秋。
休日になると、京都は観光客の方でいっぱい。
そうはいっても実際は、有名どころに人は殺到するものの、少しはずれた場所はふだんどおり、ひっそりしていることが多いもの。
テレビの京都特集やガイドブックの「京都」も、この頃ではずいぶんマニアックになってる。
が、それでも、自分の足で京都を歩いてみると、まだまだはるかに奥深い京都がある。
これまで、どんな本にもテレビにも取り上げられたことがないのに、民間では伝えられてるような京都が存在しています
…そんなことを、最近になって気づいた。
小さな秋の、小さな京都。
お地蔵さん。ちょっと緑に苔むした。
お供えになにげに置かれた、花、花瓶、コップなど。
小物のセレクト、その形・色あい・配置が素晴らしい。なによりお花の美麗。
僕がアナタに家元の称号をあげる…そんなお地蔵さんの声がふと、聴こえた。
名もなき道祖の地蔵から、名もなき供花のアナタへと。
誰も目に留めない、誰のためでもない…お地蔵さんのためだけのアート。
明日には、もうちがう形になっている。
心と祈り、そのもの。無私のたましい。
そんなことが、町じゅうの片隅で、当たり前のようにおこなわれている。
このお地蔵さんは、こんな場所にあるんです。
京都検定にも出てこない京都。
それが皆さんのすぐ足もとにある。
秋の京都を満喫する際、ふと目に留めていただけたら、と。