万願寺とうがらしをもらいました。
京の夏の、代表的な味覚。
焼いて、かつお節をまぶして、だし醤油でいただいています。
万願寺とうがらし。
代表的な京野菜…といっても、平成に入ってから京都府がブランド野菜として推進して定着したそうです。
また起源も大正末ごろ、舞鶴・万願寺のあたりで、伏見とうがらしとカリフォルニアワンダーが交雑してできた、わりあい新しいものらしい。
…ネットで調べると、いろんなことがすぐわかります(笑)
まあ、ある意味、たいへん京都らしい野菜。
京都の「伝統」というのは、つねに現在向けに作られているのであった。。
安くておいしくて、いろいろ使えて、ベンリな野菜です。(下の楽天のリンクはかなり高級品なのか…お高いですが)
今週はたぶんずっと万願寺とうがらし責めずくしになりそう…(;・∀・)
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この頃、人様からモノをもらいまくっている私。
よき友、三あり。
一には、物くるヽ友。
二には、医師(くすし)。
三には、智恵ある友。
「ものぐるほしけれ」じゃなくて、「ものほし」かった…みたいw
マテリアリスト、兼好法師…モノの価値の吟味…その苦さとしての仏道。
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先日、ジャズのCDを800枚ばかり、もらい受けました。
どうしましょう(笑)
くれた人も、亡くなった先輩からのいただきものらしい(私はその先輩の方とは全然面識がないのですが)。
ジャズをあまり聴かないのでもったいないから、とおっしゃるので、じゃ私が、と遠慮なく頂戴してきましたが。
兼好法師ふうに唯物論的にいうと、
「よき友、コレクターで自分より早く死ぬ友」?( ;∀;)
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さるにても、800枚というのはそれなりの枚数。
毎日三枚ずつ聴いても、全部聴くには一年かかることに。
ボックスセットもあるので、実際は800枚よりも多いのです。
パッケージされたままのもあって、やっぱり持ち主だった方も全部は聴いてないようだな。
コレクターとリスナーはかならずしも両立しないのだよ、関口君。
ちょっとずつパソコンに取り込んでるのですが、めんどくさいです。いつまでたっても終わらない。
可逆圧縮というのも、この頃あるみたいだな。
じつのところ、この作業にパソコンを占拠され、記事の更新がとどこおりがちな今日この頃( ;´Д`)
パッケージに入ったやつ、破ってしまっていいんだろうか。
元の持ち主の人のお墓参りくらいすべきであろうか(;・∀・)
プレミアのついてるやつもあるし、全部売ると100万くらいになったりしないだろうか…売ったらダメかしら…激しい誘惑が。。
+
思えば、団塊の世代の人が亡くなっていくにつれ、いろんな分野で膨大な「おさがり」が発生するにちがいないです。
自分でCDを買うと、どうしても「この一枚」を選ぶことになりがち。
「歴史的名盤」とか、自分と好みのあいそうな人がリコメンドするやつとか。
自分の耳で聴いて決めるんじゃなくて、どうしても「聞く前情報」にたよることになります。
どの道、「すべて」を聴くことは物理的に無理なジャズ。膨大な音の海。
雑誌とかガイダンス本とか、CMで流れたやつとか、好きなアーチストがいいといってたやつとか。
…そういう方向で狩っていくことになるので、知らぬうち自然と方向づけられてしまう。
妙にキャッチフレーズみたいな情報だけ、解説本にあった「面白さ」だけ、聞き取るような耳になってしまったりするかも。
ところが、大量に「おさがり」があると、事態はちがってくる。
事実、アシッドジャズとかレアグルーブとか、80年代90年代の「踊れるジャズ」。
まったく異なった方向から、ジャズの面白さを発見した。
…それは、CDの登場で大量にだぶついた中古レコードを、二束三文で入手し、
中古のターンテーブルに乗せて、「楽器として」古いレコード音源をもてあそぶことができたのが、
大きな理由と言われます。
レコードをスクラッチするのは、コレクターには絶対できない荒業(笑)
+
「伝統」って、まんま継承されるだけでは、ダメらしい。
新しい時代に生きる人が新しい利用のしかたを見つけないと。
それはかなりエグいこと、破壊的なことでもある。
無謀な極論が、よく吟味された趣味を駆逐することでもある。しかし、両者の区別はつけようもない。
