AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: 一条戻り橋の使い方

一条戻り橋の使い方

written by overQ
September 3, 2006

あまり誰も行かないような、京都のマイナーな史跡。
これまでも、そのいくつかをご紹介してきました。

江戸時代にいた仙人の白幽子の遺跡
狸谷不動尊の裏に広がる三十六童子の曼荼羅トレッキングコース
キララ坂から上る比叡山のハードでダークな登山
…など。

今回もその手のネタです。今までのどれよりもマイナーかも(笑)

「衣懸塚」

その存在を知ったのは、平安京探偵団というサイトから。
「京都の読み方=歴史の歩き方」をガイドする、素晴らしいサイトです。


★ミヤコの西北、船岡山のとなり

そこで紹介されてる、衣懸塚。
大徳寺の南、船岡山の真東、民家が立ち並ぶ中、その路地裏に忽然と存在する、古い時代の墳墓。

古墳か…古墳なのか?

江戸時代、文化年間に行われた山陵調査の記録「文化山陵図」では、後朱雀天皇・堀河天皇・二条天皇各陵のいずれかひとつの候補とされてるそうです。 *1
ひょっとすると平安京以前の遺跡であったりはしないでしょうか。

奈良には古い、ホンマモン系の遺跡がたくさんあるけど、
京都はずうっと「都」だったので、古いものは案外ないがしろにされることも多かったようです。
文献ではかなりメジャーな存在だけど、跡形もない…なんてものも少なくない。
新しく台頭した勢力は、どうしても古いものを壊して、新時代を切り開いていくから。

また京都は、千年以上ものあいだ、ずっと「観光都市」。
ミヤコに登ってくる人に見せる、外向きの顔を作ってきた。
「古い」といわれてるものでも、じつは「古いふりをした新しいもの」であったりする。
最近でも、「町屋ブーム」のおかげで、つい先日まで廃屋だった家が改装され、寛永五年創業のようなお店になってたりします(しまった、これは禁句だったか…商工会議所からクレームが…(;・∀・)


★見つからない遺跡

ともあれ、衣懸塚。
これは、ホンマモンらしい。
船岡山は、平安京造営の折、ここから見下ろすランドスケープをもとに、条理の設計をした場所。
もともと、ここがこの地域の基点となっていたのかもしれない。
平安中期以降は墓場となっていくそうです。近所には義経伝説にちなむ遺跡がたくさん残っています。負け組の墓所?…(;・∀・)

ちょいと珍しいので、一度見ておきたいと思い、何度か「調査」に出かけたのですが。
…わからん。
どこにあるか、どうしても、わからんとですよ。

「路地の奥」というのがかなり曲者。京の町、路地なんていくらでもある。
それに、あんまり熱心に路地裏をうろうろすると、かなりアヤシイ人のようになってくる。
「あんた、ここで何しとん? 警察に電話するで」状態になりかねない、昨今の警戒列島ニッポン。
「理由」を説明するにしても、あまりにマニアックで、説得力がなさそうだし…(;・∀・)

この夏、炎天下の中、三回、調査したんですが、どうしてもわからなかったのです。
地元の人らしき人にも聞いたのですが、さっぱり埒があかないし。

で、四回目の今日は、ちょっと戦略を立てた。
これだけ探して見つからんということは、衣懸塚はこの世のものではないのかもしれない。
それなら、一条戻り橋を通って、「あっち側」に行ってから、探してみればよろしい(獏)
見つかったら、また戻り橋を逆に渡って、こちら側に戻ってくればいい。
これよ(#  ̄ー ̄)〇

また、さらに、平安京探偵団さまの記事をよく読むと、最後のほうに「常盤井のそば」と書いてある。
義経の母、常盤御前が使った井戸らしい(かなり伝説)。
そこで衣懸塚ではなく、常盤井を目指してみることにしました。


★衣懸発見伝


posted from フォト蔵

かくして、ようやく見つけたのは、まず常盤井。

ちっこいよ…わからんよ。妙に新しいし。
ふつうの家の一角に、あまりにひっそりと。標識の石には、ネコよけのペットボトルが( ;∀;)

しかし。
本来の目標は、これではないのです。
問題は、衣懸塚。
まさか、この路地を入るのか。何の目印もないですけど。
いいんでしょうか。
一般民家の敷地以外のなにものでもないと認識されるところへの侵入。トレスパス…邦訳、違法侵入。
いちおうあたりに人影のないことを確認して…(´ヘ`;)

そして、ようやく発見したよ、衣懸塚。


posted by overQ2.0

やばいっす。心臓バクバク(笑)
霊的にやばいとかじゃなくて、もっと現実的…というか、刑法的にやばい( ;´Д`)
ふつーの家の裏庭みたいなところじゃないですか。
これ、ほんまに、遺跡なんでしょうか。。orz

…そんなステキな日曜日をすごした今日でした。
史跡ってこんな風に守られていくんですね。えらいなー、フツーの家の人。
自分で片付けてしまっても、たぶん法的にはアリなのに、ちゃんと残しておられます。観光で儲かるわけでもない…というか、かなり邪魔になってるかもしれないのに(汗)

緑色の網の奥に、何があったかについては、伏せておきます。
ご自分の目で、確かめるがよいわ(笑)

戻り橋を逆に渡って、ぶじ帰宅。
なんか、むかし、戻り橋を渡ったきり、戻らなかったことがあるかもしれないので、今いるほうが「あちら側」で、塚のあったほうが本当は「こちら」かもしれない。
まあ、どの道、もう二度と、あの場所には行けない気がします。
どこにあったか…地図を表示しようと思ったのですが、思いだせんです…orz
近くに鬼太郎が経営してるような産婦人科医院があった気がする。。


*1 : 江戸時代後半は、国学の影響というか、反幕府のひそかな気運というか、そういうのがあり、また商業の異常な発達で開発が進み、古いものがどんどん消えてるせいもあって、「古墳調査」がプチブームだったようです。不思議大好き組合が存在した。懐かしく不気味なものに、アイデンティティを求める


トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.overcube.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/699

このリストは、次のエントリーを参照しています: '一条戻り橋の使い方' , AZ::Blog はんなりと、あずき色☆.

関連エントリー