がつきませんでした。
確かに「我が輩は猫である」は水に縁がある!そして「明暗」にも。こちらは未読なんですが、不思議なつながりですね。
そんな所に目線がいくことがすごいです。私はぽんぽん頭に浮かぶまま羅列してしまいましたYO。
そして「ソラリス」!なんだか読んでないのは私だけ・・・?くらいの勢いで挙げられている作品。これは読まねば!
「蟲師」もちょっと気になってたんですが、やっぱり面白いのか・・・。一人暮らしの狭い部屋にはできるだけ物を置きたくないんですが、読みたい本が多すぎます。
overQさん、こんにちは。
『我輩は猫である』の最後の文章、初めて知りました!!
確か『我輩は猫である』は一部を教科書で読んだのですが、作品全体を通して読んだ事がなかったのです。
LINさんのところで『山椒魚』も教科書で読んだ覚えがあると思ったのですが、あれはどうやら試験問題か何かだったようです。
漱石は読んだといえるのは『こころ』だけのような気がします。
『こころ』も同じく教科書で読んだのですが、あれはどうしても前後が気になって文庫を買って読んでみたのです。
『我輩は猫である』も何だか気になってきました。
そして『白鯨』。なるほど船長が鯨をストーカーですか!そう思ったらもうちょっと気軽に読めるかもしれませんね。しかも史上最凶★
上・中・下三巻、いつか読みますよー(o`д´)ノ
★moji茶さん。
漱石って、10年くらいしか小説を書かなかったせいか、作品どうしに隠れたつながり、地下水脈みたいなものがあるようです。
意外な共通性というか。
当人も意識してないのだろうけど、通しで読んでみると、共通するイメージや発展・変容するイメージが出てくるように思えます。
これを見つけるのは、かなり楽しいです。
洞窟探検みたいでヽ(´ー`)ノ
「ソラリス」は、今回のお題では、やっぱり象徴的な作品。
SF祭りというのをやろうという機運が盛り上がっておりまして、今どのようにするか考えています。
近日公開予定☆
★みらくるさん。
漱石は、10年くらいしか小説家をやってなくて、意外と作品は少ない人。
だから、主だった作品を全部読むのは、がんばると何とかなる。
そして、通しで読むと、個々の作品だけでは見えてこなかった、不思議な魅力が見えてきます。
これが漱石の醍醐味かもしれません。
最初はやっぱり「坊っちゃん」から入るのが王道でしょうか。
漱石の「レヴォリューション No.3」(笑)
一ページ目から、熱いです。かなりイッてる主人公です。
「猫」は気軽な小説。どこから読んでもいいし、どこで読み終わってもいいようなもの。
どうでもいいような話題から、切実な人生の断面まで、猫の目のようにくるくる出てきます。
他に似たような作品が思いつかない、独特のもの。
書けそうで書けないように見えて、意外と書いてみると書けるかもしれない気にさせます(笑)
「白鯨」は、大筋のストーリーはすごく劇的。
ただ小説全体は、なかなか不思議な構造を持っていて、かならずしも読みやすくはないです。
ただこの複雑な構成のせいで、「大文学」の威厳を発揮してるんですが、
エイハブ船長に狙われたら、もうどんなことがあっても、逃げられないと思います。
私はエイハブと、ピーターパンに出てくるフック船長のイメージが、どうしてもダブります…あと、宝島のシルヴァーも(;・∀・)
overQさん、こんにちは。
ハヤオワールドから無事帰還されて何よりです(笑)
それにしても『坑夫』と『ダウン・バイ・ロー』に共通点が。うむむ、これは坑夫を是非読まねばです。ダウン・バイ・ローのゆるーい空気感が好きです。
★kyokyomさん。
コナン、イッキ見、してしまいました(´ヘ`;)
今週はもう体の調子悪い悪いです(笑)
休養しようと思った日曜日なのに、思わぬ落とし穴にはまってしまいました。
でも、コナンはやっぱりすばらしかったw
「坑夫」はとても面白いです。
今はいろんな小説が出現したあとなんで、漱石自身が感じたほど特異ではなくて、しっかり小説しています。
これを読むと、読んだ直後は、これこそ漱石の「鍵」だ、と思うようなところがあるんですが、
