AZ::Blog はんなりと、あずき色☆: たら本28「わが町自慢」第2部−京の町の巨石文明の謎

たら本28「わが町自慢」第2部−京の町の巨石文明の謎

written by overQ
October 29, 2006

前回の続きです。
書いてるうち、私が住んでいる京都は、みなさんのご存知な京都と、同じ京都なのだろうか、という疑いが(笑)


posted by overQ2.0

前回、古事記くらいしか紹介できなかったので、今回は本のご紹介から。


★五条の道祖神

宇治拾遺物語。その冒頭の話。

今はむかし。
道命という僧がおりました。
お経を読むのが得意。声が素晴らしかったといいます。

この僧が、和泉式部と恋におちた。

ある夜、和泉式部のもとに通ったあと、寺に戻っていつものように読経を始めました。
夜明けが近づいた頃、気配がするので、「誰ぞ!」と問うと、
五条の斎と名乗る翁。
その翁がいうには、
「いつもお経を読まれるときは、清くおそれおおくて、私のようなものは聞くことができませんでしたが、
今夜は私のようなものにも聴聞できて、ありがたいこと、ありがたいこと」

思えば道命はその夜、和泉式部のもとから戻ってから、
体を洗うこともせず、女を抱いたままの身で経を読んでしまっていたのです。

「五条の斎」とは、五条の「サイの神」。
五条(今は松原)の道祖神社のこと。
石神直列のラインからははずれるけれど、その名もずばり道祖神社。

祀られるのはサルタヒコとアメノウズメ。
この二神は性的な結びつきを現わすともいわれます。

天孫降臨の際、サルタヒコに最初に名を問うのが、アメノウズメ。
ウズメはアマテラスが天の岩戸にお隠れになったとき、ストリップを演じた女神。
サルタヒコの前でもやっぱり脱ぐんです(笑)
サルタヒコは天狗の先祖ともされ、鼻が長いのですが、それがオチンチンのことだと言われています。
それで、縁結びや夫婦和合、子宝・安産の御利益があるとされます。セックスの神様。

愛する女を抱いた身のまま、経を読んだ道命は、この神をよびよせた。
歌を歌うように、朗々と読経することで名を馳せていた道命阿舎利。
火照った体で、生々しい記憶をとどめつつ読んだ経は、歌垣の歌のようであった。

命のまたけむ人は たたみこも 平群へぐりの山の 熊樫くまがしが葉を うずにさせ その子

という歌が古事記にあり、もともとは歌垣の歌だったのでは、とも考えられるそうです。
「命の全けむ人=ピチピチギャル(死語)」は、葉っぱを「うず」(髪をぐるぐる巻いたところ、あるいは蔓草で編んだ冠)に挿して、髪飾りにしましょう、という歌。
たぶん、翁(道祖神=猿田彦)が若者に対して呼びかける、性の礼讃。

この「うず」が、ウズメのウズと同じものじゃないかなあ、と思ったりします。
「うず」に花や若葉をさしている子は、誘っていいよ、誘ってよ、という印だったんだと思います。そのウズ。

道命の読経は、歌垣(男と女が歌交わす場)に通じてしまったのでした。


★ふたたび巨石文明探検隊が行く

塞ノ神ラインからは、はるかにはずれる五條道祖神社。
しかし、われわれ探検隊は、ここでおそるべき事実を知ることになる。

道祖神社という名称の社は、ふたつあったのだ。

ひとつは、この五条の道祖神社
そして、そこから南に下ったJR京都駅西、塩小路の道祖神社である。

そして、このふたつの道祖神社を結んだラインを延長すると、なんと幸神社に到達するのだッ! *1

それでは、このライン上に、ほかにも「サイちゃん(さいの神さま)」がいるのではないか!?
そう考えたわれわれ探検隊は、さっそく自転車でぶらぶらとライン上を探索することに。

そして。

あった。あったよ!!

班女塚と呼ばれるもの。

路地の奥でひっそり放置されているものの、まぎれもないサイちゃん(塞ノ神さま)!
班女(はんにょ、はんじょ)→繁盛(はんじょう)ということで、商売繁盛の神とされる。
現在は、東に数メートル行った所に、新しい繁盛神社が作られ、そちらは「繁盛」してるけれど、ご神体であるはずの石神さまは、あまりにデカく、唯物的であるためか、放置状態。

かくして、探検隊は、また新たなラインを発見した。

そのラインを、「道祖神ライン」と名づける。

この「道祖神ライン」、恐るべきことに、「塞ノ神ライン」と直角に交わるのだ!
京の町の中をひそかに貫く、十字の巨大列石群が出現するのである!!