価値や意味づけがまったく変えられ、ちがった市場を形成するようになって。
尊敬されていたものが暴落し、片隅にあったものが寵児になる。
それが出来るために、古い市場は破壊され廃墟になる必要があるらしい。
廃墟からの「掘り出し物」として、新しい価値が発見されていく。古い伝統が生きていては、まったく成立できないような、新しい視点の誕生。
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伝統を守るだけでは見出せないダイナミックな方法。
焼き畑農業みたい。焼け跡方式とでも呼べそう。
自分で買うとなると、どうしても「どれから聴けばいいだろう」になって、「伝統的価値」に縛られるけど、
大量のお下がりを「創造的共有」すると、「どれから聴いてもよいから」になってくる。
価値は耳が自然と生み出すかもしれないし、生み出さないかもしれない。広大な海でのたゆたい。
ただ、「確信」よりは「不安」を持つ耳…自分は本当はほんのわずか…ほとんど何も聴いてない…という思いを持つもののほうが、見かけはおずおずしていても、はるかに「創造的」なのかもしれませんが。
世界遺産の遺跡を壊して、そのレンガで新しい家を建てるような話だな(;・∀・)
でも、そんなやり方で発見され、はじめて通じることのできる逆説的な「伝統」もあるのかもしれません。いや、自分の耳で見つけることは、それが「伝統」より劣ったものであっても、ほんとの価値がある時ってあるから。
例えば。
グラント・グリーンってそんなふうに再評価されたそうです。
万願寺 とうがらし、色 グラント・グリン
甘き音を ファンキーに奏で 夏くるる
はや秋の 気配に乗せて 無為の時(Idle Moments)
今年、万願とうがらしデビューいたしました。
ししとう的味を想像していたので、
食べた時はちょっと拍子ぬけ。
味がまったくないような気がしたのですが
私の買った万願とうがらしがダメダメちゃんだったのでしょうか?
>ジャズのCDを800枚ばかり、もらい受けました
ええっ!うらやましい。
ジャズ喫茶、やりましょうよ(笑)
>いろんな分野で膨大な「おさがり」が発生
確かに!
中古とはいえ物があふれて、デフレになったりして。
追伸
picoさんから、例の研究会についてのお知らせが
いったかと思います。
お忙しいかと思いますが16日まで、お返事、お願いいたします。
また、今後の活動方針について何かアイデアがありましたら
それも是非。
万願寺とうがらし、辛いというより、うっすら甘いので、「甘唐」ともいうみたいです。
でも、ときたま「当たり」があって、ちょっと辛いです。
私は薄味が好きなので、あまり濃い味付けにしないけど、
ミソとかトマトソースとか、強い味付けにもよくあうと思います☆
CD、いっぱいもらってきてしまい、おき場所に困っています(笑)
ほんと、ジャズ喫茶できそうです。
マイルスだけでも百枚ほどあって、ほんとマイルッす(;・∀・)
「おさがり」は、このまま人口が減ると、不動産でも大量に発生しそう。
資産と直接リンクしてるので、暴落すると日本の富は一気に目減りするかも( ;´Д`)
picoさんからメールいただきました。
また研究会のほうに書きにいきますね。
うちのメールは、ブログのメインページの上のほうのタブの、「CONTACT」というところから出せます。
Gメイルしましたー!届いてますか?
と遊びにきましたら、すでにLINさん♪さすが、組長です。(フリフリ〜!)
コレクターでない私は、貴重なレコードをスクラッチしてしまう大馬鹿者です。。。
でも、しまっとく(飾っとくなら)使ってあげてなんぼのもんですよね。
といいつつ、最近は、丁寧に聴くようになりました。
いつのまにやら増えてしまった、CDやレコード、ひとつずつ聴きなおしてます。
何年かかることやら・・・死ぬまでに聴ききれないかもしれません。
そして、また誰かに引き継がれるのですね。
picoさん、メールありがとうございます。
うちからも出したけど、ついたでしょうか(まだGmailにいまいちなじんでない私w)。
今回はCDだけもらってきたんですが、じつはレコードもあるんです。
でも、たぶん物理的に、すべてを聴くというようなことは無理(笑)
ウォーターワールド状態になっています。
網羅するとか、走破するとか、そういうやり方はもうあきらめて、
ただひたすら受身に、流されるように、漂流するように、聴いていこうと思っています。
思ってる…というより、それしか残された道はないのですが(;・∀・)