★フーチー・クーチー・マン
なぜ、ここでいきなりブルースなのか。
それはですね、ちょっと前、マーチン・スコセッシ監督・プロデュースの「ブルース・ムーヴィー・プロジェクト」という、映画シリーズを見たんで、その影響が(;・∀・)
ところが。
この「悪魔」はちゃんと由来があって、ブードゥー教では代表的な神格だということがわかってきた。
ハイチでは、パパ・レグバと呼ばれる。ロアとも。「オールド・ブラック・ジョー」もこの流れにあるものでしょうか。
そして、このレグバ神は、道に住み、現世と霊界のサカイに立って、歌舞音曲の秘儀を伝える、バックドアの神。長い鼻ならぬ角をもち、男根であらわされることもしばしば。
まさに、サイの神そのもの。
この一致は、たいへん興奮しました。
ありえない一致だから。伝播した可能性がまったくない。
にもかかわらず、似ているどころか、まったく同一であること。
そして、レグバは「ボロをまとった老人」の姿で現われる。
まるで、翁のように。
★猿楽から能へ
「新猿楽記」から400年。
猿楽はその間も、延々と続いている。
時代は変わり、権力はころころ交替し、さまざまな技術革新、生産力の変化で、社会も生活もどんどん様変わりした。
にもかかわらず、猿楽田楽は打ち続く。
おそらくものすごい変遷を経ていて、いろんな駆け引きが各所で展開されたにちがいない。
盛り上がったり廃れたりも何度もあったろうし、権力にすりよったり、大もうけしたり、排斥されたり、無数の紆余曲折。
猿楽を申楽と呼びなおした、観世親子。
貴族に代わって台頭・定着してきた武家勢力とむすんで、申楽=能が確立する。
能の最大の特徴は、「書く」こと。
猿楽田楽が実際にどんなものであったかは、ほとんどわからない。書き残されたものがないから。
しかし、申楽=能の時代になると、いっきょに文献が増える。
世阿弥の娘婿だった禅竹は、能の理論家でもあり、抽象的象徴的神秘的な思考に長けていた。
この人が書いた能の奥義書「明宿集」。
ここで、能の翁こそが、あらゆる芸能の奥義であり、詩歌から神仏にいたる、ありとあらゆる「力」の正体であることが明かされます。
翁は石神(宿神)であり、地蔵であり、猿田彦・ウズメでもある。
その真髄においては、老人の姿をもって現われる。
パパ・レグバ。
なぜ、ここに。
それはもう、なぜかといっても、答えようもない。
ユングは、ゼルプストという魂の真髄が姿を現すとき、老賢者の形を借りると述べています。そういうものらしいです。そうとしかいえない。
★童子の姿にて
サイの神の大きな岩神さまの近辺には、かならず無数の小さなお地蔵さん。
「お地蔵さん」となにげに呼んでいる、小さな石の神々。
実際には、地蔵菩薩だけでなく、阿弥陀如来、大日如来、夫婦の道祖神、見ざる・言わざる・聞かざるの三猿、大黒様など、なんでもかんでもあり。
もしかすると、今でもいちばん人々の信仰を集めてる神様は、路傍のお地蔵さんかもしれません。町内費もばっちり使われています(笑)
日本中に広く分布して、そこらじゅうにあるお地蔵さん。
しかし、これが何なのか、いつ誰がどのような意図で置いたのか、いまひとつよくわからない。
岩神のまわりでのカーニバル=マーケットとの関係は濃厚。
たんに信仰だけじゃなく、何か実用性があったかしれない。
でもよくわからない。
カーニバルの主体は、遊行のものもいるし、定住していくもの、その中間のものなど、いろいろあったはず。差別的な位置に置かれることもあったけれど、その様態はじつに多種多様だったように思えます。
新猿楽記から世阿弥まで400年、おそらく1000年をゆうに超える期間、打ち続いた風習。ものすごく幅広い展開があったにちがいない。
石についての信仰がどんなものなのか。誰の信仰なのか。石器時代の名残りなのかどうか。
今でもお墓を石で作るくらいは、「伝統」が残っている。石の鳥居の上に小石を投げ置いたり、山頂からカワカケを飛ばしたり。
また、龍安寺に代表される石庭。禅の石立僧だけでなく、山水河原者と呼ばれる人々が関わっているといいます。
この人たちとお地蔵さん、石神との関係はいかに。
★フーテンの寅さん
寅さんは、実家は帝釈天前のダンゴ屋だけど、彼だけは家族を離れ、風に誘われるまま、生きている。
葛飾柴又帝釈天の商店街に定住した、カーニバルの民の末裔だと思われます。
そして、彼の叩売りの口上こそが、まさに猿楽田楽の流れを汲むもの。
さぁて物の始まりが一ならば 国の始まりは大和の国
島の始まりが淡路島 泥棒の始まりが石川の五右衛門なら
助平の始まりは小平のヨシオってね。
続いた数字が二つ。
兄さん寄ってらっしゃいの吉原のカブ。
二吉が通る東海道。
ニッキの弾正お芝居の憎まれ役ってね。
続いた数字が三つ。
三三六歩で引け目がない。三で死んだが三島のお千。
お千ばかりが女子じゃないよ。
京都は極楽寺坂の門前で、
かの有名な小野小町が
三日三晩飲まず食わずに
野垂れ死んだのが三十三。
四つ。
四谷赤坂麹町 ちゃらちゃら流れるお茶の水
粋な姉ちゃん立ちションベン 白く咲いたか百合の花
四角四面は豆腐屋の女 将色は白いが水くさいってね。
「新猿楽記」の時代と同じものが、まだまだ死なずにつながっている。猥雑にして、音楽の魂の宿るもの。
寅さんは、パパ・レグバ。笑う時、泣く時、憤る時も、つねに細目の同じ面である、翁の豊饒な海のような無表情。
レグバは不死の神とされ、名もなき人々の immortable(不死の)にして、unexhaustible voice(尽きることなき声)を歌い続けるもの。
猿田彦を追いかけるうち、まったく想定しなかった、深々とした場所に達したようです。
この神のこと、私がはじめて気づいたのでしょうか…いや、そんなことはない、はず。
時代を貫き、空間を越え、人が生きるあらゆるところに生息し、音楽の躍動を授ける神。
まあ、疑わしい=歌交わしの話なんですが。きっとキツネにつままれたんだと思う(笑)
そいえば、キツネ=稲荷も石神さまが多く、能=アートの技術系の側面、職能の民の信仰を集めたのでした。
[追記]
そうそう、これを書き忘れていた。
わら天神こと、敷地神社。金閣寺近くの安産の神社。
この敷地という名前がよくわからなかったのですが、
シキ=サキ=サク=サイ
という、サカイの神をあらわす言葉であったと思われます。すでに記紀の段階で、「道敷神」として現われていたもの。
わら天神にも石神さまはあり、またこの神社はもともとは今の金閣寺の位置にあって、西陣の岩神さんなどと結んで、太古の太陽信仰の痕跡の可能性があります。
★★猿田彦幻視行・インデックス★★
◆猿田彦幻視行・賛 於・たら本28「あなたの街が舞台となった本」
◆猿田彦幻視行・詩 於・たら本28「わが町自慢」第2部−京の町の巨石文明の謎