これは偶然なのか(たしかに京の町には石像は多い)、それとも…。

★下品の神

道祖神、塞の神。

サイは「さへ」、つまり「さえぎる」という意味で、道・境にお祭りして、ムラに邪悪なものが入ってくるのを防いだのではないかってことらしい。宣長も柳田国男もそんなこと言ってます。
また、さえぎるだけじゃなく、いいものは通すような性質もあって、海の幸・山の幸など、さいわいをもたらしもする、幸の神。
パソコンのファイアーウォールのようなもの(誤作動も多いw)。

ムラとムラを結ぶ道ばたで、市のような交換の場が、設けられたのかもしれません。
大きな木や、大きな石神のあるそばで。
みなが寄り集まり、遠くから珍しいものを持ってやって来る者もある。
見知らぬ男と見知らぬ女が出会う場所でもあり、血の交換もおこなわれる。歌垣。
ツバイチ(椿市)という歌垣の場所があったと、万葉の歌にも出てきますが、椿と道祖神は、三重で猿田彦をまつるのが椿神社であったりして、関係がなくなくもない。 *2

そういう理由があるのかどうかは憶測なのですが、とにかく道祖神=男女の交わり(エロ)という考えは、強固に存在してたようなんです。

以之為祈、微壁(下が「土」なくて「女」)之処、殊事百太夫道祖神之一名也。(大江匡房「遊女記」)

夜則祭百神、鼓舞喧嘩、以祈福神。(大江匡房「クグツ記」)

遊女の好むもの 男の愛折る百太夫(「梁塵秘抄」)

福神」は幸神と同様、道祖神のこと。
微壁の処」とはオマンコ、「百大夫・百神」はオチンチンのことらしいです(* ^ー゚)
遊女やクグツの隠語でしょうか。
ともあれ、道祖神のまわりで、なにやら妖しげな、まぐわいの祭りがとりおこなわれていた痕跡。

出町の幸神社は、「曽我物語」に「出雲路ノ妻会ノ結」という表現もあり、縁結びの神様。
狂言「石神」の舞台が、幸神社(出雲路の夜叉神)。
この狂言では、夜叉神(=石神)に離婚祈願に来た妻を、神に化けた夫が待ち受ける。ニセの占いを出して、もとの鞘に戻させようという寸法。
しかし、占いのお礼に妻が舞う姿にそそのかされ、夫もいっしょに舞い踊るうち正体がバレて…ヽ(´ー`)ノ

幸神社の近辺は、北畠氏の土地で、北畠は唱門師。
唱門師は猿楽とつながるもので、歌い踊り、神の声をつたえ、占いをする。

「新猿楽記」には、「叩鮑(アワビ!)苦本舞」という表現があって、オマンコを叩きながら舞うものだったらしい。
そうとうお下劣な踊りだったようです。
そして、ウズメと猿田彦が、まさに猿楽田楽の起源の神
二神のストリップ的な歌舞こそが、歌のはじまり、能のはじまりとされ、歌舞音曲の神様なんです。

ウズメ+猿田彦が、歌垣のお下劣な現場にいた。そこから洗練されたものが和歌・詩歌。
また、この二神は、猿楽田楽のお下劣な現場にもいた。そこから洗練されたのが能・歌舞伎。
日本の文化のいちばん下層で、熱いマグマのようにまぐわい続けるふたりの神。
「芸術」がかくしている下半身。

小説家の故・中上健次は、「猿田彦が日本の謎を解く鍵だ」といったそうですが、日本文化の底にこの下品の神がいることを、熱く感じ取ったのかもしれません。 *3


★探検隊メモ

塞の神さまはこうして、われわれ探検隊の前に、エロ神さまとしての下半身をあらわにした。

気になることを、ちょっと書き留めておくと。

石神の列のひとつ、「中地地蔵」。
百万遍近くの細い路地で、京大生もほとんど気づかぬ存在。
その北、わずか数メートルのところに、百丸神社がある。道祖神も置かれています。
百丸、という名前。百万遍から取ったのかもしれないけど、どうしても「百太夫」を連想します。ご神体は、男根なのだろうか。
にしても、なぜ「百」がチンチンなのでしょか。モモと関係? 百太夫=桃太郎?

