うちから歩いて5分ほどのところに、巨大な岩が放置されています。
しょっちゅう前を通ってて、あまりにも見慣れたものなので、かえって意識したことがなかったですが、
これってサイの神さまのような気がしてきました。
このでっかい石(→自動販売機と比較した大きさ)、ぜんぜん祭られてないけど、いろいろと、サイの神の条件にあうんです。
・サカイにある(比叡山への登り口。キララ坂の始まり)。
・古くから茶屋などの店があった場所らしい(つまり市が定着した場所。雲母漬けのお店がすぐそこ。さらにお向かいは、渡辺綱のご子孫)。
・かつて存在した一乗寺という寺院のすぐそば、後戸の位置でもある。
・お地蔵さん群がとなりにある。
岩は、かなりの大物。イワクラとして祭られててもおかしくないくらい。
意外と新しいものなんでしょうか。これだけデカくて目立つ存在なのに、今のところ記述が見つからないので。
そばにあるお地蔵さん群。
これの向かい側にも大きなのがあり、それは丸石(石塔の光輪?)ともセット。
さらには、丸石は「石」の上に乗っかっていて、それがもともとのサイの神ということもありえなくはない。
お地蔵さん群落は、ここ数十メートルの範囲内に、少なくともあと三ヶ所あり。
さらに、このエリアには、巨大着色地蔵をおさめる釈迦堂もあって、お地蔵さん密度のきわめて高い場所。
古くは一乗寺の境内だったのではないでしょうか。
以上から、サイの神さま確率はまずまず高く、竹下景子に1500点くらいでしょうか☆
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歩いていける範囲では、あと二ヶ所、らしきものを発見しています。地味ですけどw
ひとつは、山端の茶屋へ抜ける旧道。川端通りより一本東の道の、音羽橋の橋のたもと。
ここは、1970年代に土石流があって、流れたあとに再構築された場所かと思います。
「稲山大神」と書かれた小さな石碑がまつられていて、これ自体はあたらしいものに見えますが、もとはサイの神さまがあったのかもしれません。(わきに石が置かれている。)
サカイとしては、八瀬に向かう入口。かつては茶屋がいくつかあったところ。とろろ汁が名物。壬生狂言に、「山端とろろ」というのがあり、狂言が興味を持つような場所だったのも重要。
今は平八茶屋ひとつになってしまいましたが(先日、もうひとつ残っていた十一屋がつぶれました…泣)。
場所的には、サイの神が置かれてても不思議ではない位置。お地蔵さんも近くにあり、愛宕信仰の石灯もあり。確率は井森美幸に1000点くらいか。
もうひとつは、カナートの南、集合住宅のある道の向かい。左京区図書館の北の、稲尾乳業入口にある、石。あまりに地味なため、写真なし(´ヘ`;)
この場所、カナートや住宅の建つ前は、カネボウの紡績工場。でも、そのさらに前はなんだったんだろう。サカイなのかどうか。
この石が、サイの神のように思える薄弱な根拠は、隣にお地蔵さんがあるから。
この地蔵は、「玉樹童女」という名前があって、おそらく何らかの伝説を持ってたはず。
門柱のたもとに置かれてて、石のほうはたんに車止めなどに使ってたものかもしれませんが、なんとなく雰囲気がある。方角も鬼門というわけでもないんですよね。シノザワ教授に500点の確率。
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それにしても、玉樹童女とは、いったい何なんだろ? 気になる。
これまでも中地地蔵とか百丸神社とか、ごく近辺を探っただけなのに、いくつもよくわからない名称が。。
ネットで検索してもわからないし、京都大辞典とか地蔵事典とか調べるんですが、載ってないです( ;∀;)
私に仏教の知識がなさすぎるせいもあるのですが、民間信仰としての仏教って、まだまだ研究されてない領域らしい。文字に記して残すようなものでもなかったせいもある。
日本人の多くは、自分の属する宗教がわからなくて、訊ねると「無宗教」と答えたりするけれど、
一方ではめちゃめちゃ迷信深くもあって、明らかに何らかの神さまを信仰している。
それには名前がない。民間でふだんにおこなわれてきた信仰の伝統が、ないがしろにされてきた結果じゃなかろうか。。
…というわけで、11月は「京都特集月間」にしてみました。
ぜんぜん、わけのわからない場所に到達してしまった気が(;・∀・)
猿田彦シリーズは、じつは、あと三回分、ネタあり。どうしても書きたいの。。
予告すれば、「夜市」「盲目のミュージシャン」「サーティーン」。