京都といえば、路地。
自動車用の、何車線も広がった道路に目が慣れてしまってるので、今では路地はずいぶん細くて奥まって、暗く秘められたようなイメージ。
でも、「○○大路」と呼ばれるような道も、かつてはそんなに広いものではなかったようです。
人が大手を振って歩けるほどの広さなら、「大路」だった。
袖ふりあうも他生の縁…と迷信深い昔の人は、ここそこにも前世の因縁を見出したふり。
見知らぬものどうしが触れ合うサカイとしての都市を演出していたようです。
そして、路地の奥にはきっとお地蔵さんがいる。
子安地蔵とされるものも多いですが、ほんとは女と男の出会いを取り持つ石神さま。
アメノウズメとサルタヒコ。踊り歌交わす、男と女。
参道=産道(生活道路とも私道ともいう)の奥にはそんなものが待ち構えています。
選挙ポスターのふたりが、まるで夫婦道祖神のような風情。
政治なんかやめて、本来の男女の祭りゴトにいそしむべきってことなのかも(;・∀・)
それはともかく、この細々とした路地の奥に、かつてはたいへん有名だったお地蔵さんがおられます。
足抜き地蔵尊。
こんな伝説がある。
京都島原の遊郭の女郎が、西陣の職人の男と恋に落ちた。
女は逃げたいが、遊郭には「足止め地蔵」なる恐ろしい地蔵がある。
足抜けしようとした女郎をつかまえんと、くるわの女将が祈れば、たちまち見つかるという。
「あの地蔵さえいなくなれば、逃げおおせるにちがいない」と、女郎は石像を持ち出した。
五条島原からはるばる西陣まで、6キロもある道のりを走りに走った。
かくして西陣・灰屋路地の男のもとへ、倒れるように駆け込んだ女。
ふたりは夫婦となり、しあわせに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。後日談。
地蔵を返してくれと、島原の楼主のたのみ。
しかし、地蔵がある人にのりうつり、「わしはまだ修行が足りんので、ここに居残るのじゃ」と告げた、と。
京都島原は、五条(道祖神)ともさほど遠くない地域。
足抜地蔵のある灰屋長屋は、西陣の岩神さまの近く。
ラインはまたしても結ばれる。
「疑わしい=歌交わし説」からすると、道命ー和泉式部の伝説、つまりサルタヒコーウズメの伝説のバリエーション、ということになりましょうか。
たぶん、遊行の民(あるいはサカイに置かれた人々)が、京都の町に定住するまでの経緯が、男と女の劇的な物語に投影されたものかとも思います。「灰屋」という路地の名前からもそのことはうかがえる。演歌でヒットを飛ばすような、自作自演かもしれません。
神話は生きている。
ここは、すごくご利益あると思います。結んでくれるよヽ(´ー`)ノ
…ただ、路地に入っていくのは、それなりにそうとうに勇気がいりますが(この記事はただ、その苦難をグチってみたくて書いたかもしれない…汗)。。
■京都・伝説散歩(京都新聞社・編)…足抜地蔵はこの本で知りました。ネット上にも数件しか情報がなく、それらもこの本に準拠したもののように見えます。
かくれた名著。京都新聞に昭和45年ごろ連日連載されてたものらしい。
メジャーな観光地ではなく、自分の足で近所を歩いて自分の目で見つけた、そこらへんの(笑)、由来ありげなものを、
文献に頼るだけでなく、新聞社らしく聴きこみ中心で取材。
驚くべきことに、ここにしかない情報がけっこうあります。文字にならず、口頭で伝承されてきたものがあるんだ。
さらにすごいのは、その価値にさほど自覚がないように見える、京都新聞社(笑)
この本はすごいよ。とりあげてる「物件」が幻のようです。でも、たしかに、京都を普通に歩くと、こんな感じなんです。
文献に載ってないものがそこらじゅうにある。無限に謎だらけ。
最近の京都ブーム本ともちがうし、学者さんの古文書から来る京都ともちがう、なにげにすごい本かも。