そして、西陣の岩神さま
つい最近までは路地奥にあったのですが、この一帯が新住宅となり、モデルルームみたいなきれいな家の間に、ポツンと御鎮座。屋根も新しくなって、キレイになりました。
移動されなくてよかったです。伝説では、前に移動した時、そうとう暴れたらしいですから(笑)
岩上さまの東、ほんの数メートルに、桜で有名な雨宝院
弘法大師が嵯峨天皇の病気治癒のため、歓喜天を祭ったとされています。日本で最初の歓喜天らしい。
歓喜天とは、あの象の顔をもつ二神が抱き合ってる神様。意味深。やっぱり大岩さまは、性の神様のように思えてならぬ。
同じく、石神の列のひとつ、鞍馬口の弁才天石。このすぐ北にある上品蓮台寺。ここも大聖歓喜天をお祭りしてるようなんです。「下品の神」に対して、上品蓮台寺。
…エロ神だらけだ。
道祖神社(どちらかはわからない)では、江戸時代までは男が下半身丸出しでみこしを担ぐ祭りがあったらしいです。


★和泉式部のほうへ

道命と和泉式部。
このふたりが、どうもサルタヒコとアメノウズメのように、偶像視されていた気配もあります。
とくに和泉式部は、恋多き女として伝説化されていて、ゴシップもすごいものがあったみたい。
王朝期の最高の歌人であり、とてつもなくスキャンダラスな「女」。
モンローやダイアナ妃みたいな感じで、セックスシンボルとして、あることないこと言われ続けた。過度にほめられ、過度にけなされ、「わたし」は誰にも知られぬ孤独。

和泉式部日記」という歌物語では、自分のことを一人称ではなく、「女」と呼ぶ。伊勢物語の業平らしき主人公が「男」であるように。

和泉式部伝説では、あるいはイズミとウズメの音が似てることも、意識されてたかもしれません。

和泉式部が貴船社で、「まへをかき上げて」舞を踊ったとか(「沙石集」巻10)、
出雲路神前(=幸神社のこと)で「けしやううひの舞」を踊り、乳の間で板をこする所作をしたとか(「小式部」)。

しかし、すごいのは、御伽草子の「和泉式部」。

ここでは、道命は、じつは和泉式部の息子。
彼女が14歳で産んだ子で、五条に捨てた。
それが町の人(道祖神?)に拾われ、比叡山の僧侶となったのが、道命阿舎利。

道命の読経が素晴らしいというので、あるとき、和泉式部も聴聞に行きます。
風の強い日だった。
式部を隠していた御簾が舞い上がり、ちらとその横顔を見た瞬間、道命は恋におちる。
思いが募った道命は、ミカン売りに化けて、式部の下に通い、一夜をともにします。

さて、和泉式部はわが子を五条に捨てた際、守り刀を持たせた。
鞘は自分で形見としてもち、抜き身の刀を子に与えた。

一夜をともにした道命と式部の二人。
式部はふと道命がもつ刀に目をとめる。見覚えのあるもの。

「捨し時、鞘をば留め給ひて、是をばわが身のかたみと思ひし故に、身を放たず持とたりし程に、鞘を取り出して合はすれば、疑ひもなき、もとの鞘なり。」

かくして、わが罪をさとった和泉式部は、播磨国・書写山に出家します。61歳の時、得度して、歌ったのは、

くらきよりくらき闇路に生まれきて さやかに照らせ山の端の月

この話はかなりグッと来ましたヽ(´ー`)ノ
鞘と刀を合わせるという濃密なセックスの暗示が、非常に美しく「もののあわれ」を思わせもする。
下品がそのまま芸術に昇華する瞬間。これが、猿田彦神の力。


[参考文献]
道祖神と地蔵…たいへん良書でした。引用した、道祖神の載ってる古典文献は、この本から学んだもの。
爆発道祖神…町田康さんだって、やっぱりサルタヒコから力を得ているのではないか。


*1 : どちらの道祖神社も、もとあった位置から少し移動してるのですが、むしろ元あった位置のほうが、きれいなラインが取れます。
*2 : 「さへの神祭りを中心に」折口信夫全集15。折口の「さへの神」論考は、あの謎めいた「民族史観における他界観念」にも。
*3 : 伝説のブルースマン、ロバート・ジョンスン。彼はクロスロード=十字路で悪魔に魂を売り、魔法のような音楽を奏でるようになった、といわれています。この悪魔は、猿田彦ではあるまいか。クロスロード=四辻=道股。


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コメント

こんばんはです。
そういえば『火の鳥』の猿田彦も鼻でかいですね。
三条天神川に、たしか猿田彦神社がなかったでしょうか・・? 前を通るたび、あのキャラが目に浮かんでしまいます。

「道」の交わりが交換の場で、そこに道祖神が祀られるイメージは、たしかに教えられた記憶があります。やはり興味深いです。
あと、そういう言葉がけっこう音写しになっているのもおもしろいですね。

Posted by: shosen : October 30, 2006 10:09 PM

おお〜〜!
この記事面白いです!
さすがは魔の都Kyoto。
つつけばいろいろなものが出てきそうです。
そういえば小学生の頃、道祖神めぐりにはまって、カメラ片手に群馬県前橋市近辺(なぜか道祖神が多い)をウロウロしたことがありました。
中にはディープキッスしてる道祖神さまもいたりして。
いかに年寄り臭いとはいえリアル小学生だったので、「まあ、ラブラブねー」くらいにしか思ってなかったのですが、今にして思えばあれはかなり露骨なエロ神さまだったのですね!(笑)
あの写真、どこにやっちゃったっけ…。