冷静に考えてみると、ちゃんと漱石の作品系列に収まるようにも思えます。
だから、あんまり坑夫をフィーチャーする研究者とかを見ると、ちょっと引きます(笑)
酔ってる自分を見てるようで(;・∀・)
こんにちは。
うきゃーん★ そうきましたか、ウォーターワールド。
『吾輩は猫である』『死者の書』など、確かに水の気配が。
さすがoverQさんの読み、ツボです。効くぅーーー。
うーん、すごいですね。
そんな風につながって、しかもキーワードが「白」だったとは。
ウェディングドレスも白なら、死に装束も白。
二夫にまみえず… の喪服も白。
象徴的な色としての「白」は、やはり生と死の両義ですね。
そこに「水」の始まりと終わりがこんなに見事に重なるとは
思ってもいませんでしたよー。
そうか、今回のお題は「海」から「青」のイメージだったんですが
実はテーマカラーは白だったんですね。(笑)
漱石を通して読むのって、面白そう。
そんな風に隠れた繋がりが見えてくるとは知りませんでした。
あと、とりあえず、「ソラリス」は読まなくちゃですね。
ぜひSF祭りの課題図書にしてくださいませ。
前々から、きになっていたのですが。
名前の前にあるサインアイコンがうらやましくて仕方ないのです。
これは、たくさんコメントするとつくし掛けになっているのでしょうか?
「明暗」を「晴明」と読んでしまい。
なぜに、漱石が「晴明」?と思っていました。
ダウンバイローときき、トム・ウェイツをひっぱりだして聴いてます。
酒焼けした(?)ダミ声がよく似合う映画。
>坑夫をフィーチャーする研究者=酔っている自分をみているようで
の表現に思わずにやりとしてしまいました。
漱石は、さほど猫好きというわかではなかたようで、距離を持って接していたようですね。
漱石の小説の在り方、人生観にも、必ず猫の目が存在する。
「猫の帰還」「水の夢」・・なるほどです。
★菊花さん。
最初は折口信夫だけを思いついたんですが、結局漱石のほうが中心になりました(;・∀・)
折口については、また書いてみたいです。
青空文庫でいっぱい読めるようになってますね☆
★四季さん。
小説の舞台に、川を流してみたり、海や湖の畔にしてみたり。
たったそれだけの工夫ですが、作品の趣きに大きく影響するように思えます。
お話や出来事とはあまり関係なく、ただ川や海がそばにあるというだけでも、何となく「深み」が出ますよね。不思議。
漱石は、学者として刻苦勉励したあと、わりと年をとってから小説家になり、
しかも短い期間にイッキに書いてるので、
全体が一つの作品のようなところがあります。
これが漱石の面白さのひとつなんでしょうね。
SF祭り…どういうふうにやりましょうか。
けっこう難しいです。
★picoさん。
これはfaviconというものです。
絵を用意して、自分のホームページやブログに設置します。
http://www.koikikukan.com/archives/2005/08/07-235650.php
絵は、自分で描いてもいいし、フリー素材のサイトでもらってくることもできます。
ブログのコメント欄で表示するのは、MTのプラグイン。
http://www.koikikukan.com/archives/2005/08/12-235517.php
漱石は、人間がネコに接するというより、ネコが人間に接する時のように、ネコに接していたみたい。
夏目家のほかの家族のほうが、ちゃんと猫かわいがりしてたかも。
猫のおかげで生活が楽になったと思ってたふしが…漱石のおかげじゃなく(笑)
オダギリ・ジョーのギンコ、コスプレみたいになってましたね。
グラムロック…(;・∀・)
『明暗』の書影良いですね。
なんだか散華っぽくて。
でも実はこの作品読んだことなかったりします…(汗)
『猫』はずいぶん昔に読みましたが、水の気配は見落としてました。
『明暗』と併せて読み返してみたいです。
日本では、果物も風土も人間の性質も水気が多いように思います。
サッカーのユニフォームが青いのも納得。(?
