★サルタヒコ神の自己紹介
わいは、猿田彦や。神様のサルタヒコや。
こう見えても、古事記にも日本書紀にも出てくる、由緒正しい神様やで。
ニニギノミコトはん…アマテラスはんの孫、つまり天孫や、この神さんが降臨した時、最初に出会うのが、わい、サルタヒコや。
古事記では、こないな感じや。
ここに日子番能邇邇芸命 、天降りまさむとする時に、天の八衢 に居て、上は高天の原を光 し、下は葦原中国 を光 す神、ここにあり。
この光っとる神さんが、何を隠そう、わいや。どうや、すごいやろ。
このあと、アマテラスはんは、アメノウズメちゅう女神に命じて、わいの名を聞き出すんや。
故ここに天照大御神 、高木神 の命をもちて、天宇受売神 神に詔 りたまひしく、
「汝 は手弱女人 にはあれども、い対 ふ神と面勝 つ神なり。故、専ら汝 往きて問はむは、『吾が御子の天降 りする道を、誰ぞかくて居る。』ととへ。」
とのりたまひき。
故、問ひたまふ時に、答へ白 ししく、
「僕 は国つ神、名は猿田毘古神ぞ。出で居る所以 は、天つ神の御子天降りますと聞きつる故に、御前 に仕へ奉らんとして、参り向へさぶらうぞ」
とまをしき。
とまあ、こういう次第で、名を明かしたわいは、天孫ご一行を案内するわけや。
よう見てみや。
ここんとこ、ちょっと花いちもんめみたいやんけ。
列なして来よった天孫さんらご一行や。代表決めて、名を問うんや。
「い対(むか)う」、つまり、知らんもんどうしが、対面して言葉を掛け合うのも、ポイントやな。
いうならば、うたがわしい=ウタ交わしふうに、なっとるわけやからな。(→前回の記事参照)
ここに、歌垣の形が、ちょっと垣間見えるというわけや。
高木神…高い木のそばでやるのも、「大きな栗の木の下で、あなたと私、なかよく遊びまひょ」みたいで、ええ感じやんか。
さて、わいの出番は、古事記の中で、もう1回あるで。
それは、わいの死ぬシーンや(´ヘ`;)
なんとまあ、貝に手を挟まれて、溺れ死ぬんや。
死ぬ前に、まずアメノウズメちゃんに、「猿」の名前をあげるで。
故ここに天宇受売神に詔りたまひしく、
「この御前に立ちて仕へ奉りし猿田毘古大神は、専ら顕はし申せし汝送り奉れ。またその神の御名は、汝負ひて仕へ奉れ。」
とのりたまひき。
ここをもちて猿女君 等、その猿田毘古の男神の名を負ひて、女を猿女君と呼ぶ事これなり。
それから、貝にはさまれるわけや。
故、その猿田毘古神、阿邪訶 に坐す時、漁して、比良夫貝にその手を咋 ひ合はさえて、海塩 に沈み溺れたまひき。
故、その底に沈み居たまひし時の名を、底どく御魂 と謂ひ、
その海水の粒立つ時の名を、つぶたつ御魂 と謂ひ、
その泡裂く時の名をあわさく御魂 と謂ふ。
われながら、謎めいた死やのう。
なんか、ちょいエロい感じがするんは、気のせいやろか。
★オトナの猿田彦
わいはなあ、天狗の先祖でもあるんやで。
日本書紀では、わいの出現の場面は、こんな感じや。
一 の神有りて、天八達之衢 に居り。
其の鼻の長さ七咫 、背の長さ七尺余り。当に七尋 と言うべし。
眼は八咫 の鏡の如く、照り輝けること赤酸醤 に似たり。
どや。長うて、立派なもんでっしゃろ。
ついでにウズメちゃんの登場も見とこか。
古事記とちごうて、書紀はかなりアダルト版やでぇ。
天鈿女 、すなわち其の胸乳を露にかきいでて、裳帯 を臍 の下に抑 れて、咲嗤 ひて向きて立つ。
アマテラスはんが、天岩戸に引きこもった時も、脱ぎよったけど、わいの前でも、また脱ぎよるねん。ウズメちゃん。
せやからな、ウズメちゃんにあわせてみるならや、わいが最初に自慢げに伸ばしとった鼻もや、あれですやろ…チンポコ。
道理で長うて、デカくて、固くて、燃えるように熱うて、ごつごつ節くれだってるはずや(いや、そこまでは書いとらんか…(;・∀・)。
これが、悪戯にワイセツな解釈や思たら、アカンで。
わいのこと、祀ってある神社のご神体を見てみ。
+
またな、わいは、道祖神やと、いわれとる。
まだ道もはっきりせんかった古代の、道しるべや。
ただつっ立っとるだけやないで。
そこで、見知らんものどうしが出会い、
物を交換したり、どっちがえらいか決めてみたり、
それになにより、ウタを交わして、愛し合ったりする場所を、提供してたんや。
せやから、今でも、わいは、安産の神と呼ばれとる。
春先に、チンポコ祭りやハダカ祭りで祝うてくれたら、それが何より嬉しいで。
ウズメちゃんの踊りにちなんで、芸能の神でもあるしな。歌垣の神や。能のご先祖は、わしとウズメちゃんやで。
道の守り神でもあるし、怖いもんが村に入らんよう見張る、塞の神でもある。
田んぼが広がってからは、道の神やったのが、田に移されて、田んぼで祭られるようになってな、春先の豊作願うご利益もやっとりますんや。
あんじょう、おいのりしてや。
もともと道しるべで、道のありかを示すもんとして、路傍に置かれた石やから、ニッポン全国そこらじゅうにあるで。
石だけやのうて、でっかい木や山そのもんやったこともある。
稲荷や地蔵に名前を変えとることもあるしな。
家がいっぱい建ってもた現在では、道を示す役割は消えてしもたからな。町なかにポツネンとおることもある。
なんかようわからんようなっとる「陽石」の場合もあるな。
弁慶や義経なんか有名人の腰掛た石やとか、あとから勝手に呼ばれとることも多いんや。
そんなわいやからな。ほんまに、そこらじゅうにおるはずや。
古代の道はとうにワヤになってしもたから、石はいろいろ移動したり集められたり、あれやこれやの文字や顔きざまれたりして、わからんようなっとるが。
わいは猿田彦や。神様の、サルタヒコ。
巨石文化の時代から、いろんな名前で呼ばれてきたが、ずっと人間のそばにいて、その歌を聴いている。
★参考文献…というか、識者のみなさん、豪快に、「確実な証明」を展開しておられます。どれもこれも、おもろいです! そして、
サルタヒコ神ってきっと、正しいかどうかより、熱いかどうかに、萌えを見出すと思われます。中上健次が、ニッポンの謎を解く鍵と信じたカミサマ。
目勝て、面勝て! うちでも、うたがわしすぎる説を展開してみましたが(´ヘ`;)
国男の「石神問答」「賽の河原の話」「赤子塚」「子安の石像」「廻り地蔵」などの随想は、ほんとに面白い。
書いては消し、消しては書くような、脳内シナプスの盛衰のような文体がすごい!