ところで、なぜかTBがうまくいきません(涙)
あしたまた挑戦してみます〜

Posted by: Mlle C : October 31, 2006 12:54 AM

★shosenさん。

三条天神橋の猿田彦神社。
佐井通りとわりと近いですが、佐井のサイも、「サイの神」から来てるという話なんですよ。
謎多しです(笑)

火の鳥のサルタヒコは、語り部としてずうっと時空を越えて旅していくところが、道祖神的な気がします。
定住せずに、市や祭りに現れて、占いや歌舞音曲で、日本中をめぐっていたような人たちが愛した神様だった気配があるんです。

変な話ですが、伝説のブルースマンたちのことを思ったりも。
小作農で、景気が悪くなり、綿花畑を取り上げられると、ハイウェイ61に家族で点々と野宿する。
そんな人たちの間から、ブルースが生まれる。
ロバート・ジョンスンは、クロス・ロード(十字路=辻)で悪魔に魂を売って、ブルースの技を手に入れる。
その「悪魔」が、サルタヒコのように思えてならないです(笑)

Posted by: Site icon overQ : October 31, 2006 6:51 PM

★Mlle Cさん。

ディープキスする道祖神…今、それを京都で探しています(笑)
このサルタヒコモノは、シリーズで、あと二回書くつもりなんですが、
次のやつでその「接吻道祖神」(図書館で見た研究書にはそう書いてありましたw)の写真が必要なんです。
次のネタは、さらにトンデモ度が増します(;・∀・)
…というか、次のは誰がどう見ても「ゼッタイちがう」と断言できるようなシロモノです。。

トラックバック、うちのせいで飛ばないのかも。。すいません。
データベースに問題があることが昨日判明しました。。
でも、直すのはかなり大作業になるので、週末あたりを予定。

Posted by: Site icon overQ : October 31, 2006 7:00 PM

ほほうー。
エロいっちゃーエロいんですけど、「ふむふむ」と普通に読んじゃいました。
どきどきしなかったです。残念(なぜ)。

道祖神社その2の石像がラブラブ。でも横に賽銭箱だ。。。

あ、『御伽草子』♪

(なんか、思考回路が半端状態。。。overQさん、おやすみなさいー)

Posted by: Site icon きみ駒 : November 1, 2006 12:24 AM

★きみ駒さん。

長い文章、お読みいただき、ありがとうございます。

「新猿楽記」という本をさらに読んでみたのですが、
写真にとった岩のまわりで、ものすごいドンちゃん騒ぎがおこなわれたのは、まちがいないようです。

京都中、貴賎を問わず人が集まり、卑猥な踊りに熱狂した模様。
少年がストリップをやり、僧侶がそれを見て大興奮、衣を脱いで投げ銭のかわりにした(当時は服が貴重だった)とか。

結局、観客もみんな裸になって、ワッショイなことになってしまってたそうです。

写真にとった場所で、そんなことがおこなわれていたのを想像すると、とても楽しいですヽ(´ー`)ノ

Posted by: Site icon overQ : November 1, 2006 7:18 PM

そういえば『ヒカルの碁』の幽霊もサイでした。。。

ところで、トップの写真の道祖神?は顔だけ綺麗にグレーですね。修正写真かと思いました。だれか、磨いているのでしょうか。

Posted by: kyokyom : November 1, 2006 7:25 PM

★kyokyomさん。

京都では、「お地蔵さん」(と道祖神はたいてい呼ばれています)に彩色するのが、伝統のようです。
これはまだまだおとなしいほうで(笑)、
もっとすさまじい「ケバケバお化粧」をさせられてるのが、いっぱいありますヽ(´ー`)ノ
地蔵盆というお祭りの時、地蔵にお化粧するのが、日常化したものみたい。

京都には、たぶん数千、へたをすると万の単位でお地蔵さん(あるいは道祖神)があって、
たいていは地元でお世話する人がいるように見えます。
よだれかけをつくったり、お花を供えたり、小さなお堂を作ったりしてある。

地蔵盆は、京都ではすごくメジャーなお祭りで、子どものお祭りとして近畿に広く分布してるのですが、
どうやらこれのもとは、道祖神のまわりでやってたエロ祭りらしいです。
明治以降、エロが禁止されて、子どもの祭りにされていったらしい。
エロ祭りの最大の見世物は、少年のストリップだったようです(;・∀・)

Posted by: Site icon overQ : November 1, 2006 7:49 PM
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