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猿田彦幻視行・悉 「童子と翁 其の市」

written by overQ
November 15, 2006

猿田彦を追ううち、どうしたわけか、ブードゥーのサイの神「パパ・レグバ」にまで達してしまった前回
ラインをつなげて遊ぶうち、地球の裏側、ハイチくんだりまでつながってしまった。
疑わしい=歌交わしにも程がある(;・∀・)

さるにても、サイの神もレグバ翁も、道の神、境界に立つ神。そして、歌舞音曲の神。
男根や女陰であらわされる、セックスのカミサマでもある。

なぜこのふたつが似ているのか。
似ているどころか、同一といってもいいくらいなんですが、そいつは…さ。

伝播した可能性はないし。
あるいは人類が発生当初から見出していた神なのか。
それとも人類の精神にあらかじめインストールされた存在で、いき場なく追い詰められたモノらが、セックスと歌舞の躍動において発現させる奇蹟なのか。
…いっさいが憶測。たんなる偶然に過ぎないのかもしれない。
ただ、とてもとても似ている…とだけは言えるのです。
それで十分なのかもしれない。

お出迎え


★奥義の舞

パパ・レグバは、ボロ布をまとった乞食の老人の姿で現れ、ロバート・ジョンスンにブルースの奥義を告げた。
宇治拾遺物語で、和泉式部の愛人・道命法師の歌うような読経の場に現れた、五条の斎(五条道祖神)もまた、翁の姿をしていた。
道命は和歌の名手として知られ、梁塵秘抄には、「和歌にすぐれてめでたきは、人丸・赤人・をののこまち、みつね・貫之・みぶのただみね、遍昭・道命・和泉式部」。
歌舞音曲の真髄を伝え来る翁。

翁=papa
それが、能の奥義だと、金春禅竹もまた語る。

宿神と号したてまつるの威徳、仰ぎてなおも余りあるべし。
明宿集

「宿神」シュクジンとはシャグジともいわれ、さまざまな呼び名・当て字がある。
柳田国男「石神問答」の主題。
「石神問答」は柳田民俗学の発祥の地で、シャグジ(仮名)と呼ばれもする何かをめぐって、諸賢と取り交わした書簡集。

柳田國男全集〈1〉産業組合・農政学・農業政策学・後狩詞記・石神問答・2補遺 農業政策柳田國男全集〈1〉産業組合・農政学・農業政策学・後狩詞記・石神問答・2補遺 農業政策
柳田 国男
¥ 10,185 / 筑摩書房
( 1999-07 )
通常24時間以内に発送

by AMAZ君(改)

「石神(せきじん)」というような、石で出来た神様一般をあらわしそうな語さえ、じつは後世の当て字らしい。
あーでもない・こーでもないと議論を積み重ねる「石神問答」。
結論に行き着かないものの、その後の柳田民俗学のそこここで、この話題が出てきます。

やがて「毛坊主考」あたりまで来ると、結論めいたものも現われてくる。
手っ取り早く言えば、
シャク=サク=サキ=サイ=サカイ
といった、サ+クのまわりで派生する音が、「境」を意味するらしい、ということ。

つまり、宿神(シュクジン)とは、サイの神
われらが猿田彦。
翁=宿神が、猿楽=能の根本の神であるのは、サルタヒコの後ろ姿をここまで追ってきた目から見れば、もはや当然のことのようにさえ思われます。

お地蔵たくさん


★神々の洪水

「明宿集」は、禅竹が著した能の奥義書。
昭和39年、金春宗家で偶然見つかった。
申楽=能が、宿神を根本の神とみなしていたこと、翁は宿神であることが示されます。
題名も、「明翁集」にするか迷った痕跡があります。

翁の覚体、観念して思えば、虚無の妙身、過去遠々の昔なるをと云う。
父母未生以前、本来の面目なればと云う。
生死を見ざれば、と云う。
際限なければ、と云う。
常に立てれば、と云う。
慈悲の心を、と云う。
至りて見れば、あるかなきか、心、王に向かて、このをば見たてまつれ。
もしこのに会いたてまつらば、直に本分の田地に契当する、その人なるべし。

下品の神の立ち会う場所でおこなわれてきた、パワフルかつお下劣な猿楽田楽が、文字に書き取られ、上品になっていく瞬間。
暗闇の下半身の神が、知性の聖なる光に変換されていく(それとともに力も弱まる)。
「新猿楽記」から「明宿集」まで、400年もたっているのです。
その間、延々と猿楽田楽はおこなわれた。時代の変化につれ、変遷するのも当然のこと。

禅竹は、諸仏・諸神・歌聖などさまざまな権威を、「宿神=翁」に結びつけて、能の万能ぶりを示そうとします。
新興宗教の教義でよく見られるような、トンデモでもあり、興味深くもある付会。
社寺や武家、とりわけ将軍とのかかわりで、能が拡大していくためには、政治的な立ち回り・ハッタリも要求された時代。

・北斗七星が目・鼻・耳・口の七つの穴(感覚と表情=演技)をあらわし、それを回す宇宙の中心としての北極星こそが、奥義としてのである。
・円満井座=金春の先祖とされる秦河勝
・柿本人麿や在原業平のような歌人も、の化体。
」の字は、「公」と「羽」からなり、王を鳥にたとえたもの(ユングの描いた「老賢者」の絵が、羽根の生えた老人であったことを連想します)。
・天満天神もまた
・伝教大師も弘法大師も
・歓喜天も

こうしてビッグネームの神々がインフレーションのように並べられ、その秘められた中心として「」が根立される。
最後に地蔵菩薩そして大日に結ばれ、すべてのものが「翁」の発現とみなされます。

国土草木、皆この(地蔵)尊の御姿なり。
地は顕れて金剛界、蔵は顕れて胎蔵界、いづれを思ふも大日なり。
ここに至て見る時は、有精・非精、皆なり。

なんか、とんでもないところまで、来てしまったよ(;・∀・)
其の荷へと、つづく。。

木目肌理




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