こんばんは。
夏目漱石の水の記事、面白いですね。こんなに水と関係あるんだと再確認してます。
「明暗」は、いわゆる仮面夫婦のお話だったような。何だか人間の確執とか、暗部とかいっぱいだったように思います。漱石自身の体調も悪かったからでしょうか。
overQさんの「痔の手術の為に温泉にいった主人公」というのから、そこで主人公がかつての恋人に会って、未完で終わっている事を思い出しました。流れる水のように何だか取りとめもい印象もあるんすが。漱石自身、死を覚悟していたのでしょうね。
水って命の源のようだと記事を読ませてもらって思いました。
そういえば、漱石、
「草枕」にも水が登場してますね。主人公の画家が、那美をモデルに、日本版「水の上のオフェリア」を描いてます。
最後の一行に涙腺が崩壊しそうでした。ありがとうございます☆
うちの猫らは文字読めない田舎モンですが、お気持ちを伝えておきました。
涙も水(海と同じ濃度)ですね。
漱石の『猫』は無人島へ持っていきたい三冊の中に入れたいくらい
好きなのだけど、最後だけどうも気に入らん、漱石めとか思ってたら
なんと、帰還していたのですね。そうか。水に一旦入ってまた戻ってきたのか。
これを知って、胸のすく思いがしました。
ポーの『ナンタケット島のアーサー・ゴードン・ピムの物語り』すごく面白そう。読んでみます!
ナンタケットは『白鯨』の捕鯨船が停泊する港でしたよね、確か。
"センス・オブ・ワンダー"。大海原を前にして感じるのは、まさにそれです!
この記事、永久保存させていただきました。
せっかく、手元にポー全集があるので、
『ナンタケット島』を読んでからコメントしようと
読み始めたのですが、「やっ、これは時間がかかるぞ」
ってことで、二人が最初の冒険から帰ってきたところで中断(・∀・;)
代わりに『メエルシュトレエムに呑まれて』を読みました。
これ、すごい既視感があるんですけど。
読んだはずはないのですが。
以前もoverQさん、この作品について記事にされたことあります?
(今、検索してみた限りではなかったです)
しかし、新潮文庫版佐々木直次郎訳は
老人が「私は」っていってるし(創元推理文庫の「わしは」の方がいい)
タイトルも『メールストロムの旋渦』で、何だか間延びがします(・∀・;)
そう、そして、『メエルシュトレエム』を読むと
思い出すのは『ソラリス』ですね。
『ソラリス』のブックカバー、今まで見えてなかったのに
みなさんのコメント、拝見していたら、
私も貞子が見えてきましたー、きゃー。
★Mlle Cさん。
「明暗」の装丁は、画家の津田青楓。
ほかにも漱石作品を手がけていて、岩波から愛蔵版の復刻セットが出てるようです。
戦前は今のような大量生産じゃなく、手作りなんで、物体としての本が美しいです。
部数は作れないけど、今やっても、プレゼント用などで、それなりの需要がありそう。
意外と、自分で作ることも、できちゃうみたいです…めんどくさいけど(笑)
…前もMlle Cさんとことで、こんな話を書いた気がする(;・∀・)
★ワルツさん。
漱石の小説、恋愛をあつかうと、だいたい同じような筋のバリエーションみたいになってます。
「明暗」を書いてた頃は、体もだいぶ弱ってて、午前中はこの連載小説を書き、午後は漢詩を書く(逆だったか)生活だったそうです。
だから、「明暗」は、「行人」や「道草」あたりと比べると、ちょっと風通しがいい気がします。
温泉のところが、やっぱりすごく印象に残ります。
中国文化の造詣も深くて、山水とか仙境のようなイメージで、「水」を本質を捉えてて、
そのせいで水が出てくると神秘的な感じが出るのかもしれません。
★ねるさん。
主催者さま、ご苦労さまです☆
生き物は水。
海で発生した生物は、なかなか陸に上がれなかったんですよね。
最初は植物なんでしょうか。虫もわりと早いこと上がってるみたい。
脊椎動物が結局、いちばんもたもたしてて、いつまでも魚のままでした。
結局、海を自分の中に抱え込むようにして、やっと陸上生活を始めた。
だから、水が命そのものなのも、当然と言えば当然なことなのかもしれません。
「アーサー・ゴードン・ピム」はすごく面白いです。
ラブクラフトが書いた「続篇」の「狂気の山脈」を今読んでいますが、これもなかなか面白いです。
ホラ話(tall tale)を真に受けて、ホラ話で返すというのは、なかなか楽しくて、ジャズのインタープレイみたい。
★LINさん。
メエルシュトレエムは、海洋冒険物の定番アイテムみたいなところがあるようで、
映画やマンガでは似たようなシーンがいっぱい出てきます。
ボルヘスのバベルの図書館とかと同様、読んでない人でもよく知ってる、人類共通のイメージになってるかも(;・∀・)
映像的にインパクトがすごくて、子供の頃、見たり読んだりすると、記憶に刻まれます。
ナンタケット島は、「白鯨」の島でもあり、捕鯨のさかんだったところ。
今でも漁業はすごく盛んだと思います。
映画のジョーズの撮影場所もこの辺らしくて、今でもでかいサメがおおくて、シャークハンターもいるそうです。
overQさん、こんばんは。きみ駒でございます。
今回も参加させていただきました。ちょっと引越しを計画、ということで、新blogからの初参加です。遊びにいらしてねー。
漱石、俄然興味。
全然読んでないので、「坊ちゃん」から行きます。
「レヴォリューション No.3」なんだ! おおーハイテンション。
「水」から「生と死」、そして「白」。鮮やかですね。
ところで、私、もし死ぬとしても水死だけはやだなぁって思ってます。。。
あ、overQさん!
実は、ねるさんが私にたらいを回して下さいました!!
……緊張。
あの、どういう手順で行えばいいのでしょうか??
(ただ、すぐには取りかかれないと思います。。。)
ご伝授の程、よろしくお願いいたしますです。
★きみ駒さん。
漱石の作品には川が流れているんです。
それも地下の川。
掘ると水が湧いてくる。
だから水脈を探索するように読むと、すごく面白いです。
「水」が生と死を同時に象徴し、「白」という色が関係する…。
不思議なことに気づいたんですが、
きみ駒さんが取り上げておられる「浦島伝説」。
これも、完全にこのパターンになってる!
「水=海辺」の物語で、
不老不死=蓬莱山=竜宮=鶴亀といった、生命に源にかかわるものが出てくる。
で、浦島は、白髪になる。
まるでパクったかのような同じ形のストーリー展開。不思議です☆
次回、主催者さまですね!
ゆるゆるのんびりやってくださいね。
これまでのパターンでは、
・3週間から5週間後くらいを目安に(まあ、いつでもいいんですがw)。
・まず「お題」を決めて、自分の紹介する本を決めます。
・つぎに「たらい」を渡す方をひそかに選びます。
まだ主催者役をやられてない方を選ぶのが理想(kyokyomさんとか菊花とか、まだだいぶおられます★)。
いきなり指名してもいいし、メールやコメントで事前に根回しするもよしです(ほとんどの方は、いきなり指名してるように思われますがw)。
これまでのお題と主催者様は、たら本データベースで一覧を見ることができます(LoveBooksのIzumiさんが作ってくださってるものです。大感謝)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~spankyi/
Posted by:overQさん、こんにちは。
漱石が水とそれほど関係深い作家だったとは!
目から鱗な興味深い説です。
漱石と言えば、生まれた日時から猿を思い出すのですが、
猿と水には縁があるようで
中国では淮水の神が猿に似た姿だったとか。
やはり漱石は水に繋がってしまうんですね。
★sa-kiさん。
川の流れる作家、漱石。
漱石の内面的な深まりとともに、水もより透明で、より底深くなっていくようです。
>猿
そうか、そうですよね!
漱石は…猿。庚申の生まれ。
今、じつは「猿」について記事を書こうとしています。
京都を守る神は猿、というお話。
不思議な偶然の一致で、ちょっと胸がときめいています☆
京都の水脈、比叡山から流れ込むラインと、丑寅の方向を守る猿は、一致しています。